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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第二話 追いすがる人魚を迎え撃て

「出だしから散々な目にあいました……。聞いてますか、アータ様?」


 船は既に沖へ出た。力強く風を受ける帆が波を切り裂く様にしてアータたちの乗る船の速度を上げていく。だが、アータはそばの甲板で座り込んでため息をつくアンリエッタに視線は向けない。

 彼女が何やらぼやいているのを聞き流しながらも、アータは船の背後の波をじろりと見つめ、その中で時折煌めく鱗と鋭い眼光を見逃さない。

 

「やっぱり船じゃだめだ。連中のほうが早い」

「え――ちょっ!?」


 海面から奇声を上げて飛び出してきた人魚の姿を確認すると同時に、人魚は一直線にアータに向かって飛び込んでくる。砂浜で見た人魚同様、黙っていれば劣らず美しい人魚なのだろうが、その顔は既に獲物をターゲットした猛獣のものだ。

 背中に携えていたデッキブラシ(フラガラッハ)を手に取り、アータは飛び込んできた人魚の横っ面をきれいにデッキブラシではたく。そのままデッキブラシを遠慮なく振り抜き、飛び込んできていた人魚はもんどりうって海に落ちていった。

 アンリエッタは慌てて甲板の端に移動し、海に落ちていった人魚を視線で追う。

 その先で海の上に気絶したまま浮き上がってきた人魚の姿に、アンリエッタはほっと一息つきながらアータに詰め寄った。

 

「あの! もうちょっと優しく対処できないんですか!? 相手は女性魔族ですよ!?」

「お前にすら優しくした記憶がほぼないんだけど」

「あ、そうですね。……って違います! そうじゃなくて、流行り病の対処法の意味です! あまり強いところを見せずに倒せないんですか!?」

「…………」


 随分難しい注文を付けてくる。それに、アータはまだ魔族――特に女性魔族に限定して大流行するというその病の全容を知らない。魔王やアンリエッタが自分にそれを話そうとしないのも理由だが、対処法を知っているというなら黙ってそれに従う。

 

「アン。あいつら相手にやっちゃいけないことってなんだ?」

「強さを見せつけること。実力差が大きな相手にこそ、彼女たちはさらに強力になり、追いかけてきます」

「具体的にどうしろと?」

「苦戦した挙句にぎりぎり勝つ。そういう戦いをすれば、彼女たちの目も覚めます」

「……面倒だなーこの流行り病」

「誰のせいですか、誰の!」


 アンリエッタの死角の裏の海面から再び人魚が飛び出てくる。手にしている銛に気づいたアータは、かみつかん勢いで襟元を掴んでくるアンリエッタの足元をデッキブラシで払ってこかせた。悲鳴を上げて転げるアンリエッタの頭上ずれすれを、投擲された銛がかすっていき、甲板に突き刺さった。

 青い顔でそれを見送ったアンリエッタを一瞥しながらも、アータは海面から一斉に飛び上がって甲板に上がってきた人魚達に囲まれる。

 

『勇者……勇者ダ』

『勇者ガイルゾ』

『人魚族ノ永久ノ繁栄!』


 理性でも崩壊しているのだろうか、サイクロプス並みの片言で意思疎通を取りながら人魚達はアータの周囲を隙なく囲った。座り込んで膝にしがみ付くアンリエッタの傍で、アータは肩にデッキブラシを乗せてどうしたもんかと頭をかく。

 アンリエッタ曰く、流行り病にかかっている女性魔族を相手にするには圧倒的強さを見せつけちゃいけないらしい。そのうえ、できるなら苦戦した挙句ぎりぎりに勝てという。

 自分たちを囲う人魚達の理性のなさを見ながら、アータは眉間を二度三度揉んで、閃いた。圧倒的強さを見せなければいいのだ。

 思い付いた案にアータが笑みを歪めると、これに気づいたアンリエッタがアータの膝を抱きしめたまま抗議の声を上げた。

 

「いいですかアータ様、だめですよ、圧倒しちゃダメですからね? できるだけ苦労する感じで、一人倒すのに十発使うぐらい手加減する感じです」

「わかった。苦労した感じで、一人十発だな」

「だめです、圧倒しちゃダメなのが抜けてます。ここ一番大事です。圧倒的実力差が見えちゃダメです」

「わかった。実力差が見えちゃダメだな。見えなきゃいいな」

「いや、なんか違います。私の言ってることがこう、貴方に百八十度回転して伝わってます。だめですよ、だめですからね、だめなんですよ!?」

「アン、少しだけ手を放しててくれ」

「えっ、あっ……!?」


 無意識にアータの膝にしがみついていたアンリエッタが、わずかに頬を染めてアータから離れた。

 そしてアンリエッタが瞬きをしたその直後、自分たちを囲んでいたはずの人魚達がくの字に折れて宙に吹き飛んだ。

 

『オ、ゲェ!?』

「え」


 自分たちを囲んできていた数十匹の人魚達は、白目を向いたまま海に投げ出され、そのまま海面を何度も跳ねながら消えていく。

 その姿を絶句しながら目で追っていったアンリエッタは腰を抜かしたまま、傍で欠伸をかみ殺すアータを見上げた。周囲にいる船員たちもまた、目をぱちくりさせながらアータを見つめる。

 

「……あの、アータ様? 人魚が勝手に吹き飛んでいったんですが。今割と絶体絶命な感じで囲まれてましたよね私達」

「そうだな。ピンチだったな」

「そのピンチが、瞬きの直後にコメディに代わってたんですが」

「そうだな、あいつらも瞬きして何が起こったかわからなかったんじゃないかな。残念だなー、強さ見せつけられなくてー」

「なんですかその棒読み!? あなた、瞬きの間に何したんです!?」


 三度詰め寄ってくるアンリエッタに、アータは手にしていたデッキブラシを再び背中に預け、思い出したように甲板に膝をついて肩で大げさな息をする。そのままアータは、荒れる息を整えるようにして額の汗をぬぐい、アンリエッタに語った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……! いや、何って……、力を見せつけなきゃいいならッ、目で追えない速度で――ゲホゲホッ、全員同時に気絶させれば、いいかなと。強敵だった……ッ!」

「そこォ! 今更思い出したようなそんな苦戦の雰囲気出す必要ないですから! なんですかその無駄な演技力と咳! 馬鹿ですか馬鹿なんですか貴方は!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……。大丈夫、だ」

「何が大丈夫だっていうんですか、もうこれ惨劇ですよ勇者の一人芝居惨劇場ですがこれ!?」

「ちゃんと言われた通り、一人当たり――十発ずつボディに入れておいた……ッ! 最後の一人は、十二発決めた……ッ!」

「そこちがぁう!? そこじゃないです、私が大事にしてほしかったのそこじゃないです! あなた、一番守って欲しかったところだけ破ってそのほかどうでもいいところだけに力入れてますね!?」

 

 アンリエッタが携えていた赤いバックでしこたまアータの脳天を叩きつけた。

 これを受けて真顔になったアータは、頭を撫でながらアンリエッタへと抗議する。

 

「痛いじゃないか」

「痛くしたんです! っていうか、貴方どれだけ人の話聞いてないんですか! 聞いてないっていうか、聞く気ないですよね!?」

「……」

「それだ! みたいな笑顔やめてくれませんかイラッとします」

「まぁ、冗談はこれぐらいにして、割とまじめな話なんだが」

「あーはいはいなんですか」


 アータをにらみつけたアンリエッタは、きているメイド服を叩きながら立ち上がった。だが、アンリエッタが立ち上がった瞬間に、甲板がメキっという不穏な音を立てる。

 

「実はさ、思ったより早く動いてしまったみたいで」

「……みたいで、なんですか?」


 アンリエッタも船員たちも、聞こえてくるメキメキというまるで大事な何かがへし折れていく音に顔を真っ青にしながら、アータの次の言葉を待った。

 

「踏み込みと高速移動の衝撃波で、メインマストと甲板と竜骨が折れたらしい」

「何やってるんですか貴方はあああああああああああああああああ!?」


 アンリエッタの叫びとともに、大海原のど真ん中で二人を乗せた商業船は海へと沈んでいった――。



 ◆◇◆◇

 

 

 

「ドラゴニス、今アンリエッタさんの悲鳴が聞こえなかったッスか?」

「聞こえたような気もするが、気のせいじゃろう」

「のぉのぉ、まだ人間界は見えんのか? わし、そろそろアータに会いたいのじゃ」


 遥か上空を飛ぶ白銀の巨大な竜。その姿は、ドラゴニスの本領――神龍。そして、その背に乗るアルゴロスは第三の目を包帯で隠し、腕にはサリーナを抱えたままあたりを注意深く見渡していた。

 

「あぁ、ダメッスよサリーナ様。俺たち、クラウス様の言いつけ破ってサリーナ様連れてきちゃってるんですから」

「うむ! よきに計らうがよいのじゃ! ひょっほー、それにしてもやっぱり空は最高なのじゃ!」

「アルゴロス、サリーナ様が落ちないよう気を付けてくだされよ」

「わかってるッスよ!」


 大きな音を立てる翼と、雲を裂く速度に、サリーナは身を乗り出して真っ青な世界を見渡す。そんな彼女を振り落とされないよう支えながら、アルゴロスも自身の身体に触れていく風を気持ちよさそうに受け止める。

 

「それで、サリーナ様。人間界にいったら何がしたいんですかのぉ?」

「うむ! まずはアータとアンリエッタを追いかけるのじゃ! そのうえで、二人とともに人間界の首都を見てみたいのじゃ! 人間界とはいかような世界か楽しみでたまらんのじゃ!」

「楽しみな世界っスか。俺は首都までは出向いたことがないんスよね。どんな感じなんスか、ドラゴニス?」


 力強く羽ばたきながらも、ドラゴニスはサリーナやアルゴロスの問いかけに耳を貸しながら答えた。

 

「そうじゃのぉ。しいて言うなら、活気にあふれておるのぉ。魔族とは違う、日輪のごとき活気、時折起こる面倒ごと、酒におぼれる若人、美しい娘。すべてを肯定する気はないですが、少なくとも退屈な場所ではないですなぁ」

「にょっほおー! それは楽しみじゃのぅ!」

「えぇ、でもまずは勇者とアンリエッタさんを見つけるのが先ッスね、サリーナ様」


 アルゴロスの声にサリーナは目いっぱい大きく頷き、徐々に雲の隙間から見えてきた人間界のある大陸を指さし、叫ぶ。

 

「行くのじゃ、皆の者ォ!」


 おおッといわんばかりに、ドラゴニスとアルゴロスは声を重ねた。

 既にアータとアンリエッタを追い抜いているとも知らずに。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「で、どうするつもりですかこれから」

「それを今考えてる」


 真顔で見つめあう二人は、大海原に浮かんだ甲板の切れ端に器用に膝をそろえて座っていた。辺りには木っ端しか残っておらず、元が魚人族だってだろう船員たちは皆、自分たちを置いて魔王家のある大陸へ引き返していった。

 自分たちのいるこの場から、人間界のある大陸まではまだ三分の一も来ていない。どう考えても遭難目前だった。

 そして、今自分たちが究極のバランスで座っている甲板の切れ端も、徐々に海水に浸食され、沈む寸前。


「あと一分ほどで答えを出してくださいね。もう沈み始めましたから」

「二人のうちどっちかが身投げしてこの切れ端を使って大陸まで――痛いじゃないか」

「馬鹿なこと言うからです。ちなみに、私は泳げません」

「飛べよ」

「変身魔法の効果、秘薬を使って半月ほどに伸ばしてるんです。今はほぼ人間です」

「飛べるだろ人間なら」

「人間飛べませんからね!? って、あああああああああああああああああ!?」


 突っ込みを入れたアンリエッタがバランスを崩して海に落ちた。

 水飛沫を上げながら助けてくれと懇願する彼女を目一杯楽しんだ後、しこたま怒鳴られたアータはアンリエッタを甲板の切れ端に乗せたまま、大陸へ向かって一晩中泳ぎ続ける羽目になった――。


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