表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
26/97

第一話 砂浜から始まる大冒険

「アータ様? 今何投げたんですか?」

「ん? 屋敷のほうから妙な視線感じたんで、小石で撃ち落としておいた」

「あの、そうやってすぐその辺のものを武器にして投げないでください」

「おい見ろ、アン。あそこに飛んでる鳥ってイャンドリじゃないか? 丸焼きにしたらおいしいんだよあれ」

「だからちょっと待ってください。その手に構えた小石はなんですか、振り被らないでください投げないでください!」


 慌てて腰にしがみついてくるアンリエッタに、アータは渋々といった様子で両手をあげて降参。アンリエッタもまた、眉を顰めながら不機嫌にアータから離れ、人差し指を突き付けてくる。

 

「いいですかアータ様。私たちの目的は人間界の首都イルナディアに赴き、そこで売られている治療薬を手に入れることにあります。寄り道をしている暇はありません」

「そんなに急ぎたいなら、ドラゴニスの背に乗っていったほうが早いんじゃないのか?」

「…………」


 アンリエッタが視線を逸らす。これは何かあるなとアータは瞳を細めるが、問いただしたところで素直に答えてくれると思えない。仕方なくアータはアンリエッタを追い抜き、海岸線へ向かって歩みを進めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいアータ様! 何先に行こうとしてるんですか!」

「急ぐって言ったのはお前だろ。それともあれか、このあたりの適当な木を切って、それにお前を乗せて向こうの大陸までぶん投げてもいいんだけど」

「それ、人間界まで届くんですか?」

「いや、遥か手前で海に落ちる」

「私を殺す気ですか!?」


 いちいち反応してくるアンリエッタをからかいながらも、くだらないことを言いながらアータはアンリエッタとともに海岸線を目指して林道を進む。魔界の果ての大陸でもあるこの地は、死の森に囲まれた魔王家を超えれば、人間界のある大陸とほぼ変わらない景色が広がる。飛んでいる生き物や大地をかける生き物達は多少なりとも魔族っぽさは感じさせるが、天で輝く光も空の色も、見慣れた景色と変わらない。

 思いのほか整備されている林道も歩きやすく、見渡す景色は広く和やかだ。ひとたび魔族の支配が強い地域を抜ければ、ここまで朗らかなものかとアータは嘆息しながら歩みを進めていた。

 しばらくして話題がなくなり始めると、並んで歩くアンリエッタがアータに問いかけてくる。

 

「貴方は、なんで先日のエルフの一件で、私たちの味方をしたんですか」


 純粋な疑問だったのだろう。アンリエッタの声色に敵対心を感じなかったアータは、その問いかけを反芻しながら答えた。

 

「別に。大した理由はないが、その時の俺は勇者だったからだ」

「そんなくだらない理由で、貴方は神に挑むんですか?」

「神に挑むから勇者ってわけじゃないぞ? 前提が違う」


 アータの否定に、アンリエッタは瞳を閉じて首を振った。そして、その目に哀愁を感じさせながらも彼女はアータに問い続ける。

 

「理解に苦しみます。だって、貴方にはあそこで神の化身に挑む目的がなかった。挑んだ後で得られるものがなかった。勇者とはそういうものなのですか?」

「あー、まぁ、欲望主義みたいな魔族の視線から見ればそういう風に見えるのか」

「答えてください。損得のないあの戦いで貴方が私たちの味方をした理由を」


 詰め寄る様にして不満げに睨み付けてくるアンリエッタを見る。こうしてみれば確かに人間と変わらない姿にさえ見えるが、やはり彼女も魔族。そんな彼女への明確な答えになるかわからないが、アータは彼女のまっすぐな答えに素直な答えを返した。

 

「勇者であることを求められたことはいくらでもあったが、願われたことはなかったんだ」

「はぁ?」

「損得っていうんじゃない。どっちかっていうときっと損しかない。でもな、願われたことは――嬉しかったんだ。だから、その願いに応えたくなった」

「……意味が分かりません」

「仕方ないな。じゃあお前にもわかるように説明してやる。そこにケーキがありました。お腹をすかした誰かがいました。その誰かにケーキをあげました。はいおわり」

「それ、全く自分が得してないですよね?」

「あぁ。つまり、そういうことだってことだ」


 顎を突き出して、なんですかその答えはと言わんばかりのアンリエッタの表情に、アータはただ肩を竦めた。そもそも損得勘定で動いてない。別に魔王家の面々を助けようと思って戦ったわけでもない。あの時自分が戦ったのは、サリーナのちっぽけでまっすぐな願いに応えようと思ったからだ。


「真面目に答える気がないのだけはわかりました。やはり私には人間のあり方の理解はできません」

「いいんじゃないか理解する必要はなくて。どうせ、魔王に仕えている間は、大して人間とかかわることもないだろうし、役に立たないさ」

「……そうですね。役に立ちそうにありません、理解したところで」


 不満そうなアンリエッタはアータの脹脛を蹴って、そのまま一人で小走りに林道を駆けて行った。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

「へぇ、きれいに整備されてるもんだな」

「当たり前です。魔王家が占有している大陸ですよ? 時期が時期ならバカンスをするための砂浜です」

「で、そのきれいな砂浜にとんでもないものがうちあがっているんだが」

「うちあがってますね」


 すぐ傍に桟橋のある美しい砂浜。黄金にさえ輝く日の光を受けた砂浜と、そこへと波打つ透き通った海。魔王に連れられて初めてこの大陸に来たときはいろいろな意味で体力を使い果たしていたので周囲を見渡す余裕はなかったが、確かにアンリエッタが自慢するほどのことはあるとアータも頷く美しさ。

 だが、それはおそらく少し前までにこの砂浜を見た時の感想だ。

 ただいまの感想は、しいて言うなら――波打ち際のうちあげ祭。

 

「で、この砂浜ってそういう砂浜なの?」

「いえ、私も初めてみました。めったに海から出てくる種族ではないので」

「まぁ、俺も初めてみたけど、人魚族」


 アータとアンリエッタは、視線をもう一度砂浜に移す。そこにはうちあげられて呻き声をあげる人魚の姿があった。

 あったというか、見渡す限り砂浜に百近くの人魚がうちあげられ、ぴちぴちと跳ねていた。

 呪詛の叫びにすら聞こえる砂浜で呻く人魚達の様子を見て見ぬふりをするアータとアンリエッタは、互いに砂浜を後にして桟橋へと向かう。

 

「こっちですアータ様。桟橋に魔王家の船を用意していますので」

「え?」

「え、ってなんですか」


 アンリエッタが指さす先には、帆船があった。それほど大きなものではないが、しっかりとした帆を持つ頑丈そうな船だ。普段から使われているのだろうか、その帆船は人間界で見る行商船を模して造られているものだと気づく。そして、船の傍には魚顔の魔族たちが航海の準備を進めるべく荷物を運びこんでいる最中だ。

 誰もかれも、魚面はしているが、ぎりぎり人間と呼べなくもないような変身をしている。

 

「どうかしましたか、アータ様?」

「いやさ、まさか船を使うとは思ってなかった」

「いやあの……。ここから俗にいう人間界のある大陸まで丸二日はかかる距離ですよ? 船を使わずにどうやって行くつもりだったんですか」

「え、二日もかかるか?」

「……貴方、いったいどうやってこの大陸に来たんですか?」


 アンリエッタは冷めた視線でアータに答えを求めた。その問いに応えるべく、アータは魔王と契約を結ぶために人間界からこの大陸に来た時のことを思い出す。

 

「どうって、走ってきた。魔王の奴がついてこいとか挑発してくるもんだから。あいつ自由に飛べるからずるいんだよ」

「いやちょっと待ってください。走ってきたって何馬鹿な事言ってるんですか。お二人が最後に戦っていたのは人間界ですよね?」

「あぁ。だから、そこから走ってきた」

「馬鹿ですか貴方は。海の上を走ってきたとでもいうつもりです? さすがの私も騙されませんよ。海の上走れるわけないじゃないですか」

「え?」

「え?」


 アータとアンリエッタは顔を見合わせる。

 

「いや、海の上ぐらい走れるだろ? 魔王も走れるぞ」

「いや、いやいやいやいやいや! 走れませんからね、普通海の上走るなんて発想ないですからね!?」

「船で行くより自分で走ったほうが早いだろ常識的に考えて」


 困惑するアータの前で、アンリエッタは乾いた笑い声をあげながら眉間をもむ。


「ちょっと黙ってよく考えてください。海ですよ海? 海の上を走るって、海に足つけたら沈むでしょう?」

「沈む前に次の足で海面を蹴ればいいだけじゃないか」

「さも当然に物理法則無視した無茶苦茶な理論口に出さないでください。なんですか、しまいには空も走れるとか言い出しませんよね?」

「…………」

「ねぇちょっとアータ様!? そこで無言で視線を逸らすのやめてくれませんか!? だめですから絶対走っちゃだめですからね!?」


 アンリエッタのきつい視線にさらされながら、アータは一先ず船に乗るかと桟橋を歩く。だが、これに置いて行かれるアンリエッタが慌ててアータに追いつき、抗議をしてきた。アータの隣に並ぶアンリエッタは人差し指を立て、やれやれと言わんばかりに話を続けていく。

 

「大体ですね。あなたは人の話を聞かなすぎなんです。そもそもですよ、人が海の上を走ったり空を走るって常識的にあり得ないんです。私たち魔族目線でもあり得ません。いや、魔王様ならできるかもしれませんが――」

「なぁおいそこのあんた。この不細工な魚なんていうんだ?」

「へぇ、これはこのあたりの近海でとれるアンフィッシュと言って、においがきつくて食用に向かない魚でさぁ」

「言ってる傍から無視するのはやめてくれませんか!? 貴方、ボッチ勇者なのって人の話聞かないからじゃないですか!?」

「おいちょっと、聞いたかアン。この不細工な魚、アンフィッシュっていうらしいぞ。親戚か?」

「アンリエッタです! 貴方いつまで人の名前省略するつもりですか!」


 怒鳴り声をあげるアンリエッタの様子にアータは伸びた黒髪をかきながらも、砂浜で起きた異変に気づく。

 

「そもそも! 振る舞いからして貴方は自由すぎるんです! 魔王様もそうですが、貴方にも勇者としての矜持があるはずでしょう? 勇者とは人間界でも人々の尊敬と畏怖を集めると聞きました。その貴方が――きゃっ!?」


 砂浜をにらみつけたアータは、講釈を立てるアンリエッタの腕をつかんで抱き寄せ、脇に抱え上げた。悲鳴を上げるアンリエッタが頬を染めて抱きかかえたアータを殴ってくるが、今はそんなものを気にしている余裕はない。


「アン、船を出す」

「だ、か、ら! いきなり、だ、だだだだ抱き寄せないでください! 人の話を聞いてください!」

「おいお前ら、すぐに乗り込んで船を出せ」

「へ、へい!」


 アータの声に、周囲で出港準備をしていた魔族たちも事情を察し、慌てて船に乗り込んでいく。彼らが全員船に乗り込み錨を上げたところで、アータは船と桟橋を固定していた太いロープを蹴り飛ばして引きちぎった。

 

「ちょっと、アータ様!? いったい何をそんなに急いで……!」

「人魚どもが動き出した」

「なっ!」

 

 アンリエッタが驚愕の表情で砂浜を見つめる。そこで見たのは、ゆらゆらと砂浜で器用に立ち上がる人魚達の姿だ。その目は真っ赤に染まってこちらを見ている。獲物を狙う狩人の目だ。砂浜を這うようにして一直線にこちらに向かってくる人魚の様子は、明らかに尋常ではない。

 

「アータ様、あの子達が魔族の流行り病に取りつかれている者たちです!」

「なんか、女性ばっかりな気がするのは気のせいか? っていうか、ゾンビ……ってわけじゃないよな?」

「当然です! この流行り病は特に女性魔族(・・・・)の中で大流行する恐ろしい病気なのです!」


 一番身近に飛び込んできた美しい人魚が、そのきれいな黄金色の髪の毛を振り乱しながらアータにしがみ付こうと迫ってきた。

 

『勇者アアアアアア!』


 アータはこれを器用に躱すと、準備ができたと叫ぶ乗組員たちの言葉に気づき、船尾を蹴って船を桟橋から一気に遠ざける。

 

「飛ぶぞ、アン」

「待ってください! 大地の拘束(ソリュート・フィールド)!」


 船に向かってアータが跳躍すると同時に、アンリエッタが抱えられたままの態勢で魔法陣を砂浜に形成させた。黄金の砂浜でアンリエッタの魔力を受けた魔法陣は、うごめく人魚達を逃がさぬように渦を巻き、蟻地獄の中へと人魚達の下半身を埋めていく。

 人魚達の逃がすなという叫び声に思わず身震いしながらも、この隙に二人は沖へと動き始めた船に乗り込んだ。

 甲板で倒れこんで肩で息をするアンリエッタを見ながら、アータはちらりと桟橋を見て一言を残す。

 

「いやな予感がしてきたなこれ」

『当たり前ですの。っていうか、あーたんが関わるものにろくなものなんて、ありはしないんですの』


 背中に携えた相棒の冷たい一言に、アータは深い溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ