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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
25/97

プロローグ 魔族の流行り病

「そろそろ人間界行くかぁ――ぬおっ!?」


 事件も落ち着き始めた頃、屋敷にある書斎で魔王クラウスの放った一言に、アータは迷わず携えていたデッキブラシを顔面めがけて投げつけた。寸前のところで魔王はこれを躱し、デッキブラシは執務室の窓を粉砕しながら落ちていった。

 アータはこれに舌打ちしながらも魔王にずかずかと詰め寄る。

 

「魔王お前、俺を目の前にしてよくもそんな超軽いノリで人間界に行くなんて言い出したな? そのまま椅子に座ってろ。その長髪纏めておさげにしてやる」

「もうちょっと話を聞け勇者アータ! 侵攻に行くわけではない!」


 掃除中で手に持っていた箒をクラウスの前で振り上げていたアータは、魔王の言葉に一瞬だけ手を止め――それでも紛らわしい言い方に違いはなかったので脳天に向かって振り下ろした。

 素早くこれに反応した魔王は両手で箒を受け止め、アータにがんをつける。

 

「おい勇者貴様! 今聞こえてて振り下ろしなおしたな!?」

「悪い。この前の両腕の怪我が、まだ完治してなくて力が入らなかったんだ」

「じゃあ今私の脳天に迷いなく振り下ろした箒はなんだ?」

「だから、力いっぱい振り下ろせなかったんだ。力が入らなかったから。悪かった、次振り下ろすときは真っ二つにできるよう、もっと全力で行く」

「力が入らないってそこじゃないよな貴様!?」


 ため息をつきながらもアータは箒から手を放し、居住まいを正して魔王に冷ややかな視線を向ける。

 

「それで冗談はこれぐらいにして。人間界へ行くってのはいったいどういうつもりの発言だ? ことと次第によっちゃ本当に真っ二つにするぞ」

「うむ。実は四神将達から上がってきた議題の中にだな、魔族たちの中で今少々面倒な流行り病がでている旨の報告があるのだ」

「流行り病?」


 アータが怪訝な視線を向けると、魔王は机の上に束ねていた紙の束から一枚を取り出し、読み上げる。

 

「二の月から四の月に毎年流行る病でな。対策を取らぬと、それこそ魔族という種の存亡にかかわるような病なのだ」

「……そんな病があるのか? 感染力や感染経路は分かるのか?」

「感染経路については目星がついている。感染力は正直考えたくもないレベルだ。何せ今年は最強クラスの感染源だからなぁ」

「安売りになり始めてるな、最強って言葉が」

「誰のせいだ誰の! っと、冗談はいい。その感染経路を一時的に断つためと、人間界にある治療薬を手に入れる必要があるのだ」


 魔王の言葉に、アータは顎に手を当てて思案する。人間界にも当然そういった流行り病はある。ただ、どこか魔族はそういった病気の類には耐性が高いものだと思っていたのも事実。魔族という大きな種の規模で見る以上、魔王の言うこともわからなくはない。

 だが、

 

「その流行り病だが、人間への感染力はあるのか? 魔族が人間界へ行くことで、そういった病の感染が広がったりはしないものか?」

「ん? んー……、私の見立てでは人間への感染力は大したことはないな。一部の人間には影響もあるだろうが、少なくとも私の見ている限りここ十数年は感染の話は聞いたことがない。あ、いやまて。昨年は人間界でも流行っていたな。もう収まりかけていると聞いたが」

「人間界でも? 俺にはそんな記憶がほとんどないんだが……」


 頭をひねってみるが、魔王の言うような流行り病の話など聞いたことはなかった。一時期身を置いていた城下町にいた時も、そういった話は聞いたこともない。

 

「貴様はむしろ戦場に身を置いていたからこそ、気づかなかったのだろう」

「……まぁいいが。それで、まさかいくらなんでもお前が人間界に行くなんて言い出さないよな、魔王?」

「え、だめ――って冗談だ冗談! 首輪に手をかけるな貴様! 心配しなくても、毎年この件は他のものに一任している。入っていいぞ」


 アータは魔王を睨み付けつつも、失礼しますという声と共に部屋に入ってきた赤髪メイドの姿を見て、あぁこりゃ面倒ごとになりそうだと頭を抱えた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「いいですかアータ様、何度も言いますが今回の任務は人間界への侵入。とはいえ、魔王様と貴方の手前。穏便に済ませたいと願っています」

「そりゃこっちも同じだ。で、穏便に済ませるためにわざわざドラゴニスに魔法をかけてもらってまで人の姿にってことか?」

「理解が早くて助かります。まぁ、屋敷の中でも人の姿に近いということで私が人選に上がっているのも確かですが」

「のぉのぉアータ! わし可愛いかの?」

「えぇまぁ、似合ってると思いますよ」


 屋敷の入り口で自慢の赤髪をかき上げるアンリエッタと腰をくねらせるサリーナの姿は、人間のソレになっている。

 背中にあるちっぽけな翼は姿を消し、腰から伸びていた尻尾もない。二人とも、もともとどちらかといえば人の姿に近いというのも確かに頷ける話だ。とはいえ、メイド服姿だけは変わらないし、サリーナもドレスが少々落ち着いた動きやすそうな黒い魔法衣に代わっているだけらしい。これだけでも相当目立つのだが。

 とはいえ、問題はそこじゃない。

 

「さぁてアンリエッタ、アータ! 人間界への旅行、たのしみじゃのぅ!」

「あまりはしゃいではダメですよお嬢様。人間界はそれはもうおぞましいほどの光にあふれた世界。気を許せばすぐに連れ去られます」

「ほほほ、ほんとかのアンリエッタ!? あ、アータアータ! しっかり守ってくれるかの!?」

「いや……守りますが、守りますが一言言わせてください」

「なんじゃ?」

「なんですか?」

「俺も行くんですか?」


 魔王家の扉を開こうとしていた魔法で人に変装しているアンリエッタとサリーナは、何言ってるんだお前と言わんばかりに小首を傾げた。


「貴方が行かなくてどうするんですか。今から行く先は人間界の本拠地、首都イルナディアですよ?」

「うむ! それにお主はわしの専属執事なのじゃ! 一緒に行くのは同然じゃろ?」

「いやけど、俺の後ろ、後ろ見てください」


 そういって親指だけアータは後ろから燃える視線を向けてくる魔王クラウスに向けた。

 人間界に行くアータについていくといって旅行準備万端のサリーナの様子に、魔王クラウスの怒りはすでに限界寸前でアータに向けられている。誰が好き好んで父親の嫉妬の前にさらされなければならないのかと。

 

「すゎりぃーなちゃあん!? いいですか、パパは勇者と二人っきりでお出かけお泊り旅行なんて許さないよ!?」

「魔王様、私もいますが」

「おい勇者貴様ぁ! 父親の目の前で娘を連れ出してデートなぞ、殴り飛ばされる覚悟はできてるんだろうなァ!?」

「誰がデートだ!? 大体言い出しっぺはお前で、こちとらわざわざお前ら魔族のために行くんだぞ!?」


 顔を突き合わせてアータと魔王は互いをにらみ合う。だがそんな中でも魔王はサリーナをチラ見して、再び叫んだ。

 

「いいかい!? 兎に角人間界は危ないんだよ! だからサリーナちゃんはここで待つんだ!」

「いやじゃ! アータが人間界いくならわしもいくもーん! アータがいれば危険なことないもーん!」

「この勇者が人間界で一番危険なんだけどな!」


 アータを押しのけるようにして魔王はサリーナの傍に詰め寄り、彼女の腕を取って屋敷の中へと引きずる。そんな魔王には向かうようにして、サリーナもまたドアに片腕でしがみつく様にして顔を真っ赤に染めた。

 

「いやじゃったら、いーやーじゃぁ!」

「だめだったら、だめだっていってるだろう!」


 アータとアンリエッタは冷ややかな視線で魔王親子を見つめ、どうしたもんかと腕を組むが、次の瞬間にはサリーナがマフラーで簀巻きにされ、床に転がった。現れた闖入者は簀巻きになったままもがくサリーナの傍にしゃがみ込み、そのほっぺをつついて遊び始めた。

 アラクネリーである。

 そして、そんな彼女を従えるようにエントランスに現れたのはドラゴニスとアルゴロスだった。

 

「屋敷の中が騒がしいと思って出てきたら、こういうことじゃったんですのぉ」

「また騒ぎの元凶は勇者ッスか」


 アルゴロスの第三眼が不満げににらむのに気づき、アータは肩を竦めて首を振った。

 

「別に俺が騒いでるわけじゃない。文句があるなら魔王に言ってくれ」

「ふん」


 そっぽを向くアルゴロスの背を、隣にいるドラゴニスが叩きながら簀巻きになったサリーナを魔法で浮かせた。そのままサリーナは涙目のまま成すすべもなく、魔王の肩の上に乗せられ、捕まった。

 魔王はサリーナをしっかりと抱きかかえると、四神将の面々に向かって満足そうに頷く。

 

「すまんな、ドラゴニス、アルゴロス、アラクネリー」

「んんんー!! んん、うううんんんん!」


 その顔がおいていったら承知しないのじゃと言わんばかりに訴えているのに気づくが、さすがに人間界に戻るにあたって魔王の娘を一緒に連れていくという危険度も考え、アータはサリーナに頭を下げた。

 

「すみませんお嬢様。出来るだけ早く帰ります。お土産に――城下町で流行ってるお召し物でも買ってきますんで、待っててください」

「んんんんん!」

「ごめんなさいお嬢様、私が毎日魔法で旅の経過をお伝えしますから、どうかご安心を」

「んんんんああああ!」


 魔王の肩の上で暴れるサリーナの裏切り者と言わんばかりの視線に負けるようにして、アンリエッタとアータはいそいそと魔王家を後にした。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 勇者たちが魔王家を出てしばらくしたのち、屋敷の使用人たちにサリーナを任せていた魔王とドラゴニスは、魔王家の空から屋敷を出たアータとアンリエッタの様子を探っていた。すでに二人は死の森を抜け、林道を通って海へと向かっている。

 

「……勇者の奴はまっすぐ行ったか?」

「……行ったようですのぉ。あぁだめです、森を抜けてもこっちに気づいてますなぁ。小さな小石を拾ってなにやらこっちに――オゴン!?」

「ドラゴニスぅ!?」


 脳天に小石の直撃したドラゴニスが落下していくのを慌てて魔王は追いかけながら、何とか地面に落ちる前に受け止めた。

 

「全く、あのクソ勇者。油断も隙も無いものだな」

「お、おぉお、こりゃたんこぶになりましたぞ……」


 額を撫でるドラゴニスを連れながら地面に降りた魔王は、近寄ってきたアルゴロスの声に耳を傾ける。

 

「それで、クラウス様、ドラゴニス。予定通り勇者の野郎は魔界から遠ざけることには成功したんスか?」

「あぁ心配ない。我ながら実に悪いタイミングで勇者を執事にしてしまったものだ」


 魔王がため息をつくと、アルゴロスもまた顔を伏せながらその場にドカッと胡坐をかいて座り込んだ。

 そして親指で眉間をもみながらも、アルゴロスは魔王とドラゴニスを見つめながら問いかける。


「ほんとっスよクラウス様。うちの連中も今は正直、四割が例の病で参っちまってます。ベヘルモットのところは、魔族より魔獣に近い連中が多い。こっちよりさらにひどい流行ようっス。速いところ対策を進めないと、勇者が戻ってくるタイミングによっちゃ、もっと恐ろしい被害が出るっスよ?」

「わかっている。ついてはドラゴニス、アルゴロス。貴様らには一つ仕事を頼みたい」


 

 アルゴロスの問いかけに、魔王クラウスは神妙な面持ちで二人に命令を出した――。

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