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2015年/短編まとめ

進路希望調査について

作者: 文崎 美生

スルメを齧りながら、黙々とキーボードを叩く幼馴染みを見て、溜息が漏れた。

この状況を見て、溜息を吐かない人物がいるのだろうか。

スルメにカフェオレのパックジュースという、何とも微妙なチョイスをしている幼馴染み。

相変わらずセンスが分からない。


「ねぇ、聞いてるの?」


私の問いかけに小さく唸って返事をする。

半分くらいしか聞いていないだろう。

下手をしたら全て聞く気はない。

いっそのこと、コンセントからパソコンへ繋がっている線を全て引っこ抜いてやろうか。


苛立ちから、幼馴染みが一番泣いて叫ぶ方法を思いつくが頭を振る。

それから持っていた紙を見下ろす。

進路希望調査とデカデカと書かれたそれは、私達高校三年生を追い詰めるものでしかない。

そうして幼馴染みはそれを白紙で――名前のみ書いて提出したのだ。

勿論、もう一度きちんと書いて提出するように担任に言われたが、それにペンが走った痕跡はなかった。


「兎に角、これ明日までって言われたんでしょう?早く書いちゃいなさいよ」


本来の提出日を一週間も遅らせて待ってくれる担任には、流石の私も泣きたくなった。

その厚意を土足で踏み躙るのが幼馴染みだが。


「じゃあ、作家とでも書いておいてよ」


ガタガタとキーボードが音を立てる。

いつか壊れるのではないかと心配になるそれは、幼馴染みの趣味で月に一回付け替えられている。

毎度毎度Amazonで購入しているのを見ては、何だかアホらしくなる私。


私はボールペンを回す。

回しては止めて回しては止めてを繰り返し、作家という文字を思い浮かべては首を振った。

幼馴染みの成績は普通に普通だ。

普通の高校生らしい成績を叩き出す。


国語系は得意だから上位だが、その分数学は苦手でいつも成績が下がり気味。

数学が苦手とあっては理系科目も、計算が入ってくると途端に落とす。

とても学生らしい得意不得意が目に見えるのだ。


「真面目に言ってる?」


「真面目も真面目。ボクがいつ、不真面目だった?」


いつもだよ、と言いたくなるが話がややこしくなるのでグッと飲み込んだ。

キーボードを叩く手は止まらない。

それどころかそのスピードが増しているような気がしてくる。


先程からずっとパソコンと向き合っている幼馴染み。

新型デスクトップに替えたばかりだと、先日自慢していたがそれを使ってしていることは、ワードを開いてひたすら小説を打ち込むのみ。

新型にした意味はほぼないに等しい。


「じゃあ、社長。ガツガツ行こうぜー」


棒読みでそんな宣言をされても困る。

しかもキーボードを叩く手は止まらないし、顔だって真顔じゃないか。

片手でキーボードを叩きながら、もう片手はポット入のスルメに向かう。


花の女子高校生が、薄暗い部屋の中で、スルメを齧りながら小説を打っている。

そんな奇妙な絵ヅラがあっていいのだろうか。

幼馴染みの細い肩が左右に揺れた。

体が動くのは好調にかけている証拠だ。

元々書くスピードは早いけれども。


「そんな紙っぺら一枚で将来が決まったら苦労ないさ。だってそうじゃん。先生方なんて、学校のために進学率就職率を上げなきゃいけない、生徒が進学就職後どうなろうが知ったこっちゃない」


ブチッ、とスルメの繊維を噛みちぎる。

顎が丈夫になりそうなくらいスルメを食べている幼馴染みは、消化の悪いものが好きなのか。

噛んで噛んで噛んで、飲み込む。

その中に苛立ちのような、憤りのようなものがあるような、ないような。

長い付き合いでも、エスパーじゃないんだ。

相手の全てが分かるわけない。


幼馴染みは相変わらずスルメを咀嚼。

一段落するとカフェオレのストローをくわえる。

薄い形のいい唇がストローを挟んで、真空状態を作り上げては飲み物を啜った。


「でも、働かないとただのニートだもんね。社会不適合者や人間のクズにはなりたくないかな、流石のボクも」


「そう思うなら……」


真面目に考えなさいよ、と言おうとしたらエンターキーを叩く音で遮られた。

タンタタン、と勢い良く叩かれたエンターキーはしっかりとその役割を果たしたらしく、幼馴染みが座っていた回転椅子を回す。

半回転して私の方を見た幼馴染み。


パソコン用に、と使用している眼鏡を外せば長いまつ毛に縁どられた瞳が疲れの色を宿す。

何時間もパソコンの画面を見ているからだ。

自業自得とも言える。

だが、本人はそんなことを気にするはずもなく、目元のマッサージをしながらもう片方の手を出す。


「何?」


「進路希望調査、貸して」


目元から手を避けた幼馴染みが私を見る。

軽く首を傾げて要求するので手渡せば、ふぅん、と唸りながら全てを目を通す。

それから私に近づいて来てボールペンを奪う。

サラサラと迷うことなく動くペンを見て、何とも言えない不安感が私を襲った。


幼馴染みの考えることはいつだって予想を大きく上回るから問題だ。

書き終わると満足したのか、小さく頷いてからその紙を私に手渡して、またパソコンの前に戻る。


『フリーター』と書かれた進路希望調査を私はどうすればいいのだろうか。

私の頭痛の原因は幼馴染みなんじゃないか、と思うくらいに頭が痛い。


この幼馴染みには、未来を見据えることが出来ないらしい。

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