第5話
まだ朝日が昇る前の薄暗い空。
こんな時間から起きている人がいるのだろうか、
ある大きな家の2階の部屋の窓からは光が漏れている。
そこには熱心に本を読んでいる1人の少年がいた。
今、ちょうど読み終えたようだ。
(よし! 魔力制御に関することは大体わかった。必要な知識は全て揃ったからあとは実際に魔力を操れるかどうか……)
ノアは魔力を1日でも早く使えるようになるため、
大人でさえも理解するのに数年かかる非常に難しい本をたった1ヶ月で全て読み切ったのだ。
クロエ曰わく、魔導士や騎士になった人でさえこの本を完全に理解することは困難らしい。
そしてノアは読み終わった本を枕の下に隠し、ルーカスにもらった魔剣を手に取った。
(えーと、こうかな……?)
体の細胞全てから生み出される魔力を魔剣を持つ手に集めるように集中する。
体中から手に集まっていくなにかを感じた途端、それは起こった。
「な、魔剣が……!? どういうことだ!? 色が変わるだけのはず!!」
ノアはひどく狼狽して声を出してしまう。
魔力を受けた魔剣が青白く発光していたからだ。
それは周りを激しく照らす乱暴なものではなく、
穏やかで神秘的な光が魔剣の中に閉じ込められているようだった。
(お、落ち着け。一度魔力を止めてみよう……)
魔力の供給がなくなった魔剣は元の無色透明ではなくなっていた。
光を失ったかのように黒く透き通っていて、魔力を込めると再び青白い光を取り戻す。
(おかしいな~これはなんの属性だ? どの属性にも当てはまってないような気が……)
魔法系は火属性は赤、水属性は青、雷属性は黄、土属性は茶、風属性は黄緑でそれぞれ透き通っている。
剣術系は皆一様に銀色になる。
しかしノアの魔剣は黒く透き通っていて、
魔力を流すと魔剣自体がほんのり発光するのだ。
(これは他の本とかを漁って調べてみるか。それよりまずは剣術を試してみよう)
ルーカスに毎日剣の稽古をしてもらってるし、いくつか剣術も見せてもらっているので、剣術から使えるか試してみることにした。
ノアは腰に魔剣を差し、2人を起こさないようにこっそりと外へ出た。
庭にはこの世界で最初に目にした1本の大きな木が立っている。
「あと2、3時間は起きてこないからしばらくは大丈夫だな。えーと、剣術は魔力を魔剣に込めるときに右回転をイメージをしながら常に自分と魔剣を繋ぐように流す……だっけか?」
あの分厚い本に書いてあった記述を口にしながら頭で確認する。
そして鎖を腕と魔剣が離れないようにぐるぐると巻きつけるイメージをしながら魔力を込めた。
すると魔剣が光りだした。
(まず武具強化だ。魔力の刃をイメージ……)
すると魔剣を覆うように魔力の刃が形成されていく。
ちゃんと形になったが一瞬で消えてしまった。
「なんだこれ……なんとかできたけどすごい疲れるな……はぁはぁ。まだ魔力が少ないってことか?これは毎朝特訓して地道に魔力を増やしていくしかないな……」
本には魔力を使えば使うほど体に蓄積できる魔力の量が増えていくと記されていた。
「今日はもう無理……はぁはぁ。こりゃちゃんと部屋まで戻れるか……?」
再び魔力を込めようとしても何も感じない。
これが魔力切れかと舌打ちをし、ノアは鉛のように重く感じる体に鞭打って家へと向かった。
死にそうな思いをしながら階段をあがり、魔剣をベッドの下に滑り込ませてそのまま倒れ込む。
◇◇◇◇◇◇
「ノアちゃーん! ご飯ですよー! 下りてらっしゃーい!」
しばらく経っても返事がない。
「あなた! ノアちゃん最近ずーっとこの調子よ!? 以前までは私が呼んですぐ起きてこないことなんて1度もなかったのに……あなたのお稽古が厳しすぎるんじゃないかしら!」
「そうか? ずっと稽古をしてきたが今までこんなことなかったじゃないか。稽古のメニューだってノアの体に合わせて厳しいものなんて何もないし、最近では余裕でこなしてるようにみえるくらいだぞ?大分力もついてきてるんだ。ほら、これを見てくれよ!」
ルーカスは折れた訓練用の白い剣をクロエの前に差し出した。
この世界ではある程度強度が必要な部分には大抵白金属というものが使われ、武器も例外ではない。
この世界の金属は基本的にほとんど白いのだ。
鎧なども白金属でできていて、塗装や装飾などで個性を出している。
魔力を使える者は魔剣、使えない者や使う必要がない者は白金属の武器を使う。
非常に高価な魔剣に比べ、白金属製武器は強度も十分で安価だからだ。
「でもあなた~、ノアちゃんここのところすっごく朝つらそうだわ。ちょっと心配で」
「そういう時だってあるさ。もし何か体調が悪かったらノアのことだ。すぐに気付いて自分から言ってくるだろう」
「……そうね、わかったわ」
「そんなことより、自分の体のことを心配した方がいい。もうすぐだろ?」
「うん、元気に生まれてくれるといいわね!」
クロエとルーカスは知らなかった。
ノアが毎日早朝に魔力切れを起こすまで剣術の特訓をしていることを。
◇◇◇◇◇◇
(この生活にも慣れてきたな~。朝練を始めた頃に比べたらかなり魔力も増えてきたし剣術がまともになってきた。でも武具強化のバリエーションを増やさないとだし、身体強化ももっと使いこなさないと…)
ノアは毎日死ぬほどつらい特訓をしてかなり剣術が上達していた。
(そういえば剣術にばかり夢中になって忘れてたけど魔法はどうなんだろう……本当に魔法は使えないのか?)
ノアは魔力を使えるようになった翌日に魔法も試してみたのだが、
火、水、雷、土、風の魔法を全て使えなかったのだ。
普通はちゃんと魔法系魔力を扱える者はどの属性の魔法も発動できる。
得意属性に比べ、効果が薄いためにあまり使用する者はいないのだが。
だから魔法は使えないのだと見做し、今日までずっと剣術の訓練ばかりしていた。
しかしよく考えてみればこの魔剣は基本5属性魔法を得意とする者や剣術を得意とする者の魔剣のどの特徴とも違う。
何か特殊な性質を持っているのかもしれないと思考を巡らす。
(この魔剣は魔法系だと思うんだけどな~)
剣術系は皆銀色になるから魔法系ではないかとノアは思っていた。
魔法系特有の透き通っているという特徴を持っているからだ。
得意属性さえわかればまだ魔法を使える望みはあると、
ノアは魔剣について詳しく調べてみることにする。
(村に行ったらわかるかな。結構大きな村だ。きっとこの魔剣のことについても何かわかるだろう。でもどうやって抜け出そうかな……)
ノアはルーカスとクロエに余計な心配をかけないよう魔剣のことを隠したまま1人でこっそり村に行こうとしていた。
そして気付かれる前に帰ってこようと。
魔法はその属性のイメージを掴めなければ使用できない。
例えば火属性魔法なら、火がどのように作用するかをきちんと正確に頭の中でイメージしなければ魔法は発動しない。
だからノアの魔剣がなんの属性を表しているのかを知ることは魔法を使用する上で必須条件だったのだ。
(これからどうするにしても一旦部屋に戻るか……もうすぐ朝ご飯だしな)
そして3人とも朝ご飯を食べ終え、
ノアがいつも剣の稽古を開始する時間になった。
「父様、今日の稽古をお休みしたいんですがいいですか?」
「ん? どうした、具合でも悪いのか? 朝食もあまり食べていなかったようだし」
「は、はい。ちょっと調子が悪くて……部屋で休んでようと思います」
「大丈夫か!? 父さんが看病してやろう!」
「いえ、ただの風邪なので休んでれば大丈夫です! それに父様に移したら母様の体のこともあるので大変でしょう。だから部屋へは来ないで下さい。欲しいものがあったら自分で取りに行きますので」
「お、おお。そうか。まあ大丈夫って言うならいいんだ。それじゃあしばらくは大事をとって稽古はやめておくか。ちゃんと治ってからまた稽古を始めよう」
「はい! ありがとうございます」
(ごめんルーカスさん! 仮病だけど2人のためなんだ! 今度ちゃんと説明するから)
クロエの出産を控えているので、余計な心配をかけるつもりはなかった。
そしてノアは部屋に戻る。
ベッドにクッションを何個か置き、その上に布団をかけた。
(よし、これで俺が寝てると思うだろう! あとは窓から出れば村へ行ける!)
ノアは身体強化を使って窓から外に飛び下りた。
「身体強化は便利だな~! よしこのまま森を突っ切って村までひとっ飛びだ!」
身体強化により脚力も上昇していて、すごい速さで森へと入っていった。
すると突然狼型の魔物が数匹の群れで現れる。
「グルルルゥゥ」
「邪魔だわんちゃんども!」
武具強化で剣身の2、3倍の刃を魔力で形成し、
飛びかかってきた2匹を斬り捨てる。
骨を断ち切る音とともに2匹は首を飛ばされ絶命した。
「うげーやっぱり気持ち悪い。ルーカスと前に来たときは気持ち悪くて吐いちゃったもんな……まあ何度も見てるうちに慣れちゃったけど。おらぁあ!」
1人ぶつぶつと独り言を呟いていると急に横から飛び出してくる一匹の魔物。
ノアはその噛みつきを軽やかに躱し、横に回り込んで首を切断する。
大量の血飛沫を上げて地面に崩れ落ちた。
残りの1匹は一目散に逃げていってしまった。
「ルーカスの稽古で剣の振り方をある程度覚えたし、剣術も使える。これなら普通に森も抜けられそうだ。ちゃんと鍛えれば子どもでも余裕じゃないか。だけど油断は大敵!」
簡単そうに言っているが、これはノアが異常なのである。
この森は決して子ども1人で通り抜けられるような場所ではない。
一般的には魔物1匹に対し、複数の人間で連携して対処する。
1人で複数の魔物を相手にするなど、凡そ子どもに出来るような芸当ではなかった。
そもそも剣術を子どもの頃から使えるなんてこの世界ではあり得ないのだ。
それから次々にやってくる魔物たちを薙ぎ払いながら森を抜け、オルカ村付近に辿り着いた。
返り血を浴びないように立ちまわっていた分少し疲労している。
村の門が見える位置まで進むと、ノアは立ち止まって考え事を始めた。
(どうやって村に入ろうか。門にはリヒテさんがいたっけな……ちゃんとお小遣いでお金は持ってきたけど子ども1人じゃ変だよな。)
リヒテはノアが村に来るには魔物でいっぱいの森を抜けなければいけないことを知っているためきっと怪しむだろう。
ノアはどう誤魔化そうか悩んでいたが、早く魔剣のことを調べたいという欲求に負けてしまう。
(ええーい! ここは勢いでなんとかなる!)
ノアがリヒテに話しかけた。
「こんにちは、リヒテさん! 遊びに来ました! 通行料はちゃんとありますよ! はい、これでちょうどだと思います! それじゃあまた! お仕事頑張って下さい!」
ノアは有無を言わせずに村へと入っていく。
「あ、うん。また……って行っちゃったよ。1人……だったよね? まあルーカスさんは途中で用事思い出して帰ったんだろう!」
リヒテはそう言って自己解決したのだった。
◇◇◇◇◇◇
(ふう、なんとか普通に入れた。でもこれからどうしようかな~)
「あれ? ノア?」
ノアが中央広場を歩いているといきなり後ろから声をかけられた。
後ろを振り向くとショートカットの似合う可愛い女の子がパンやフルーツが入った籠をぶら下げて立っていた。
「あ、エマ! 久しぶりだね。元気だった?」
「元気だった? じゃないわよ!! なんで全然来なかったの!? 村を案内するって約束したじゃない! 待ってたのよー? ノアばかー!!」
「ええと、ごめんなさい。ちょっと忙しくて来れなかったんだ。今日は……そ、そうだ! エマに案内してもらいたいたくて来たんだよ! 誰か物知りな人のいるところへ案内してくれないかな?」
「え? そうだったの……? いいよ、案内してあげるー」
エマはノアが自分に会いに来たことが嬉しくて仕方なかったらしい。
すぐ態度に出るのでわかりやすい。
少し歩くと一軒の古い家の前についた。
「お爺ちゃーん! 開けてくださーい! エマでーす!!」
「ほうほう、エマちゃん。よく来たのう。おや、お友達も一緒かな?……ほう。珍しいお客さんじゃ。さあ中へお入り」
ドアが開くと白髪に白髭をたくわえた老人が出てきてそう告げた。
2人は招かれるまま家に入っていき、
老人と向き合うように椅子に座る。
テーブルにはお茶とお菓子が用意された。
「それでどうしたんじゃ? 何かワシに用かのう」
「ノアがね、物知りな人のところへ案内してって言うからお爺ちゃんのところに連れてきたの!」
「はじめまして、僕はノアと申します。いきなり押し掛けてしまってすいません。お聞きしたいことがあるのですが……」
「ほう、これは驚いた。随分礼儀正しい子じゃのう。しかもその年で魔物を倒す実力の持ち主とな……面白い子じゃ」
「えー? ノアが魔物なんて倒せるわけないでしょ! まだ子どもなんだから絶対無理よ!」
「服にわずかだが魔物の血がついておる。そして肩に細い枯れ葉。それは近くの森にある木の葉じゃ。森の中に入ったんじゃろう。あと、ワシは人の魔力を大体じゃが把握することが出来てのう。お主の魔力は子どもにしては異常じゃ。それに……その魔剣から物凄く血の匂いがするわい」
この老人は扉の前でノアを見た一瞬でそこまで見極めていた。
「だってまだ6歳じゃない!!」
「ちょっとエマ静かにしてて。話が進まない」
「むぅぅ! ふんっ! ノアのばーか!」
先ほどから大声で老人に食って掛かるエマをノアが抑える。
「まったく……それにしてもそこまでわかるなんて、失礼ですがいったいあなたは何者なんですか?」
「ホッホッホ。ワシはこの村にある冒険者ギルドのギルドマスターじゃ」
「冒険者ギルド?」
「村人の依頼や村に危険を及ぼす魔物の討伐などを請け負っておるところじゃよ」
依頼主はギルドに依頼を出し、難易度に応じて依頼金を払う。
そしてギルドは冒険者としてギルドに登録した者が依頼を達成した際に依頼金の8割を報酬として出す。
緊急時などにギルドが直接依頼を出すこともあるが、その時もちゃんと報酬は出るそうだ。
「なるほど……そういう所の長ならば知っているかもしれませんね」
ノア魔剣を抜いて前にかざした。
ロンドが一通り黒い魔剣を見たところで魔力を込める。
「こ、これは……」
老人は大層驚いていた。
「ちょっと時間はあるかね!? 是非会わせたい者がいるんじゃが!」
「あ、はい。時間ならあります。エマは……」
「すまんのう。今から訪ねる大魔導士の家は村から少し離れていてのう。魔物が出るから連れて行くわけにはいかんのだ。もちろん護衛もつけるが、エマちゃんのような女の子にとって危険なことには変わりない。ノア君は彼女を家まで送って行ってあげなさい。ワシは先に準備をして門の前で待っておる」
大魔導士とは、魔導士の中でも特に優れていている者に与えられるクラスで、魔法について日々研究している偉い人達らしい。
「ノアだって子どもじゃない! なんで私だけ……」
「ノア君はまだ子どもじゃが1人でも森を抜けられるくらいに強いのじゃ。きっと既にこの村有数の精鋭達に勝るとも劣らん実力がある」
「私が……私が弱いからダメなの?」
「ごめん、エマ。村の外は本当に魔物だらけで危ないんだ」
「……わかった。おつかいの途中だったし帰る。ちゃんと送ってくれないとダメだからね! ふんっ!」
機嫌を悪くしてしまった。
またすぐに村に来て遊んであげよう。
「ではまた門の前で」
そう言って2人はエマの家に向かった。
「ノア! 何があったか今度ちゃんと話してね!」
「わかった。またすぐに会いに来るからそんなに怒らないでよ」
「……ふんっ!」
そうしてエマの機嫌をとりながら家まで送り届け、門の前に向かう。
「お待たせしました!」
護衛の者達は以前来た時にルーカスと話していた者達ばかりだった。
「マスター、一緒に連れてく子どもってこの子ですか!? ルーカスさんの息子さんじゃないですか!」
「ほうほう、そうであったか!」
老人はにやりと笑う。
「すいません、黙ってて。父様と母様には内緒で来たので……」
「あまり親を心配させるようなことはしてはならんぞ?」
「それは大丈夫です。……夕方頃までに帰れれば問題ないでしょう」
「ホッホッホ、そうかそうか! ではさっさと行くとするかのう!」
そうして老人と子ども、護衛の者達は村を後にしたのだった。