第3話
翌朝の早朝。
窓から差し込む朝日が眩しい。
この世界に来てから朝起きるのが随分楽になったと思う。
眠っている時間がもったいない。
まだまだ知らないことが沢山ある。
一分一秒でも時間が惜しい。
(今日は家を出て村まで行ってみよう。ルーカスに頼んだら連れて行ってくれるだろうか)
部屋を出て階段を下りていく。
ノアの部屋は2階の子供部屋だ。
クロエとルーカスの寝室は1階の隅にある。
(まだ寝ているみたいだな~。今のうちに……)
ノアは2人の寝室にある本棚から魔力の扱いに関する本を抜き取った。
本がなくなっていることを悟られないように細工しておくことも忘れない。
勝手に取っていったことがばれるのは、やはりまずいだろう。
そもそもこんな面倒なことをするのには理由がある。
以前魔力関係の本を読ませて欲しいと頼んだのだが、
子どもにはまだこんなに難しい本は理解出来ないからと一蹴されてしまったからだ。
どうやらこの家に置いてある魔力関係の書物はどれも極めて難しく、普通の大人でも苦戦するようなものらしい。
そんな本を読めるなんてやはり2人は優秀なのだった。
ノアは抜き取った分厚い本を脇に抱えながらこっそりと自分の部屋に戻り、
きちんと整えられたベッドに腰を掛ける。
(やっと読めるぞ~。さてどれほど難しいのやら……)
そしてノアが本を読み始めてから2時間後が経過した。
(ふ~ん、ざっと流し読みしてみたけどそんな難しい本じゃなさそうだな)
この本は魔力の基礎知識や魔法理論、剣術理論について載っているようだ。
こんなにすらすら読めるような本をクロエたちは読ませてくれなかったのかとノアは思ったのだが、
この世界の学力水準が元の世界に比べ随分低いのだから仕方なかった。
「ノアちゃーん! いつまで寝てるの~降りてきなさーい! ごはん食べましょー!」
(もうそんな時間か。大分時間が経っていたらしい)
「今行きまーす!」
ノアは本を隠してから1階へ下りた。
「おはよう、ノア」
「おはよう、ノアちゃん!」
「おはようございます! 父様、母様!」
挨拶を済ませ、朝ご飯を食べ始める。
「父様、僕村に行ってみたいのですが……」
「おお、そうかそうか! 勇気を出したんだな。ちゃんと父さんが守ってやるから安心しろ? 大丈夫、全然怖くないからな? 父さんがいれば例え魔物が出てもへっちゃらだ! 外はそんなに怖くないんだぞ」
ルーカスはきっと何か勘違いしているのだろう。
確かに魔物が本当にいるとわかった時は少し怖気づいたがそれで外に出なかったわけではない。
周りの情報を集めることだけで手一杯で外出どころではなかったというだけだ。
しかしそんなことを言うわけにはいかないので合わせてやることにした。
「はい、ありがとうございます! 父様がいれば安心して外に出掛けられます!」
「ハッハッハ! よく言った。それでこそ俺の息子だ! よしよし」
(ルーカスさん力強すぎ! 痛い! 頭陥没しちゃう。僕まだ体は子どもだからね……)
「と……父様痛い」
「あなた! ノアちゃんをいじめないで」
「いじめてないぞ!? ただ撫でてやっただけなのに」
「言い訳しない!」
「……はい」
いつも優しいクロエがすごい形相でルーカスを叱っている。
あまりの迫力にノアも少し引き気味だ。
「すまんな、ノア」
「い、いえ、大丈夫ですよ。気になさらないで下さい」
「またお父さんにいじめられたら私に言ってね? ノアちゃんは私が守ってあげるから!」
「おいおい、守ってあげるって……まあいい。ご飯も食べ終わったし、そろそろ行くか!」
「はい、お願いします父様!」
「外は魔物が出る。この家の付近は滅多に魔物は出ないし、俺が定期的に狩ってるから安全だが村に着くまでの道はよく出るから気をつけた方がいいな。一応ノアにもこれを渡しておく」
腰にロングソード型の魔剣を差してからルーカスが剣のようなものを取る。
そして渡されたのは剣を差すためのベルトと鞘に納まっている透明な剣だった。
「これは……魔剣ですか!?」
「そうだ。ノアが大きくなったら渡そうと思っていたものだからそれはもうお前のものだぞ。それはグラディウス型の魔剣だ。手入れの仕方は家に戻って来たら教えてやるから自分でしっかり管理するんだぞ?」
「うわぁ~ありがとうございます! 一生大事にします!」
(何これすっごくかっこいい! これで魔力をどういう風に流すか色々試すことが出来る! 魔力に関する本も部屋にあることだし部屋に籠もって練習だ!)
ノアの身長でもぎりぎり引きずらない程度の長さで、
普通のブロードソード型より若干短めの両刃片手剣だ。
刃の中程より少し手前の部分は緩やかな曲線を描くように凹み先端は鋭く尖っている。
「武器を持っているからといって戦おうなんて思うなよ? 魔物が出てきたら俺の後ろに隠れてるんだ。お前はまだ子どもだから魔物なんて相手にしたらすぐ殺される。でも父さんがいればお前は絶対に安全だ」
(こんだけ念を押しといたら魔物にとびかかったりはしないだろう。外の出るのが余計怖くなってしまいそうだが……ここら辺の魔物は弱いけど決してノアのような子どもが戦えるレベルではない)
ルーカスはノアの安全のために怯えない程度に忠告してやった。
「よし! じゃあ行くぞ」
「母様! 行ってきまーす!」
(どうやらそんなに怖がってる様子はないな。寧ろノアのやつ楽しそうだ。それはそれで心配だが……)
2人は家を出て村へ向かう。
村へ行くには森を抜けなければならないらしい。
一本一本の木がすごく大きくて、
周りに見えるのは太い幹が点在している光景だけだ。
しばらく歩いていると何かが進路を塞ぐように現れた。
「魔物だ! 気をつけろ! そしてよく見ておけ。魔物との戦いがどういうものなのかを」
「は、はい!」
現れたのは大きな虫だ。
いや、大きすぎる。
全長1mくらいはある。
芋虫みたいだが口のあたりから何本も鋭い鎌状のものが生えていて、
やはり普通じゃなかった。
「はぁぁあ!」
ルーカスはまだ届かない距離なのに剣を振り下ろしたらしい。
速すぎて気づいた時には剣を振り下ろしていた体勢だったのだ。
すると斬撃が剣から飛び出し、少し離れた場所にいた魔物を両断していた。
虫型の魔物は何もさせてもらえずに肉塊に変わる。
「父様、今のは剣術ですね!? そんなことも出来るんですか!?」
ノアは目をきらきらさせながら尋ねる。
「そうだ。剣術も使いようによっては色々なことが出来るぞ」
ルーカスは他にも剣術について色々教えてくれた。
剣術には大きく分けて攻撃力そのものを上げる武具強化、使用者の身体能力を上げる身体強化というものがある。
先ほどのルーカスの剣術は武具強化で斬撃を作り出し、身体強化で自身の身体能力を大幅に上昇させてから剣を神速で振り抜くというものだ。
作り出した斬撃は剣の勢いによって飛ばされ、離れたところにいる相手を切り裂く。
単純な技だが魔力制御を誤れば斬撃はすぐに消えてしまうし、
身体強化を十分に使いこなせなければ勢いが足りなくなり、
斬撃を生み出せたとしても飛ぶことなく魔剣に留まったままになってしまうらしい。
これを使うことが出来れば少し離れた場所までならカバー出来るので、
剣術使い特有の近接攻撃しか出来ないという短所をある程度補うことが出来る。
要は剣術は使用者の実力によって多種多様な効果を発揮出来るということなのだ。
「やっぱり父様はすごい方だったんですね! 僕も父様のように剣術を使いこなせるように頑張ります!」
「そうかそうか! ノアはまだ子どもだから大きくなったら剣術はいくらでも特訓してやるぞ! それまでは魔力を使わなくても出来る武器の扱い方について特訓してやる」
やはり子どもには早いからと魔力を使った訓練はしてくれないようだった。
少しでもルーカスから技術を盗むしかない。
「それじゃあとっとと行くか」
「はい!」
それから数体の魔物が出てきた。
結局あまり詳しいことはわからなかったが、
ルーカスは剣タイプの魔剣が一番得意であること、
そして剣タイプの魔剣では切断することを前提に剣術を使用する傾向があることがわかった。
確かに武器の特性を槍で切ったり、斧で突いたりという使い方はあまりしないだろう。
当たり前といえば当たり前のことである。
「着いたぞ。ここは家から一番近い村だ。買い物とかはここで済ませている」
村や街などの人が多く住んでいる場所は大抵魔物への対策として柵や石壁で周りを囲っている。
魔物が出た時以外門は通常開いていて、門番に許可をもらわないと入れない。
その際、門番に通行料をいくらか払う。
通行料は門の修繕費などに使われるらしい。
ルーカスはノアに丁寧に説明した。
「村へ入りたいんだが許可をもらいたい」
「これはこれはルーカスさん! お久しぶりですね。ルーカスさんにはお世話になってますから、いつも通り通行料は大丈夫ですよ」
ルーカスは村の門の前に立っている兵士の格好をした男に話しかけた。
どうやら知り合いらしい。
「いやいや、悪いから今日こそは受け取ってくれ。払わないとクロエに怒られるんだよ~」
「そうなんですか? それでは受け取らないわけにはいきませんね。……はい、確かに受け取りました。奥様にもよろしくお伝えください!」
「おう、ありがとうな! それから俺の息子を紹介しとかないとな。俺は今日こいつが村に行きたいと言うから付き添いで来たんだ。もちろんちゃんと仕事も片づけてくぜ」
「ルーカスさんの息子さんですか! 私は門番のリヒテです。よろしくお願いしますね」
リヒテという男が軽く頭を下げる。
「はじめまして。僕はノアと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
リヒテは目を丸くして驚いていた。
「ご、ご丁寧にどうも。ルーカスさんの御子息とは思えない程の上品さですね! 驚きました」
「おいおい、それはどういう意味だ~?まあいい。事実だからな…。それじゃ行くぞ、ノア!」
「はい、父様!」
門の前で楽しい談笑を終え、
2人は村の中に入っていった。