第14話
ここは荒地エリア。
平原エリアのように見晴らしがいい場所で、大地はからからに乾き、所々でひび割れを起こしている。
ノアたち第五部隊と第二部隊は作戦通りの場所でルミスの部隊と遭遇し、
先ほどからずっと両者の間では睨み合い状態が続いている。
距離は大分離れていて、魔法が辛うじて届くくらいだろう。
「ノアくんの予想通り、相手はすぐに総攻撃を仕掛けてこないわね。みんな、またいつ攻撃してくるかわからないから油断しちゃ駄目よ。今は少しでも魔力を回復してちょうだい!」
皆に注意を促す第二部隊隊長のヘルガ。
それを受け、より一層気を引き締める隊員たち。
しかしその中に1人だけ首を傾げてルミスの部隊をじっと見つめる少年の姿があった。
「どうしたの、ノアくん? 何か気になることでもあるの? 作戦も順調に運んでいるように思うけど……」
何か腑に落ちないというような顔をしたノアにヘルガが問いかけた。
ノアはうーんと唸る。
どう説明しようか頭の中で整理しているようだった。
「ヘルガさん、一見すると作戦会議で話し合ったような状況になっているようですが……あそこに見えるルミスの部隊の人数がちょっと少ないと思いませんか? 20人でしょうか。僕は遭遇するなら例え敵情視察の為に数人割いたとしても確実に25人以上は部隊にいると思っていたんです。いや、そうでないとまずいんです」
「予想より5人ほど違うだけじゃない。何がまずいって言うの? 心配し過ぎなんじゃない?」
ヘルガはそんな5人程度の違いにそこまで危機感を感じていなかった。
気にし過ぎだろうと思っていたのだ。
「考えてみてください。仮に残りの10人が別働隊としてまとまっているとします。そしてその別働隊にルミスの精鋭たちが集まっている。その別働隊には今僕たちと対峙しているあの部隊とは別の目的があるとしたら果たしてそれはどんなものだと思いますか?」
「…………まさか! バルトたちを狙っているの!? 私たちはてっきりノアくんから先に狙われると思ってたのに!」
ヘルガはしばらく思考を巡らせ、答えを導き出した。
彼女の言葉で、周りで聞いていた者たちも驚きノアたちの会話に聞き耳を立てる。
「もしそうだとしたら……」
「はい……10人程度の部隊でも相手は強敵ルミスですから、おそらくバルトさんたちはほぼ全滅します」
ヘルガの問いに、ノアが考えられる最悪の展開をはっきりと告げる。
それを聞いた者たちが揃ってそわそわと慌てだした。
作戦は成功しているものだと思い込んでいたので、その分抑えようのない焦燥感が彼らを襲ったのだ。
「今僕たちはこの11人で無理にでもあの20人のルミス部隊を撃破しなくてはいけません。合図でも出されて別働隊が行動を早めたら厄介ですし、あの人数からの攻撃を受けながらバルトさんたちを探すなんて危険すぎます。それまでバルトさんたちが無事でいることを祈りましょう。それとあの20人を全て無力化するにはこちらもいくらかの被害は免れないと思います」
ノアのその言葉に皆が冷や汗を流す。
無事では済まないのと言われたのだから、それは仕方のないことであった。
「じゃあ戦闘になったら第二部隊と第五部隊で分かれましょう。やっぱり即席の連携プレーは拙くて危険よ。私たちは遠距離魔法が得意な部隊だから、ノアくんたち第五部隊とは戦い方が違い過ぎるしね。前を任せちゃうようで悪いんだけど……」
ヘルガは申し訳なさそうにそう提案した。
第二部隊の隊員もばつが悪そうだ。
一番注意して対処しなくてはならないノアたち第五部隊を差し置いて、わざわざ遠くにいる敵に集中砲火をくらってまでむやみに突っ込んでくる者はいないだろうことは容易に予想出来るからだ。
そしてこれは遠距離系の第二部隊の特性上やむを得ないことである。
「大丈夫です。ヘルガさんたちは敵魔法使いの注意を引いて下さい。剣術使いに魔法使いもいたらさすがにお手上げです」
ノアはヘルガたちまで守りきる自信がないので、遠くにいてくれるなら寧ろそっちの方が良いと思っていた。
「わかったわ! 任せてちょうだい」
第二部隊全員が頷く。
ノアたち第五部隊は第二部隊の前に出て、戦闘準備に入った。
「おいおい、本当にやるのか!?」
「もちろんやるよ」
「やりますのね……」
「うん、ちゃんとみんな準備しておいて」
「……わかりました」
ジーク、リリー、ルルの3人は諦めの境地に至っていた。
こうなったノアを止めることなど出来ないし、このままここでじっとしていたらバルトたちがやられてしまう可能性があるので、敵との正面衝突は避けられそうにないとそう思ったからだ。
「よーし! みんなやっつけてやる!」
「エマ? 忘れてないよね……?」
「ん? ……あ、うん! ちゃんと覚えてるから大丈夫よ。でも本当に大丈夫かな?」
「すぐにわかることだよ……落ち着いて敵の動きをよく見てればわかる」
「なんの話だ?」
ジークは2人の会話が気になり尋ねてみたのだが、
ノアがにっこりと「こっちの話ですよ」とごまかすのでそれ以上の追及はしなかった。
ノアとエマの話していたことは本気を出し過ぎてはいけないというものだったので言うわけにもいかなかったのだ。
そんな話をしていると、早速第二部隊とルミスの部隊との遠距離魔法の応酬が始まった。
第二部隊前方でリリーとルルも魔法を放つ。
しかしルミスの魔法使いたちは飛んでくる魔法を相殺し、前方にいるノアたちの方へ魔法を放ってきていた。
リリーとルルがそれを必死で相殺して防ぐ。
かなりぎりぎりのようだった。
第二部隊やリリーたちが少しでも手を休めたらすかさず魔法の嵐が直撃するだろう。
力でも数でも負けているのだからこうなることは戦う前からわかっていたことだ。
「ノ、ノア! 押されていますわ!」
「はい……さすがはルミスの魔法使いたちです。防ぐのがやっとです」
リリーとルルは明確な力の差に焦りを見せる。
さらに追い打ちをかけるようにルミスの剣術使いたちも動き出した。
「ノア! 来るぜ!!」
「わかってます! リリーとルルはこの場に止まり、魔法で応戦。エマ、ジークは僕と剣術使いを叩きます!」
ノアたち前衛組は既に抜剣状態だ。
今回はノアもちゃんと剣を構えていた。
相変わらず封刃は解除しないままだが、魔法の飛び交う中で抜剣しないほど愚かではなかった。
ルミスの剣術使いもノアたちも身体強化を使ってお互いに接近し合っているので、彼らが衝突するのに時間はかからなかった。
「エマ! 左から来る4人を潰してくれ! ジークは僕と前の7人をやります!」
「りょうかーい!」
エマは2人から離れ、左へ飛び出した。
「おい、まじかよ! あいつ平気なのか!?……っと、こっちも来るか」
剣術使いたちはジークに2人、ノアに5人で攻めてくる。
(ちっ、ジークに2人いったか。くそ。早めに終わらせないと。ジークは大丈夫か……?)
5人が次々にノアに襲いかかっってくる。
1人目の切り込みをぎりぎり当たらない距離で右に滑り込むように避ける。
すると残りの剣術使いたちがノアの前面、左右から一斉に襲い掛かってきた。
ノアは避けきれないと踏み、左側から一気に薙ぎ払う。
4度の衝撃音とともに剣術使いたちはそれぞれ大きく仰け反った。
ノアは薙ぎ払いの勢いを殺すことなく、そのまま右回転切りで隙だらけの腹にそれぞれ黒い剣を叩き付ける。
封刃が覆う魔剣は相手を切り裂くことはないが、4人の剣術使いを大きく後ろに吹き飛ばし、地面に叩きつけた。
そして5人いた剣術使いも最初に攻撃をかわした1人だけとなる。
しかし後ろを振り向くと最後の1人は遥か遠くを疾走していた。
(まずい! 残りの1人はリリーとルルを狙っている!)
ノアに初撃をかわされた1人目の剣術使いは、前方で魔法に苦戦する2人の少女を見るとすぐに標的を彼女たちに変えていたのだ。
(くそ! ジークはまだ粘れるか!?)
ジークの様子を確かめ、すぐにリリーとルルの方へ視線を戻した。
◇◇◇◇◇◇
「「……!?」」
リリーとルルは剣術使いがすごい速さで接近してくるのに気付き、驚いて攻撃の手を止めてしまった。
ただでさえヘルガたちと2人の魔法でぎりぎり防いでいたのだから、2人が一瞬でも隙を見せれば相手からの魔法が一気に通ってしまうのは誰が考えても明白なことであった。
2人には魔法の嵐が目前に迫ってきている。
この距離ではもう何をしても間に合わない。
そう直感した時、リリーとルルは全身から血の気が引いていくのを感じた。
魔法の嵐が一気に彼女たちを襲い、その凄まじい衝撃が土煙を巻き起こす。
あまりに大きな轟音に誰もが土煙の立ちのぼっている辺りに目を向ける。
土煙は時間とともに薄くなっていく。
周りにいた全ての者たちが先ほどその場所にいた2人の少女の横たわる姿を想像していた。
しかし土煙が完全に晴れると一同は目を疑うこととなる。
2人の少女の前に立つあの少年の姿がそこにあったからだ。
「そんな馬鹿な!! 何故貴様がそこにいる?! さっき見た時まで少なくとも5人の剣術使いとあっちで戦って…………」
彼女たちに魔法を放ったルミスの魔法使いのうちの一人、ジャックは大声を上げる。
そして彼は先ほどあの少年が剣術使いたちと戦っていた場所を見ながら絶句していた。
ジャックの視線を追うように他の魔法使いたちもその光景を視界に入れる。
その場には少年と戦っていたはずの剣術使いたちが地面に転がっていた。
その数は4人で、離れた場所にもう1人うつ伏せになっている。
合わせて5人。
その少年が相手にしていた人数と同じだった。
「剣術使いたちを……既に倒してから来たということか……」
彼らは事態をなんとなく把握した。
信じられないことだが、きっとこの少年はやってのけたのだ。
一体どうすれば5人もの剣術使いを瞬く間に沈黙させ、あの距離を一瞬で移動して凄まじい魔法の嵐から2人の少女を守ることが出来るのか。
彼らには想像もつかなかった。
「ノア……あなた……」
「どうやって……?」
「助けにきたよリリー、ルル。……気になるだろうけど説明は後でいいかな?」
彼女たちを安心させるかのように優しい笑みを浮かべる少年。
そして2人はノアの言葉に縦に首を振った。
「あらあら? 私には4人の剣術使いを丸投げしてきたくせに2人には随分優しいのね?」
「エマ、おかえり! 任せたのはエマのことを信頼しているからだよ?」
「そ、そうなの? まあいいわ……」
戦闘を終え、戻ってきたエマの機嫌をとるノア。
彼女は相変わらず可愛い性格をしていた。
「俺にも何をしたか教えてくれるんだろうな?」
突然ジークが横から現れる。
「第五部隊のみんなとは長い付き合いになりそうだしちゃんと教えるつもりだよ。それよりジークはあとで助けに行こうと思ってたんだけど……全然必要なかったみたいだね。さっき見たらちょうど2人目の相手を圧倒していたみたいだし。ジークってあんなに強かったんだ?」
「いや~、相手が油断してたからな! 運が良かったわ!」
「へぇ……そうですか」
(いや、あれは運が良かったとかじゃなくて、ただ実力で圧倒していた……まだはっきりとはわからないが、ルーカスにも匹敵するんじゃないか?)
ノアの訝しげな視線を受け、ジークは目を逸らす。
何か秘密にしなくてはならない特別な訓練でも受けているのだろう。
「ノア! やはりあなたが作戦を台無しにしてしまいますのね。あの人も優秀な指揮官ですけどやはりあなたの力をみくびってましたわね」
ノアが考え込んでいるとノアたちと対峙していたルミスの魔法使いの中から聞き覚えのある声で話しかけてくる人物がいた。
「ウェルシー! 危うく気付かずにあのまま睨み合いを続けるところだったけどね。出来れば別働隊がどこにいるか教えてくれないかい?」
「うふふ、それは……」
「馬鹿め! 教えるわけなかろうが! これでもくらえ!!」
ウェルシーの言葉を遮り、隣にいたジャックがファイヤーボールを放ってきた。
しかしノアたちに近づくと火球が真っ二つに割れて爆発した。
「いきなりなんです? 危ないな~」
「ノア? 今は試合中ですわよ? いきなりも何もないでしょう? それにファイヤーボールをただの身体強化だけで無効化しておいてよく危ないなんて言いますわね、ふふふ」
「それもそうですね、ははは」
ウェルシーとノアは2人揃ってクスクスと笑う。
周りの者たちはそのような事をいとも簡単にやってしまう彼にも、それに少しも同じない彼女にも驚きを通り越して呆れてしまう。
「今のはこいつがやったのか!? 身体強化のみで!? それよりウェルシーはあいつの知り合いなのかい?!」
「ノアはわたくしの友人ですわ。試合前も彼と話していて遅くなってしまったんです」
ウェルシーはにっこりしてそう言った。
「こ、こいつが…………くそ! くらえ! くらええ! くらえええ!」
ジャックは何個もファイヤーボールを放ってくるが、
全てノアたち第五部隊に届く前に2つ切り裂かれ爆発してしまう。
「な、なぜファイヤーボールをただの身体強化だけで両断できるんだ!? それになぜ火傷ひとつ負っていない!? わけがわからないぞ!」
ファイヤーボールをただの身体強化で両断出来るのは封刃のおかげだ。
ただの魔剣で魔法を受ければいくら硬い魔石でできてるとはいえ、衝撃でひびが入ったり折れたりしてしまう。
黒い帯型の魔具、封刃は衝撃を受けると吸収し、そのまま逆方向へ跳ね返す効果を持っていた。
火傷がないのは切った後にすぐ身体強化を使って回避しているからである。
「あなた程度の魔法使いにやられるつもりはありません。もうやめておいた方が賢明ですよ? ただの魔力の無駄使いです。降参して下さい」
「なんだと!! このおおおお!!」
ジャックは怒り狂い前に進みながら次々にファイヤーボールを放ってくる。
他の魔法使いはというと動けなかった。
いつの間にかにエマとジークが横から剣を突き付けてきたからである。
ウェルシーは2人が動いたのを察知し、抵抗しようと試みたのだがエマに腕を掴まれ、刃を首に当てられた。
魔法使いなのに愚かにも前に進んでくるジャックはノアの回し蹴りで地面に叩き付けられあっけなく気絶した。
「ウェルシー? 早く別働隊の居場所を白状したら?」
「わかってますわよ! それにしてもエマ、あなたに後ろをとられるなんて不覚でしたわ!」
「油断なんてしてなくても私にやられていたでしょ!」
「なんですって!!」
「なによ! 本当のこと言っただけじゃない!」
「ま、まあまあ2人とも落ち着いて!」
(うわーウェルシーが本気で悔しがってる。今はこっちのモードなんだな……それよりこの2人こんなに仲悪かったっけ……?)
ウェルシーの別の一面を初めて見たジーク、リリー、ルルは目を見開き驚いていた。
「まったく……こんなにあっさりと負けるなんて思いませんでしたわ! どうせもうすぐ腕輪が作動してしまうことですし、仕方ないから教えてあげますわよ! 別働隊は遺跡エリアまで追いつめてからアースの奇襲隊を倒すと言ってましたわ!」
「本当かい、ウェルシー? 嘘だったら……」
「……ノア? わたくしを疑ってますの?」
ウェルシーがすごくにこにことしながらそう言い放った。
(やばい! ウェルシーさんかなり怒ってる! 俺にはわかる! そんな顔しないでよ! 怖すぎだよウェルシーさん! 僕が悪かったよ!)
「いえ、信じてますよ! あはは! 僕がウェルシーを疑うわけないじゃないですか! もう誰よりもウェルシーのこと信頼してますよ! はは…………では腕輪で降参の信号を出して下さい!」
ウェルシーは「またですわ」とか「騙されませんわ」とか「やだわたくしったら」など顔を赤らめぶつぶつ呟き始める。
しかしウェルシーの機嫌がなおったと思ったら次は隣でエマが「またウェルシーに負けた」とか
「私が一番じゃないの」とか「ノアのばか」など不機嫌そうに呟き始めたのでノアはウェルシーたちに早めに降伏を促した。
ウェルシーたち魔法使いは腕輪に降参と念じ、
スクリーンにそれぞれの選手頭上に降参を示すマークがつく。
降参した選手がこれ以上誰かを攻撃をすれば強制的にそのチームが負けになるというルールだ。
「それではウェルシー、僕たちは急ぎますんで。では」
ノアとエマがリリーとルルを横に抱え、第五部隊はすごい速度で遺跡エリアへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「きゃーノアくん頑張ってー!」
「負けるなーアース!」
「きゃーかっこいいー! ノアくーん!」
「ジークくんも頑張ってー」
観客席のあちらこちらからこのような声援が聞こえてくる。
今巨大なスクリーンには右半分と左半分で別々の戦場が映し出されている。
左半分はどうやら障害物の多い遺跡エリアでアース19人とルミス10人の戦闘が繰り広げられているようだ。
右半分には2分割で例の少年を含めたアース11名とルミス20名との衝突が映し出されていた。
一方は戦闘を全て映す俯瞰映像。
もう一方は現在、噂の美少年ノア、お姉さまに人気のジーク、ポニーテールの似合う活発そうな少女エマが大きく映っている。
先頭に立つ少年の指示でポニーテールの少女が左側から来る4人の剣術使いに突っ込んだ。
彼女は迫りくる刺突を次々にかわし、魔力の刃を何度も相手に叩き込む。
エマの剣術はスピード重視で、一撃一撃は威力はないが猛烈な連撃により相手を切り刻むという戦い方をしていた。
こういった対人戦闘での試合ではあまりに危険な攻撃は禁止行為となっているので、
切るときは魔力の刃で調整し叩き付け、刺すときは魔力の刃の切っ先を調整して突き飛ばすという戦い方をする。
魔法の場合も調整して打撲や軽度の火傷、感電、麻痺をさせる攻撃しかしない。
閑話休題。
しばらくすると少女の前には剣の連撃によって意識を失う4人の剣術使いたちがボロボロになった姿で転がっていた。
少女は容赦なく相手を叩きのめしたようだ。
「つ……つよい!」
「さすがあのノアとか言う少年と一緒にいるだけはある!」
「彼女も凄腕の剣術使いだったんだわ!」
観客たちはあの活発な少女の評価を大幅に修正した。
◇◇◇◇◇◇
7人の剣術使いたちが少年たちに向かっていた。
その剣術使いたちのうちの2人がジークという斬馬刀のような大剣を背負う少年に切り込む。
彼は重そうな大剣を軽々と前方に突出し、2本の斧を受け止めた。
ばちばちと魔力の刃が衝突する音。
彼は力を一瞬抜き、一気に斧を弾き返した。
よろめく剣術使いたちに追い打ちをかけるように巨大な銀の刃が横から迫る。
しかしその斬撃を後ろに跳ぶことで避ける2人の剣術使い。
男たちはにやりと笑う。
重量のある大剣を横に薙ぐと慣性ですぐに切り返しが出来ないからだ。
必ずそこには隙が生じる。
重い斧を使う2人はそれを身を持って知っていたのだ。
そして男たちは大きく斧を振りかぶった。
しかし聞こえてきたのは男たちの悲痛の叫びと地面に叩き付けられる音。
ジークは慣性に抗い、男たちに避けられたあとすぐ剣を返し、無理やり逆方向に薙いだのだ。
その巨大な銀色の刃は男たちの体に綺麗に入っていった。
「お、おい! 今度はジークってやつが2人の剣術使いをやったぞ!!」
「信じられない! あの大剣をああもあっさりと振り回すなんてどんな腕力だよ!」
「違う! 身体強化がすごいんだ! がたいはそこまで良くないがすごいパワーアタッカーなんだよ!」
「ジークくーん! きゃーかっこいいー!」
観客はジークの評価も大幅に修正せざるを得なかった。
しかし多くの観客の目はやはりあの少年に集まることとなる。
第一回戦、ネイロとの戦いで大注目を集めた噂の少年。
こんなに噂になってしまったのはやはり外見にそぐわぬ圧倒的な強さのせいだろう。
秀麗な顔立ち、優雅な立ち振る舞いからは想像のつかない力強さや素早さは観客の注目を浴びるのに難くなかった。
◇◇◇◇◇◇
7人のうち5人の剣術使いたちがノアに迫って来ていた。
やはりルミスは少年の噂を聞き、警戒していたのだ。
5人の剣術使いのうちの1人が最初に少年に剣を振り下ろす。
真っ直ぐに振り下ろされる銀色の刃を悠々とかわす少年。
初撃をかわされた女は振り返り再度剣を振るかと思ったが、何故かそのまま真っ直ぐに走り出す。
1人目の剣の一振りをかわした少年の前には、残りの剣術使いたちが一斉に迫ってきていた。
「ノア君危なーい!」
「真横からも来ているぞー!」
「きゃーやめてー!!」
観客は迫りくる4人もの剣術使いたちにやられてしまう少年の姿を予想していた。
しかし、スクリーンに映し出される映像はその予想を大きく裏切っていた。
「す、すごい! すごすぎるわよ! 何今の!?」
「なんてやつだ!? 一瞬で4人の剣術使いを……」
「きゃーかっこいいー! ノアくーん!!」
少年は剣術使いたちの武器を弾き、回転切りで切り飛ばしたのだ。
そのあまりにすごい剣技に、観客たちは驚愕し称賛の声をあげた。
称賛の的になっている少年が振り向くと表情が険しくなる。
その様子をスクリーンで確認した観客たちは、俯瞰映像の方で少年の目線の先を確認した。
「あ!?」
「残りの1人がノアくんの仲間の魔法使いのところに向かっているぞ!」
「……!?!?」
2人の少女に迫る剣術使い。
それに気付いた少女たちが驚き手を止めてしまう。
少女たちに向かい放たれた魔法が一斉に襲い掛かろうとしている。
間に合わないと誰もがそう思った。
そして少女たちを無数の魔法が襲った。
その凄まじさを物語るかのような轟音と広範囲にわたる土煙。
観客たちは少女たちがあの魔法を受けて無事でいるはずがないと青ざめる。
「ノアくんがいない!!」
その時、観客の一人が大声で叫ぶ。
それを聞いた観客たちが先ほどの映像に目を戻すと辺りに少年の姿がない。
すると突然その映像が何故か土煙の立ちのぼる場所に切り替わった。
土煙が晴れるとともに観客たちは皆目を疑った。
「え……!? ノアくん!?」
「何故あの場所にいるんだ!?」
スクリーンに映る3人の少年少女たち。
そのうち2人は先ほどの少女たち。
そしてその前にいるのはあの少年だった。
観客たちは一体何が起こっているのかわからない。
大怪我をしてもおかしくないほどの魔法を受けても怪我ひとつない少女たち。
それどころか少女たちの周囲だけ地面に傷がない。
それ以外の場所は深く抉れたり、焼け焦げたりしているのに……。
そして消えた少年の姿と映像の切り替え。
映像は少年の発信機を追い、今回の試合では常に張り付いていた。
それを考えると録画石も追いつかない速度で移動したということになる。
しかしそれはあり得ない。
過去一度も録画石が出場者の速度に追いつかないことなどなかったからだ。
だがそれらのことから導き出される答えはひとつだけだった。
少年が録画石の追いつかない速度で移動し、
少女たちに迫りくる魔法をすべて防いだということ。
「あの魔剣はなに!?……あ!?」
観客席が静まる中、1人の女性がそう言い放った。
それは鳥のさえずりすら聞こえるくらいに静まり返った会場によく響き渡る。
少年の持つ魔剣が少し光っていた気がするのだが、
少年の魔剣に一瞬で巻きつく細くて黒い帯状のもののせいでよくわからなかった。
ほとんどの観客たちはただ銀色の魔剣が光りの反射でそう見えただけだと決め込んだ。
そんなことよりどうやってあの魔法を防ぎ切ったのか。
観客たちはそっちの方が気になった。
きっと円形に何かを張ったのではないかと思うぐらいはっきりと境目がわかる地面。
しかし少年のような剣術使いにそんなことが出来るのだろうか。
物凄い剣術を使えばもしかしたらあの魔法の嵐は相殺出来るのかもしれない。
それだけでも信じられないのだが……。
だが観客たちはただ剣術で防いだとは思えなかった。
何故なら、仮に魔法を剣術で相殺出来たとしてもあんなにくっきりと円形に守ったとわかる地面の境目は出来ないからだ。
もしかして……誰もがその可能性を考える。
しかし、もしそうだとしたらあの少年は今まで力を半分も出していないことになる。
それどころかあの少年は今回の集団戦で身体強化しか使っていないのではないか。
観客たちの思考は停止してしまった。
そして誰もがそれはあり得ないと決めつけた。
それからしばらくして第二回戦目の試合に決着がついた。
◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。そもそもノア君たちがいなければきっと一回戦突破も難しかった。今ならわかるよ」
「でも……」
「少年、我々も同意しての作戦だったじゃないか。君が責任を感じる必要はない」
「そうだ、皆お前に感謝してる。そうだよな?」
控え室にいる出場者たちは揃って頷き肯定した。
今ノアと話しているのはバルト、ダイク、ゴルドの3人だ。
彼らやその周りの者たちは腕や足に包帯を巻いていた。
「ごめんよ、僕たちのせいで決勝戦が大分きつくなってしまうね」
バルトが頭を下げると第一部隊から第四部隊の者たちが頭を下げる。
第二部隊だけは半分しか頭を下げていないが。
「みなさん、頭を上げてください! みなさんが謝る必要なんて全くありませんよ! それと……残りの者たちで話し合ったんですが、決勝戦は棄権します」
「なんでだい!? 僕はノア君たちだけでも勝てる可能性があると思っていたんだけど……」
「いえ、いくらなんでも消耗している7人対万全状態の20人では危険すぎます」
去年の優勝国で決勝戦が初戦となるオルケアが何故30人ではなく20人なのかというと、大会のルールにより決勝戦では相手チームとの人数差を10人とするように調整しているためだ。
しかし人数を調整するということは、去年優勝した国からは出場出来る選手が少なくなってしまうということでもある。
それはそもそもの大会の目的である人族の力の向上に支障をきたしてしまうということなので、優勝国チームの出場者数を減らすのは10人までとされていた。
つまり、相手が負傷などで17人の場合は3人減らして27人、相手が14人なら6人減らして24人、7人なら10人限界まで減らして20人となるのだ。
人数差を10人までとする理由はもうひとつあった。
それは優勝国チームの初戦がいきなり決勝戦となってしまうからだ。
まだ会ったばかりの者と一緒に戦うことになるので、二回戦を勝ち抜いてきた相手に対し、かなり不利になってしまう。
相手が二回戦を勝ち抜くと同時にチームワークも高まっているのは想像に難くないだろう。
集団戦闘においてチームワークは非常に重要なものであった。
「皆さん、本当にすいません。僕がもっと早くに別働隊の存在に思い至っていれば……」
ノアは続けて皆に頭を下げて謝罪した。
ノアたちはウェルシーと別れて遺跡エリアに向かっている途中で別働隊と遭遇していた。
距離を考えると荒地エリアで睨み合い状態が続いていた頃にはバルトたちはやられていたことになる。
彼らがやられたとわかって普段冷静なノアですら頭に血が上り物凄い勢いで突撃した。
ルミスの10人はというとノア、エマ、ジークの気迫に圧倒され、何もできないままやられてしまった。
そして試合終了のブザーが鳴り響き、アースは数十年ぶりに決勝戦へ進出する。
「しょうがないさ! 今年のランク13~15のアースチームはみんな、もちろんノア君だって貴重な経験になったはずだよ? この経験は僕たちをきっと強くする。それに僕たちアースはノア君たちのおかげもあって二回戦勝ち抜いたからその分の賞金を手にすることが出来るよ! 集団戦でアースがこんなに賞金を貰えるのは初めてじゃないかな!? 優勝出来なかったのは悔しいけど、そんなに落ち込むことはないさ!」
他の者たちもバルトと同様に落ち込むどころか寧ろ喜んでいるようだったた。
よくここまで戦ってこれたなと。
第五部隊の者たちだけが落ち込んでいたらしい。
この空気を壊そうとする者は第五部隊の中には誰1人としていなかった。
第五部隊の者たちも歓喜の渦に自ら巻き込まれていく。
今年、ランク13~15、集団戦、アースと表示される扉の控え室はとても明るく賑やかだった。