第10話
朝食を終え、ルーカスに毎日稽古をつけてもらう時間。
ノアはいつもの庭ではなく森の広場まで来ていた。
広場中央、少年と少女が背中合わせでそれぞれ武器を構えている。
「敵に囲まれたらお互いの背後をカバーし合いながら戦うのが基本だ。だが相手が魔法を使ってくる場合は別。集中放火を受ける前に敵の一部をこじ開けて脱出しろ。敵も味方への誤射を恐れて魔法の使い方が限定されてくるし、とにかく脱出しないと確実に不利だ」
ノアとエマは集団戦に備え、ルーカスから戦場においての様々な立ち回りを教えてもらっていた。
集団で行動するならそれなりの戦法を使うこともあるかもしれないだろうと、いつもの武器の稽古時間を割いてくれたのだ。
そしてルーカスの授業が終わる。
「ルーカスさん、ありがとうございました! ん~集団戦は難しいね」
「そうだね、勝手な行動をする者がいればそれだけで被害が大きくなっちゃうしね。考えて行動しないと」
「まとまっていれば防御もしやすい。ばらけていては各個撃破の的になるだけだ。もちろん、散開している方が良いときもある。集団戦は立ち回り次第では戦況がガラッと変わるんだ」
集団戦は30対30で行われる。
30人全員でひとまとめに行動するにはそれなりの信頼関係か支配関係を要するので、
試合当日に初めて会う者たちとの連携は拙い。
「だから毎年集団戦では自国のチームの中で更に4、5人ぐらいずつでまとまり、それぞれのグループで戦うのが主流になっている。たまに1人で挑み特攻を仕掛けてすぐにやられてしまう阿呆もいるが……」
「父様! その者は確かに阿呆かもしれませんが、あぶれてしまい仕方がなかったのかもしれません! 偏見の目によってその者なりの苦労を強いられていたのかも……可哀想です」
ノアが珍しく大声を上げた。
ここまで真剣に訴えてくるのは初めてかもしれない。
これはこっちも真剣になって応えてやらなければならない。
そうルーカスは思っていた。
「ノア、確かにその可能性もある。だがもし命に関わる危険な状況で同じようなことになった場合、死ぬのは除け者にした方ではなく除け者にされた方なんだ。だから例え仕方なく1人になってしまったとしても、戦闘で前に出るべきではないとは思わないか? でも……ありがとうよ。あの時ノアみたいな奴がいたらよかったんだがな、ハッハッハ」
ルーカスは昔自分もそうなったことがあることを明かした。
その年の大会では、偶然13歳の出場者が自分1人しかいなかったらしい。
ただでさえ年上の連中からガキの癖に生意気だと思われる13歳の挑戦者が、
1人あぶれてしまうのは必然的な流れだったという。
ノアは自分が勘違いしていたことに気付いた。
自分はルーカスを疑ったのではないか。
元の世界で自分を避けていた者たちと同じだと思ってしまったのではないか。
だがそれは全く違う。
ルーカスは除け者にされる側の気持ちを知っていた。
除け者にされたからといって、簡単に特攻を仕掛けて敗れることが阿呆だと言っていたのだ。
ルーカスは自分の命を投げ捨てるように必死に戦う者たちの末路を沢山見てきたが、
そういう者たちに限って、守るべきものを守り切ることが出来ていなかったそうだ。
この世界では試合は魔族たちとの戦争に備えるためにあるもの。
試合でそのようなことをするものはいずれ同じようなことをして死んでしまう。
ルーカスにはそれが許せなかった。
戦う力が……守る力があるのに、簡単に放棄してしまう愚かな人たちが。
「そういうことでしたか……すいません。僕はとんでもない勘違いをしてしまいました」
「いいってことよ! 俺は実際にそういう人たちを見て自分の愚かさに気付いたんだ。格好つけるより、大切な者のために泥臭く生き延びるべきなんだってな……。そして俺はそんな弱い立場の人間を擁護しようとする息子を本当に誇りに思うぜ。これからもその気持ちを決して忘れるなよ?」
「はい!」
ノアは元気よく、明るい笑みを浮かべてルーカスに応えた。
エマもその2人の光景を見て、自然と笑みを浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇
家に帰ったあとエマは昼食を食べ終え、
親子3人で話をしていた。
「ねえ、パパ、ママ! 親子って素敵ね!」
2人はキョトンとした後、にっこりと笑った。
「ノア君とルーカスのことかい?」
エマが頷く。
するとやっぱりといった表情をつくる2人。
「実は私たち2人も最初にルーカスさんがノア君を連れて来た時、エマと同じように思ったのよ、ふふふ」
リーザはノアが初めて村にやってきたあの日の出来事を詳細に話した。
「そっか~ノアはすごく幼い頃から優秀だったのね。それで親に気味悪がられていたと思ってた……ずっと1人だったのね」
エマは表情を歪め、目に涙を浮かべた。
「そうなんだよ。だからあの時ちゃんと打ち解け合うことが出来て、ノア君は本当にルーカスとクロエさんと家族になれたんじゃないかな」
その時にクラートとリーザは、親子の素晴らしさを……家族の素晴らしさを思い知らされたそうだ。
「へへ、私もパパとママのことだーいすきよ!」
「私たちも大好きよ、エマ」
エマがクラートとリーザに飛びついた。
◇◇◇◇◇◇
それから数日が経ったある日の朝。
「よし! 今日の訓練は終わりだ。出発に備えてからまたこの広場に集合。エマちゃんもちゃんと2人を連れてきてくれ。いいな?」
「はい、任せてください! ではお疲れさまでした!」
そう言ってエマが広場から森へ出て行った。
「それじゃあ、僕たちも戻りますか」
そう言って2人は家まで身体強化を使い、走って帰った。
「戻ったぞ。母さん、ロゼ、準備はちゃんと済んでいるか?」
「準備といってもオルケアまでひとっ飛びだから大きな荷物なんてないのだけれどね、ふふふ」
「そうですわね、お母様。これだけ荷物が少ないなんてお兄様のおかげです!」
普通大陸の端から端への長旅なのだから荷物も多くなるのだが、
転移魔法があるので水、食料、野営準備などはいらなかった。
向こうに行けば寝食は宿で済むし、足りない物は現地で買えばいい。
南側のアースと違い、北にあるオルケアは非常に裕福で宿、飲食、衣服、装備となんでも街の施設で間に合ってしまうのだ。
大会は何日もかけて開かれるので、様々な人たちが泊まりがけで参加するのだが、
商品やサービスで困る心配は無用であった。
「ロゼ、魔剣はちゃんと持ったかい? どこに行くにしても肌身離さず持ってなきゃ駄目だよ?」
「もちろんです、お兄様! せっかく魔法を使えるようになって皆さんのお役に立てるようになったというのに、持っていかないわけがないじゃないですか」
ロゼはダガー型の魔剣をうっとりと眺める。
黄色く透き通った小型の剣。
ロゼは雷属性魔法が得意だったのだ。
ノアに教えてもらい7歳という普通なら信じられない早さで習得するに至った彼女だが、
やはりクロエとルーカスはまったく驚かなかった。
家族皆で喜びその晩の食事がいつもより豪勢になっただけだ。
この2人はもう随分と色んなことに慣れてしまったのだろう。
「でも魔力を使いすぎて倒れるなんてやめてくれよ? 最後のは大変だったからなぁ、ハッハッハ!」
「そうね、ふふふ」
クロエ、ルーカスが笑う。
初めて魔剣の色が無色透明から黄色に変わったその日、
ロゼはやっと魔力を操ることが出来たのが相当嬉しかったらしく、
魔力切れになるまで魔法を使いまくり倒れてしまったのだ。
「お父さまー! それはもう忘れて下さい! 恥ずかしいです……」
ロゼが顔赤らめ恥ずかしそうに俯いた。
ルーカスとクロエはその娘の可愛さに笑みをこぼしてしまう。
一方ノアは苦笑していた。
魔力切れ寸前になって最後の魔法をロゼが発動させたとき、
狙いもよく定まらないままに撃った電撃の槍がノア目掛けて飛んでいってしまったのだ。
ノアは慌ててアイギスを発動したのでギリギリ間に合ったが、
少し発動するタイミングが遅ければビリビリになっていたことだろう。
「お兄様、あの時は本当にごめんなさい!」
ロゼが勢いよく頭を下げる。
長い髪がバサッとひるがえった。
「いや、全然大丈夫だよ! 僕もなんとか防げたし。これからは魔力を上げてもっと使いこなせるようにならないとね」
ノアがニッコリとしてロゼの肩をポンポンと叩く。
「ノアちゃんが優しいお兄ちゃんでよかったわね、ロゼちゃん」
「はい!」
家族皆で再び笑い合った。
それから4人は森の広場に向かった。
今回はロゼも戦闘に参加し、家族皆で仲良く魔物を蹴散らしていく。
広場には既にエマたち3人がいた。
エマの銀色の魔剣の他にもクラートが長剣を腰に差していて、
リーザは護身用の小剣を携えている。
クラートは一応冒険者らしい。
リーザと結婚してからまともな狩りの依頼は受けず、
運搬や配達を主にこなしていたそうだ。
「すまんな、遅くなって。待ったか?」
「いや、こっちもさっき着いたんだ。久しぶりに沢山の魔物と戦って鈍っていた腕を取り戻していたんだよ」
「パパが手を出すなーって言うから時間かかっちゃったんです。私はずっとママの護衛をしてました」
「エマが戦ったらすぐに魔物を倒してしまうから仕方ないでしょう? ふふふ」
どうやらクラートもなかなか戦えるようだった。
「おお、クラートも出るのか?」
「魔力無し個人戦に出ようかと思っているよ。一回戦でも勝てれば賞金がでるしね」
「あなた、本当に大丈夫? 全国から大勢の人達が集まってくるのよ?」
「相手があまりにも強かったならすぐに降参するから大丈夫さ」
一応冒険者のクラートは実力はあるのだがブランクが大きい。
それにこの闘技大会は全国から出場者を募るため、
試合相手が北側の国の人間なら魔力を使えなくてもかなり強いことがあるのだ。
「そういえばノア君は個人戦には出ないのかい? 間違いなく優勝だろう? エマは集団戦も個人戦も両方出たいって言ってるんだけど」
「そういやそうだな。どうするんだ、ノア? 試合には一応3種目までなら出ていいことになっているんだが、出るとなると集団戦を終えて翌日も試合三昧なんてこともあるぞ。まあノアが消耗するなんてこれっぽっちも思っちゃいないがな、ハッハッハ」
「んーじゃあ僕も個人戦に出場します。3種目は一応やめておきます。さすがに目立ち過ぎですから」
ルーカスは個人戦、クラートは魔力無し個人戦、ノアとエマは集団戦と個人戦に出ることにした。
「じゃあ種目も決まったところで登録しに行くか。ノア、頼む」
「はい。光転陣!」
広場中央に集まったノア達7人を囲う大きな魔法陣が形成され、
白い光が強くなっていく。
「着きました」
全員が目を開くと周りには3mくらいの木がぐるっと囲っている小さな広場だった。
「ここ本当にオルケアなのかしら? なんか周りには木しかないけど……」
リーザがノアに疑問をぶつける。
「人目のつくところで転移はさすがにまずいです。ここは今回の闘技大会が開かれるミルトという街から少し離れた森の中です」
そう、ノアはルーカスと一緒に開催地のミルト近くに転移出来るようあらかじめ準備していたのだ。
「森を抜ければミルトが見えるぜ。さあ行こう」
そしてノア達一行は森を抜け巨大な街ミルトに着いた。
門番に通行料を払い、まず宿を探す。
「大きな街ですね、お父様! 人も沢山います! すごい!」
「ロゼ、はぐれるなよ。お、宿はここにするか」
「ちょっと高そうだが、まあ大会ですぐ稼げるだろうね」
街の門から真っ直ぐ石畳の通りを進んでいったところにある大きな宿。
少し大きめの部屋を2つとって、ルーカスたち4人とクラートたち3人で分かれた。
家族で分かれると色々と不便だろうという理由だ。
それぞれ部屋に荷物を置き、宿の食堂の一角に集まる。
「昼食が終わったら、まずは競技場に行って大会にエントリーしよう。あとはあのだだっ広い競技場の下見と試合のルール確認をしてたら遅くなってるだろうから、それで戻ってくる感じでどうだ?」
ルーカスの提案に全員が頷き、一行は超巨大競技場に向かう。
そして中に入り、ルーカスが受付の係員に話しかけた。
「出場のエントリーをしたいんだが」
「大会のエントリーですね。ではこちらに出場者氏名、競技、ランク、お住まいの国、年齢を記入してください」
ルーカスが皆の分をちゃちゃっと書いた。
「確認します。ルーカス様-個人戦-フリー-アース-33歳」
「ああ、間違いない」
「クラート様-魔力無し個人戦-フリー-アース-34歳」
「はい、間違いないですね」
「ノア様-個人戦、集団戦-13~15-アース-13歳」
「間違いありません」
「エマ様もノア様と同様ですね?」
「は、はい!」
「皆様、証明カードはお持ちですか?」
「子ども2人が持っていない」
「ではお作りするのに追加料金が発生してしまいますがよろしいですか?」
「構わない」
係員に促されノアとエマは順番に透明な台座に手を置き、
しばらくするとカウンターの奥に入って行った係員が戻って来る。
そしてカードを2枚渡してきた。
「それではご説明させて頂きます。そのカードは魔石を特殊加工して作ってあります。カードに所持者の魔力が登録されていて、様々な個人情報が入っています」
なくしたり、盗られたりしたら相当大変なことになりそうだなと2人は顔を強張らせた。
「いえ、台座にかざす際に、最初に魔力を登録した所有者がカードに触れていないと読み込めませんので悪用される心配はありません。ですが再発行には初回発行よりも高い料金が発生してしまいますので気をつけてください」
貴重な魔石を使っているのであまりなくされると困るのだろう。
「このカードは世界中あらゆる場所で身分を証明をすることが可能です。身分を証明する以外にも様々な用途がありますが、ここではエントリーカード、勝敗記録、代金支払い等です」
「クレジット機能ですか!?」
「クレジット? それがどのようなものか存じませんが、このカードは対応する台座があれば全国どこでも紙幣を使わずに代金を支払うことが可能です」
どうやらこのカードはEdy機能付きキャッシュカードのような物のようだ。
Edyカードのようにお金を入れたり、現金の代わりに支払いが出来て、
バンクと呼ばれる施設に行けば、カードの中に入っているお金を現金化出来るらしい。
冒険者ギルドの報酬や闘技大会などの賞金は証明カードに入れられる。
因みにバンク以外では自らお金を入れることが出来ないらしい。
クレジットカードのように信用買いは出来ないようだ。
ノアはこの世界にそのようなものがあることに驚いていた。
村の商店では紙幣しか見たことなかったので、
この世界では現金払いしか出来ないと勝手に思い込んでいた。
「証明カードの説明については以上です。ノア様とエマ様のエントリーは既に完了しておりますので、ルーカス様とクラート様だけ、台座にカードをかざして下さい。……はい、エントリー完了しました。試合当日、控え室の扉横の壁にカードをかざすところがありますのでそこにかざすと扉が開き、控え室に入ることが出来ます。カードを忘れずに持参してください。それでは試合頑張って下さい」
係員は丁寧にお辞儀をした。
ノアたち4人はクロエたちのところへ戻る。
「あなた、ちゃんと出場登録終わったの?」
「おう、ちゃんと済んだぞ。じゃあ試合のルールはパンフレットを読めばいいとして、さっそく試合会場に行ってみるか」
ノア達は試合会場に移動した。
その広大さに子どもたち3人が驚愕する。
「……こんなに広いんですか!? 随分大きな街だと思ったら競技場がその半分くらいの面積を占めていたんですね……」
「そうだろう! 俺も初めて試合に出た時は大きすぎてびびったもんなぁ。ノアもエマちゃんも本番前には慣れとけよ?」
「は、はい!」
ノアは呆れたような顔をしていたが、エマの顔はがちがちに固まっていた。
「お父様、真ん中に吊されている透明のものは何ですか?」
「あれは試合の様子を映し出すスクリーンだ。あれも魔石で作られている」
競技場の隅に高い塔が4本建っており、
スクリーンは塔の天辺近くから伸びる太い4本のワイヤーによって中央上空に吊るされていた。
観客席全方位から見えるように6面あって、ちょうど真上から見ると正六角形になっていた。
「こんな大きなスクリーンに映るなんて……」
「映りにくい場所はあそこですかね」
集団戦用の試合フィールドには様々な地形があり、
ノアが指で指し示す先には木々が生い茂るエリアがあった。
「んーどうやらあまり映りたくないようだけど……きっと無理だよ?」
出場者は全員発信機をつけられる。
魔石で作られた録画石が試合会場の全域、上空2~5mに何個か浮遊していて、
発信機からでる魔力の波を受け取って出場者と一定距離をとりながら撮影し続ける。
面白い人物にはずっと張り付いてるらしい。
クラートは丁寧に説明してくれた。
「だからエマとノア君も映っちゃうと思うよ?」
「うう、恥ずかしい……」
「まあ試合をしてれば気にならないでしょう。出場者からはスクリーンがあまり見えなさそうですし」
「ノアちゃんの言うとおり! あまり気にしてたら負けちゃうわよ!」
「それにお兄様やエマさんのかっこいい姿も見たいですしね! あ、もちろんお父様とクラートさんも!」
大人組はついでかよとルーカスがつっこんだ。
皆そのふてくされた大人の姿を見て、
堪えきれずに笑い合った。
その後、大会が始まるまでの一週間、試合会場を何度も下見に行ったり、
ミルトの街の観光を済ませたりと忙しくも充実した時間を過ごしたノア達一行。
ついに闘技大会初日となり、彼らは無数の人たちで溢れかえっている巨大競技場へと足を運ぶのであった。