スーパーボールキット
やあ、ボクだ。登良輝。ボクは、今友達とお祭りに来ている。お祭りと言えば、金魚すくい、りんご飴、射的、綿あめとか色々あるけど、ボクがお祭りで必ずやってるのは、スーパーボールすくいだ。何でスーパーボールすくいなのかって? それは、ボクがまだ小さい頃の話。兄さんとよくこのお祭りに来ていたんだけど、金魚は飼うのが大変だからという理由で、それによく似たスーパーボールすくいをやっていたからだ。
そんな事を考えてるうちに、またスーパーボールをすくっちゃった。的屋のおっちゃんが険しい顔してるし、そろそろ辞めるか。ボクの隣で流れるスーパーボールを眺めていた同い年の女の子を見る。
「今回も大量だね!アキにゃん」
スーパーボールすくいに熱中していたボクの隣で退屈そうな表情を見せるわけじゃなく、楽しそうにしている彼女は言った。彼女は、ボクと同じ高校で同じダンス部に所属している舞浜りこ(まいはまりこ)。ボクにアキにゃんというあだ名をつけて呼んでいる子だ。
「まあ、毎回やってるからね。上達はするよ」
さて次はどこ行こうか?などと談笑していると、灰色の薄汚れた服を着た男が目の前を駆けていった。すぐそばで女性が大きな声を上げている。ひったくりかな?ボクは、さっきすくったスーパーボールを男の足元めがけて投げた。男の右足にスーパーボールがはまり、バランスを崩しすっこけた。ボクは、倒れた男のもとに向かい、そばに落ちていた財布を拾って女性に返した。
「ありがとう。アキにゃん」
女性は、ボクをからかうように礼を述べた。
「し、師匠!なんでここに!?」
財布をひったくられた女性は、ボクの師匠だった。小さい頃ボクが近所の公園でダンスの練習をしていたとき、たまたま通りかかった彼女がボクにダンスの指導をしてくれた。だから、彼女はボクの師匠なのだ。
「私がお祭りに来てちゃ、いけないの?」
師匠は、しょんぼりとした表情でボクに問いかけた。慌てて、否定する。
「あっはっは、冗談よ冗談!楽しそうなことが好きだから、雰囲気に釣られてきちゃったの。いやー、アキにゃんって彼女とか作るようながらじゃないと思ってたのに。以外だわ」
やっぱり、からかってくる師匠にボクは、慌てて否定する。
「そんなんじゃないですよ!彼女は、僕の友達です。友達」
すると今度は、りこがしょんぼりした。
「あー、アキにゃん女の子泣かした!」
と、ボクをあわてさせる師匠。
「ちょ、ごめん!綿あめ買ってあげるから泣かないで!」
綿あめという言葉を聞いたりこは、今までの落ち込みようが嘘のように笑顔へ戻った。
「やった、じゃ、綿あめ二つ奢ってね!」
「二つも!?あー、わかったわかった」
今度は、僕が落ち込んだ。
「あはは、やっぱりアキにゃんは面白いね。それと、さっきこけた男は、どっか行っちゃったよ。んじゃ、またね」
一通りボクをからかった後、師匠は笑顔のまま去っていった。そうだ、さっきの男すっかり忘れてた。こんだけ人がいるのに、誰もあの男を取り押さえないだなんて。薄情だね。
約束通りりこに綿あめを二つ買った後、屋台をぶらついて彼女を家に送り届けたボクは、自宅に帰った。
ボクは、ぼろアパートの一室の戸をあけ、中に入る。靴を脱ぎ、狭い居間に入った。
「ただいまー」
「おう、おかえりー。どうだった?デート」
嬉しそうな若い男の声が返ってきた。
「だーかーらー、どうして皆デートって言うんだろうね。友達だって言ってるのに」
プンスカ怒っているボクに、
「まあまあ、そう怒るなって。その口ぶりじゃ、友達にからかわれたのか?」
と、兄さんがなだめる。
「友達じゃなく、師匠だよ」
「師匠?ああ、霰さんか。俺のことは、なんて」
兄さんが言い終えるよりも早く返す。
「何も言ってなかったよ。話題にすら出なかった」
兄さんは、ひざから崩れ落ちた。そこまでショックを受けることじゃないだろうに。
「おお、そうだ。飯、作っておいたぞ」
兄さんは、すぐに立ち直った。りこといい、落ち込んでからの立ち直りが早いのか、それとも演技なのか。忙しい連中だ。ちゃぶ台に置いてある、兄さんが作った料理を見る。
「えーっと、お粥に靴墨?」
べちゃべちゃしたご飯と、黒い何かがあった。
「は?どっからどう見ても、普通の白米に美味しそうな卵焼きだろ」
何言ってるんだこいつ、と言うような目で見る兄さん。何言ってるんだこいつ。
「バカじゃねーの」
僕は、つい口癖を放ってしまった。
「ええぇ!ひどい!せっかく愛情込めて作ったのに!お兄ちゃん悲しい!」
よよよ、と泣き崩れる兄さん。社会人である兄に代わり、料理を作っているのは、私だ。兄さんが作るのは、私が友達と遊びに行く日くらいだ。とはいえ、これは酷いんじゃなかろうか。
「わかったわかった、ちゃんと食べるから!」
ボクは兄さんを放っておいて、お粥と苦い靴墨をたいらげた。
「ごちそうさまでした」
食べた気しない。と言う気持ちを押し殺し、ボクは食器を片づける。
「兄さん?」
放っておけば、いつまでも喋り続ける兄さんが黙っている。
「ん?ああ、なんでもない。皿は俺が片付けておくからテレビでも見てろ」
窓の外を眺めていた兄さんに妙な胸騒ぎを感じながらボクは、ちゃぶ台を布巾で拭いた。
翌日の放課後、高校での授業を終えたボクは、りこと中庭でダンスのレッスンをしていた。
「昨日の夜のことなんだけど」
りこは、不安そうにボクに話した。
「部屋でくつろいでいたら外から視線を感じてね、窓を覗いてみたら誰かが見てたような気がして……」
視線か。昨日の兄さんも窓の外を眺めていた。もしかして、あの灰色の服着た男か?
「そうか。じゃ、今日も家に送ってあげるよ。大丈夫だって、気のせいだよ」
りこに何かがあったら、嫌だ。ボクは、りこに昨日の兄さんのことを伝えず、勇気づけることにした。
昨日と同じくりこを家に送ると、警察署に向かった。
「視線を感じた?なにか被害は?」
警察官が訪ねてくる。
「いえ、まだ被害があったわけじゃないんですが」
と、ボクは答える。
「そうか、まだ何かあったわけじゃないんだね。それだと、こっちも動けないんだよね」
警察官は、困ったように答える。
「被害が出ないと動かないっておかしいでしょ?それでも警察なの?」
ボクは、少し怒った。
「でも、確実な証拠もないんじゃねえ」
「わかったよ。被害が出てからじゃあ、遅いんだからな!」
ボクは、怒鳴って警察署を出た。
「あ、最近ひったくりが多いから気を付けてね!」
そう投げかける警察官に、そのひったくり犯なんだと怒鳴り返した。
警察署から帰宅し、兄さんが帰ってくる前にと料理を作っていたとき、電話の着信音が響いた。
「はい、登良です」
「登良さんのご家族の方ですか?落ち着いて聞いてください」
ボクは、手術室の前で待っていた。兄さんが刺されたからだ。あれからどれくらい時間が経ったのだろう。ようやく手術室の扉が開き、医師が出てきた。
「一命は、取り留めました。ですが」
ボクは適当に返事をし、看護師により病室に運ばれる兄さんについていった。
あれから、しばらく兄さんに付き添ったボクは、兄さんから犯人の姿を聞いてみた。灰色の服を着た男だったそうだ。ボクがあのとき師匠に気を取られずに、すぐに取り押さえていたらと思うと涙がこみ上げてきた。ぼろアパートの自室に戻ったボクは、押し入れの中から一着の服を取りだした。猫耳のような衣装のフードが付き黒地に赤のラインが入った、虎を思わせるつなぎだ。ボクが自作したコスチュームだ。それを着て、アイマスクを付け、ブーツを穿き、グローブをはめる。ベルトにスーパーボールの入ったポーチとパチンコを取りつけると、2階にある自室の窓から飛び降りた。
どこにあいつがいるかは、わからない。もう、この町にはいないかもしれない。だが、絶対に見つけ出す。そして、叩きのめす。絶対にだ。
何日目になるだろう。今夜も街中を走りまわっていた。ボクは、師匠からダンスの他に体術や建物の登り方、飛び移り方を教わっていた。高い建物といえば焼却場の煙突や団地のマンションくらいしかないこの町では、一軒家の屋根を飛び移るくらいにしか用いないが。ボクは、家から家へと屋根を伝っている時に見覚えのある男が、公園に入って行くのを見た。この公園はかなり広く、中には雑木林やグラウンド、野球場にテニスコートやアスレチックなどがあり、さらにお花見ができるスポットがある。その男に気付かれないように、こっそりと付けていく。男は、舗装された道の脇の細い木をロープで結わえた柵を越え、その中に入って行った。雑木林の中だ。ボクは、周りに人がいないことを確認し、その柵を飛び越えた。
男は、僕に気づいていないようだ。パチンコを取り出し、ポーチのスーパーボールをゴムにひっかけて伸びきらないところまで引っ張リ手を離した。スーパーボールは男の後頭部にヒットした。男は、後頭部を抑えて呻いている。振り向いた男の顔面に、間髪入れずにスーパーボールを放ち、直撃させる。怯んだ男に向かって走り、飛び蹴りを食らわせる。男は体勢を崩し、苦しんでいる。男の頭に蹴りをかまそうと近づいたところ、男が低い姿勢で飛びかかってきた。ボクはパチンコから手を放し倒れて、男が馬乗りになる。男が拳を振り上げ、僕の顔を殴りつける。そして、男自身のポケットに手を突っ込むと血糊のついたナイフを出した。体が小さめのボクには、太めの男を振り払うことができない。ナイフを逆手に持ち振り上げる。ボクは、上半身を起こすように拳を振り上げ、男の顎に叩きつけた。軽く脳しんとうを起こした男を振り落とし、距離を取る。落としたパチンコを拾い、スーパーボールを至近距離から放つ。悶絶する男の胸倉を掴み、思いっきり拳を叩きこんだ。男を膝立ちにさせると、パチンコを下に向けスーパーボールを放つ。男の金的にあたり、男は気を失った。
「ブルズアイ」
ボクは、気を失った男を柵の前まで引っ張って行くと、そこから走り去った。
その翌日、男は逮捕された。ボクはと言うと兄さんが退院し、騒がしい日常が戻り、りこも怪しげな視線を感じなくなったと言っていた。
これは、ボクが初めて一人でヒーロー活動をしたときの話だ。これから不思議な力を持つ人間に会うことになるが、それはまた別の話になる。
ボクは、2代目シーフキャット。安易なネーミングだって?
特別な持たないヒーローがいたらこんな感じになるのかなと思いながら書きました。