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「来たみたいね」
セレナーデは凭れていた木から体を起こして、歩み寄った。
「ティナちゃん、久しぶりね」
「会いたくなかったけど」
ティナは下向き加減にセレナーデに応えて、右手を剣の鞘に添えた。
「その子は?自分から殺されにきたの?」
「オレはティナを助けるためにここにいる」
「そう。でも、守るためとは言わないのね」
「自分でできることをしたいから。何が出来るか分からないけど」
「そう。でも、何人いようと関係ないわ」
後ろに下がるセレナーデ。そして、前に出てきたのは包帯をぐるぐる巻いたユングだった。
「我が殺りましょう」
すっと右の手の平をかざした。そこには根の張った目があり、ゆっくりと瞼――皮膚を開けた。
第三の目。
きょろきょろと周りを眺め、ティナとレイを見定めて、レイの横にいたティナを見る。
不気味。何が起こるのか分からない。背中に悪寒が走る。
ティナとレイは剣を構えた。
突然、ユングの右手から光が放たれた。ティナとレイは反射的に、ティナは右に、レイは左に避けた。
ふと、その先を見るとそこは光によってえぐられていた。土がただれていた。
ユングから放たれたのは光線だった。あれ当たれば確実に死ぬ。そうティナは思った。確実にティナたちを狙って放たれる光線。今はただ避けるしかなかった。遠くにいてはらちが明かない。近距離で攻める。それしかない。後のことは後で考える。まずはあの右手をどうにかしなければならない。しかし、左手にはあの目はないのだろうか。二人相手に片手ではやり難い。どちらかを狙えば後ろががら空きになり、不利である。左手にも目があればそれを補うことが出来る。ということは、左手にはあの目がないということになり、考えようではこちらが有利になることがあるかもしれない。
ティナは剣を構え直して、レイの方を見た。すると、レイは目で頷いた。同じことを考えていたようだ。レイの目は戦いを知っている目だ。強く、どうすればいいか考え、行動にする。ティナが知っている目だった。これならいけるかもしれない。
レイが前に踏み込んだ。それを合図にティナも前へと踏み込んだ。ユングはまず、レイを狙った。すると、自然に後ろががら空きになり、ティナはさらに進む。光線が放たれ、レイはそれを避けた。ティナが自分の後ろに近づいているのを気づいたらしく、ユングは後ろを振り向きティナに右手を向けた。しかし、そこにはティナはいなかった。ユングは一瞬驚きティナを探した。
ティナは自分に向けられた右腕の下にいた。そこから素早く剣を振りかざし、ユングの右手を切る。そして、後ろへと下がる。血を間近で被らないように。腕から流れ出てくる血は、紫色をしていた。やはりユングはただ者ではなかったのだ。作られた生き物。あってはならないこと。それがそこに現実として目の前に繰り広げられていた。
ユングは声を発する事もなく、ただ膝を折り、左手を地に置いて、うな垂れていた。
「あらあら、やられちゃったわね」
セレナーデはあっけらかんと言った。さも、当たり前のように。
膝を折って、その上に肘を置いて、あごを置いて、目を細めてユングの方を見る。
「いいんですか?セレナーデ様」
サリーはセレナーデに聞いた。
「いいのよ、あれで。でもねー、本人が拒絶しちゃってるわ。あれじゃー、アレに仕込んだものが台無しね」
「何を仕込んだって?」
次はレイユが聞いた。
「何って、暴走するモノよ。どこか切られたら、そういう風になるように仕込んでおいたんだけど、本人が拒絶してるんじゃねー。――もう、いらないわ。レイユ、行って」
「俺がか?面倒な事はすべて俺だもんな」
と言いながらも、レイユはしぶしぶとユングの元へと行った。
「レイユか」
ユングは左腕で右腕の切り口を抑えてうずくまっていたが、ヒトの気配を感じて、顔を後ろに向けた。
「あぁ」
短くユングに応えた。レイユがやるべきことは一つ。ユングを消すこと。ただ、それだけ。感情などない。同情さえしない。自業自得なのだから。一緒にやっているとはいえ、それぞれ四人に仲間意識などない。自分の利益のために動いているだけ。用がなければそいつがどうなろうと関係がない。自分の手でそいつを殺そうとも。
「なぜ、我の後ろをとる」
だんだんとユングの顔に巻いてあった包帯が解けていく。ユングは包帯を垂らしながら、レイユの方を振り向いた。
「あんたは、もう、いらないんだと。だから、オレが消す」
レイユは右手で剣の柄を握って、鞘から刃を出す。正位置で剣を構えず、左側上に振りかぶって、ユングの言葉を聞く前に腹のとこから二つに切った。切り口から血しぶきが飛ぶ。
血がかかる前にレイユは避けて、剣に付いた血を払い除けた。
すると、ユングの体が頭から徐々に足先まで砂に変わっていった。
風が吹いた。
砂に変わったユングが舞い上がり、砂と同じように残っていた包帯さえも風に吹かれながら、砂へと変わり、ここには何も残さず消えていった。
それを一部始終見ていたティナとレイは一瞬固まって、目を見開いた。
「その人、あなたの仲間なんでしょ!!」
「オレたちには仲間という言葉なんてモノはないんだよ。お姫さん」
「それにしたって……」
手を握り締め、肩を落としたティナは顔を下に向けた。
私とまったく考えが違う。
レイも何も言えない。
「他人のことより、自分のことを心配したほうがいい」
「え?」
「今から、あんたは、オレとやるんだから」
レイユは剣の刃をきらめかせた。