10
「君は私が相手をするわ。邪魔をされても困るしね。まあ、殺しはしないから安心して」
サリーは微笑してレイに詰め寄る。
それを傍目にティナはレイユと向き合って鞘から剣を抜いた。
ティナが構えた瞬間にレイユが前を詰めてきて剣が交わる。男と女だ。体格も違う。力も違う。本当に殺そうと思えば一瞬で殺されてもおかしくはない。なのに、今は対等に応戦ができる。それがティナには不思議だった。それに、この殺気の無さ。殺してやろうという意気込みも感じられない。上達者で完璧に隠しているなら完敗だが、サリーにしたってやる気が感じない。
「これって意味あるんですかね?」
「言ってる意味が分からないんだけど、ねっ!」
剣を払い除けられ、ティナは少し後退した。
「あなたは私を殺したいんですよね。なのに、気迫もやる気も感じられない。圧迫感もない。本気でやってます?」
レイユに聞いたのに、セレナーデが口を挟んできた。
「何を言うかと思えば、負け惜しみかしら、ティナちゃん?」
「少し黙っててくれ」
「何よ!さっさと終わらせなさいよ!」
「自分じゃ何もしないくせにな。だったら、あんたから殺ろうか?」
レイユがセレナーデの方に振り向いくと、背中越しでも分かる強い殺気。体がビクリと跳ねる。
「止めなよ、レイユ。みんなびっくりしてるから」
普通に話しかけているサリーは何もないのだろう。戦っていたレイも固まっている。
「ちょっと落ち着きなさいよ!口出さなきゃいいんでしょ!」
「話がそれたな。で?」
何事もなかったかのように殺気が消えた。
「あなたがそれほど強いのなら私と戦う意味はないと思います。あなたの意思で殺そうとしてないですよね?投げやりな気がします」
「言うね、お姫さん」
「だから、止めませんか?」
「悪いね、これも仕事なんでね」
「だったら、本気出してください」
「挑発のつもりかい?まあいい。相手してやってもいい。だが、逃げるなよ?」
レイユは剣を鞘に戻して、周りが聞き取れないぐらいの声で囁いた。
すると、いきなりレイユの周りが発光した。体を前屈みにしたと思ったら、髪が短くなり体からも白い毛が生えてきた。ふさふさとした毛は全身を巡り、そして、目は鋭い猫のように、尻尾も生えてきた。その姿はまさに白い虎だった。
「白虎!!」
ティナは恐怖と空気の圧力感で一歩下がった。
全部の毛穴から汗が吹き出るような感覚と、逃げろという思考と逃げるなと言うレイユの言葉が脳内で入り交じりながら、一歩だけでも下がれた自分にびっくりした。
「だから逃げるなと言ったんだ」
一つの跳躍でティナとの距離を詰め、覆い被さってきた。逃げるも何もそんな暇がなかった。体を庇いながら倒れて、衝撃はあまりなく助かったが、目の前には太い牙を見せつける虎。
いつ何時も慌てない。ケインの言葉が響く。
「さあ、どうする?その剣で切りつけてみたらどうだい?」
よくものうのうと言えたものだ、と冷静にレイユの言葉を解釈しようとしていた。そう、冷静に。
まただ。
さっきまでの威圧や恐怖がなくなっている。
「この状態で?あなたの帰り血で目が塞がって、一噛みで私を殺すことができるでしょ」
「――よく考えてるね」
今気づいたが、虎の額の毛の間から見える傷。痛くないのだろうか。
「後、その額の傷って痛くないんですか?」
「……何?」
「だから、額の傷」
「――あー、ヤダヤダ」
白虎は何故か項垂れ、変化を解いた。レイユは手を翻し、頭を振った。
「やる気失せたわ。セレナーデ、俺この仕事降りるわ。じゃあな」
「って、勝手に帰らないでよ!」
「レイユが帰るなら、私も帰りますね。失礼します」
セレナーデの怒りも気にせずにサリーも立ち去った。
あっという間に終わったレイユとの戦い。後はセレナーデしかいない。
「ちょっと!勝手に放り出すなんて、もう雇ってやんないから!」
地団駄を踏んで怒りを露にした。
「ティナちゃん。私も帰るわ。私がやるまでもないわ。精々生きるのね」
最後にセレナーデは負け惜しみの台詞を吐き出して、姿を消した。
「なんか、終わっちゃったみたい」
「そのようだね」
二人は顔を苦笑いさせた。