おっとりした王子と考えすぎちゃう令嬢
今日はオットーリ王子十歳の誕生パーティ。会場には多くの貴族が訪れている。
本日の主役のオットーリ王子は、私の横で椅子にゆったりと腰掛けながら、ぼんやり遠くのご飯を眺めていた。あぁ、なんてうらやましいその胆力。オットーリは、下手すればドラゴンの横でもこんな表情をするに違いないわ。貶しているわけではない。むしろ尊敬しているのだ。小心者の私には、そんな表情できっこないんだから。
私は手汗が止まらない自分の手を、ギュッと握りしめた。
「さて皆さん!それではそろそろ本日のメインイベント、オットーリ様とシリョ様によるダンスのお時間です!」
司会が声高らかに死刑宣告をする。隣のオットーリがゆっくり立ち上がる。私もつられて立ち上がる。
足はすでに悲鳴を上げていた。ガクガクと震えが止まらない。主役はオットーリで、私はあくまでも添え物であると分かっていても、体は言うことを聞かない。
「あの子が王子の婚約者の……」
「何でも天才らしいわ。あの年で上級魔法が……」
「今日の踊りも素晴らしい物に違いない……」
何故か、私に関する噂話だけが耳に飛び込んでくる。今すぐ鼓膜を凍り付かせたい。魔法が出来るからなんだって?努力した結果よ!天才でも何でも無いわよ!それに百歩譲って魔法の天才だとしても、踊りが素晴らしい事にはならないでしょう!?不安を通り越してもはや憤りすら覚えてきたわ!
「行こうか、シリョ?」
「はい。オットーリ様」
オットーリが差し出してきた左手を、右手で握り返す。大丈夫。私ならやれるわ。あんなに練習したのですもの。練習のしすぎで講師に悲鳴をあげさせたのなんて、私ぐらいしかいないんだから!
曲が始まる。右手は繋いだままで、左手をオットーリの肩に置く。初めは緩やかなテンポ。覚えてきた動きを繰り返すように、淡々と体を運んでいく。大丈夫。うまくいってるわ!いけるわよ私!
私の機械的な動きに、オットーリはなんとか食らいついてきている。足取りはあやふやで、時折観衆にもばれているであろう大きなミスはしているが、彼なりに懸命に踊っている。私はオットーリの顔を見る。間違いを気にしている顔ではない。全力で踊っていることを楽しんでいる顔だった。
やっぱりオットーリはすごい。本当に楽しそうな表情で、思わず見入ってしまう。完璧に踊っている私の表情なんて、口角が動く隙間すら無い鉄仮面なのに。本当の天才はオットーリみたいな人を言うのよ。
……って、あれ?今私どこ踊ってるの?さっき左足動かして、右手を上に動かして、オットーリの表情に見入って――やばい!自分の居場所がわかんなくなっちゃった!何してるのよ私!
どうしましょう!体が勝手に動いているだけで、正解かわかんない!あぁ、意識しちゃダメ!考えたら体が止まっちゃうわ!今日はオットーリが主役のパーティなの!絶対に失敗できないのよ!
そんな私の思いは届かず、体が勝手に動くのを止める。無能な相方のせいで、オットーリまで止まってしまう。会場が何事かとざわつき始める。私は顔が真っ赤になっていくのを、肌で感じていた。
「どうしたのシリョ?体調でも悪くなったかい?今すぐ中断しようか?」
オットーリが優しく小声でそう問いかける。私のせいで、大切なパーティを台無しにしてごめんなさい。そう言いたいけれど、言葉を出すと涙が出そうでしゃべれない。そんな自分の事が、とてつもなく嫌だ。
「もしかして、動きわかんなくなっちゃった?」
私はコクリと頷く。
「大丈夫。僕も途中からよく分かんなくて適当に踊ってたから。気にしないで一緒に楽しく踊ろう?」
「……なさい。ごめんなさい!」
涙があふれ出す。
オットーリはこんなに優しくて素敵な人間なのに。私はそんな人の足を引っ張っている。泣いている暇などないのに、今すぐ涙を拭って踊り始めないといけないのに、体が動いてくれない。なんでよ!どうしてよ!――こんな私、嫌いよ!
「大丈夫だから。責めたりなんかしないよ。――僕なんてめちゃくちゃ間違えてたし」
そう言ってオットーリは優しく笑う。
繋いでいた手をほどき、オットーリは私の背中に左手を添える。彼が触れている部分だけが妙に暖かくて、他の部分は冷え切っていた。
「どうして……どうして、そうやって笑えるの?」
「うーん――僕はね、自分の事を大切に思ってくれる人を大切にしたいんだ。でね、僕の事を大切に思ってくれている人は、ダンスが下手だからって怒ったりしないんだ。僕の事を嫌いな人にはどう思われてもいい。そう考えるだけで、些細な事は笑えてしまうんだ」
君も大切な人の一人だよ。オットーリはそうポツリとつぶやいた後、少しして顔を赤くし、私から目をそらした。
さっきまであんなに格好よかったのに、今度はなんだか可愛く思えて、私は思わず笑みを浮かべる。それを見て、オットーリはさらに口角を上げた。
「続きと行こうか、シリョ?」
「はい、オットーリ様!」
私は涙を拭うと、差し伸べられた彼の左手をとった。曲が再び流れ始める。大丈夫。私ならやれるわ。あんなに練習したのですもの。――それに、私の大切な人は失敗した位じゃ動じませんからね。
私は目の前のオットーリを見る。
彼はこの世で一番素敵な笑みを浮かべていた。
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