表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

首都を去る中年男

 人の美意識に響かず看過される存在、それがおれたちおっさんだ。

 おれは首都で勤めていた会社を辞めることにした。たまに病欠を取ると上司からガミガミ叱られたが、辞めるとなるとあっさりしたもので、おれがいなくても所属部署の業務はいつも通り回った。

 本当はいてもいなくても良かったんだ。それが分かると、「周りにしわ寄せが来るだろ」という上司の嫌味さえ温かかった。

 辞めた後、おれは大学入学からずっと暮らしてきた首都郊外に別れを告げるため、久しぶりに自転車を漕いだ。

 十二月の空はどんよりしていた。紅葉が終わったイチョウは電柱のように整然と道沿いに連なる。遠くの横断歩道まで歩きたくない高齢者が信号を無視し、車を数台止める。その老人はやっと道を渡り切り、牛丼チェーン店に入っていった。

 行く宛のないおれは、とりあえず大学時代の生活をなぞることにした。並木道から国道に曲がり、大学のある小高い丘を目指し、ひたすら坂を漕ぐ。若い頃に世話になったレンタルビデオ店は駐車場になった。初めて契約した携帯ショップは今も営業を続けている。田舎から引っ越しの手伝いに来ていた母に「何かあったらすぐ連絡するのよ」と言われても、おれは入学前にメールの使い方に慣れることで必死だった。最初でつまずくと友達ができないと不安だったから。

 大学にたどり着く前に息が上がった。おれは計画を変更し、道を左に曲がり、大通りに入った。

 当時この大通り沿いで最もお世話になったのは、地元にもある総合スーパーだ。実家が無性に恋しくなると学校帰りによくここに来た。今日は時間が午後二時過ぎと中途半端なせいか、利用客の姿はまばらだ。

 賑やかさを求めて二階に上がると、退園したばかりの子供たちが展示中の玩具で遊んでいた。おれも小さいころはそうだった。他の子供と知り合い、すぐに仲良くなり、あっさり別れる。たくさんの思い出。肌で感じる祝福の時。そうか、今年もクリスマスがやってきたのか。

 幸せのおすそ分けをしてもらったおれは一階の食品売り場を歩いた。昔は惣菜が半額になるタイミングを見計らいここを訪れた。今は社会人になり金にはさほど困らなくなったが、あのころ半額でゲットしたふやけたメンチカツほど旨いものを味わったことがない。

 人生が充実していたから。感受性が豊かだったから。思いがけない贅沢だったから。運動で疲れた体がそれを欲していたから。

 外に出ると雪ではなく雨が降っていた。おれはまた中に戻り、ドーナツ店でコーヒーを飲みながら外を眺める。空はさっきと同じ鈍色で、雨はしばらく止みそうにない。この分では自転車でタップアウトまで行くのはきつそうだ。おれはぬるくなったコーヒーをすすり、苦笑いする。昔なら台風が来てもずぶ濡れで練習に行ったのに。

 おれは田舎から上京するとその格闘技ジムに入会した。理由はきつそうだから。おれはそれまで他人が敷いたレールの上で適当に生きてきた。だからただ自分の意志で何かをやり遂げ、何かを手にしたかった。今思えば盲目的だった。

 週七日のほぼ毎日練習した。悪天候はサボる理由にならなかった。一日でも怠ければ人生終わりだと思っていた。柔術で女の会員に絞め落とされても泣きながら通った。弱っちいのに練習熱心なおれは、年上の会員や会長からやさしくしてもらった。

 何かを掴めたとするならば、それはおれなんかでも若い頃に頑張れたという誇りだった。

 就活が始まると、おれは徐々にジムからフェードアウトしていき、就職を機にすっぱり辞めた。後は社会で己を高めていくつもりだったから。

 そうはならなかった。無口で鈍くさいおれに居場所はなかった。この歳までもがいたが、おれは実家に帰ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ