初等教育部では婚約破棄ごっこが大流行で困っています
「メリア・モービック、おまえとのこんやくをはきするー!」
学校中庭の遊び場、そこにある小さな砂山の上に立ったカダールくんが、メリアちゃんに指を突きつける。
「そ、そんな、いったいどうしてなのですか。わたくしはカダールさまのことをあいしていますのに」
メリアちゃんはがくりと膝をつきながら、カダールくんに婚約破棄の理由を尋ねた。
「りゆうはかんたんだ。メレディはくしゃくれいじょうのほうが、おっぱいがおおきくてかおもかわいい。そして、ぼくのすきなファンネルケーキをつくるのもうまい。だからこんやくはきをしたのだ」
あまりに単純明快な理由に、メリアちゃんは泣き崩れるしかないようだった。
「あ、あんまりですわ! ひどすぎますカダールさま! えーんえーん」
「そうだよ、ひどいよカダールくん」
「おんなのてきだよ、さいてー」
「ばか」
メリアちゃんの周りを取り囲むようにして、他の女子生徒たちが集まり、カダールくんに罵詈雑言を浴びせかける。
「おほほほほ、しょみんのかたがなにをおっしゃろうと、わたしたちきぞくのみみにはとどきませんのよ」
高笑いとともに脇からメレディちゃんがやってきて、砂の山にいるカダールくんに近づき、手を回した。メレディちゃんは生徒たちの中でも特に家柄が良く、派手な服で着飾っている。
「はははは、メリア、おまえはついほうだー!」
ふんぞり返るカダールくん。そこに、眼鏡をかけたイケメンのルトーくんがやってきた。
「どうしたのですか、ぐあいでもわるいのですか」
ルトーくんは優しい声で、メリアちゃんに語りかける。
「くすん、わたしはそこにいるひとに、こんやくはきをされたのです」
「なんと、きみのようなひとをこんなにかなしませるなんて、ゆるせない」
初対面なのにやたら好意的だ。
「カダール、おまえはせんじつのパーティーでスイーツをぬすみぐいしていただろう、これはゆるされざるつみだ。ついほうされるべきは、ほかならぬおまえだ!」
なんという大罪なのでしょう。
「な、なにいいいい! このカダールがああああ!」
「キイーッ! このこうきなきぞくたるわたくしがいなかのとちにおいやられるなんて、ありえませんわああああ!」
やたらオーバーに喚き散らして、カダールくんとメレディちゃんは砂山から降りて退場した。
「メリア、きみがすきだ。きみをずっとしあわせにすることをちかうよ。こんやくをうけてくれるかい」
「うれしい! もう、あなたのそばをはなれないわ、ルトー!」
そしてふたりはハグをした。すごいスピード婚約だ。横では女子生徒たちがうっとりした様子でふたりを見つめている。
「こほん。あなたたち、何をやっているのかしら」
幕が下りたと判断した私は、生徒たちの前に姿を現した。
「あっフライアせんせい! どうだった、ぼくたちのこんやくはきごっこ! おとながやってるみたいだったでしょ!」
カダールくんが物陰から出てきて、調子のいい声で話しかけてきた。
「婚約破棄ごっこぉー?」
「そうですわ。いまやこんやくはきはしんししゅくじょのたしなみといいほど、きぞくしゃかいでひろまってますのよ」
後から出てきたメレディちゃんも続く。
「そうだよ、ろまんすだよせんせい」
「わたしもこんなふうにこんやくはきされたーい」
「と、いうことがありました。校長先生」
職員会議にて、私は事の些末を校長先生に伝えた。
「ふーむ、婚約破棄ごっこねえ。本人たちがルールを守ってやってるんなら、いいんじゃないか?」
「何をおっしゃいます!」
校長ののんきな発言に、私は思わず机を叩いた。
「まだあの子たちは初等教育部ですよ! いかに今の貴族社会で婚約破棄の多さが問題になっているとはいえ、こんなに小さい時から不埒な題材のごっこあそびなど……」
「フライアくん、君が教育熱心なのはわかるが、子どもたちの遊びの場まで我々大人が干渉するのはよくないな。ここは生徒たちの発想力と道徳心を信頼して、成り行きを見守ったらどうだね」
「う……わかりました」
たしかに校長の言う通り、教師の指導が行き過ぎるのも不健全だ。そのうち飽きる可能性だってある。私は生徒たちを静観することに決めた。
しかしそれもむなしく、子どもたちの婚約破棄ごっこはさらに暴力的に加速していった。
「カダール、お前は国家反逆の罪で処刑する。メレディは無期限で炭鉱送りだ」
数年が経過した後も、婚約破棄ごっこは続いていた。そして婚約破棄した側の仕打ちが度を越してひどいものになってきている。
「わーい処刑だ処刑」
「待って、処刑する前に鞭打ちの刑にしてよ、ルトーくん」
「えっ……」
観客の女子生徒からの嗜虐的な要求に、ルトーくんは引き気味だ。
「ああ言ってるけど、どうする、カダール?」
「わかった……このベルトでいつものように軽くやってくれよ」
ルトーくんとカダールくんは小声で口合わせをする。
「おらっ、婚約破棄をした罪を思い知れ!」
「ひいいい、もう勘弁してくださいいいい!」
女子生徒たちはキャアキャア言いながらふたりを見ている。
「では、いよいよお別れの時ですね、カダール様」
突然、メリアちゃんが木の板で作ったと思われる剣をもって、物陰から出てきた。
「メ、メリア!? お前がこの僕を処刑するのか!」
「ええ、もうあなたへの愛は枯れ果ててしまいました。わたくし自ら引導を渡して差し上げます」
婚約破棄された本人が自ら処刑を!?
「死ぬ前に、何か食べたいものがありますか? カダール様?」
「え?」
「食べたいものは、何?」
「あっ、えーと、ファンネルケーキが食べたいです……」
この部分はメリアちゃんのアドリブなのか、カダールくんの受け答えがたどたどしい。
「ダメ、そんなに食べたければ地獄の魔王におねだりなさい」
ひでえ。メリアちゃんはいつからこんな女になってしまったのだろう。
そして、首を垂れるカダールくんに、メリアちゃんは剣を振り下ろす。
しかし素人のせいか手元が狂い、剣はカダールくんの首ではなく頭に当たってしまった。
「あたっ」
「あ、ごめん、もう一回やらせて」
「しょうがねーな」
お互い素の反応が出ている。
気を取り直して、2度目の処刑。しかしこれも外れて、カダールくんの頭に当たる。
「ごめんカダールくん、もう一回――」
「もう落ちたよ! もう首落ちたから!」
とうとう自己申告してしまった。
そしてカダールくんは何やら箱のようなものをかぶりだした。天井に穴が開いていて、そこから首だけ出して座ると、晒し首の完成だ。いったい誰が考えたんだろうか? こんな悪趣味な小道具。
「いやああああ、伯爵令嬢であるこの私が、こんな汚い炭鉱で肉体労働だなんてええええ!」
突然、メレディちゃんが甲高い声とともに現れ、つるはしのようなものをヒステリックに振り回している。
「おっ、おごっ、ぐげっ、ぐふっ!」
かと思いきや、突然咳き込んで倒れてしまった。
「メリア、メレディは炭鉱で血を吐いて死んだそうだ」
「あら、残念だけど仕方ないわね」
あれで死んじゃったのか。
「これからはふたりで蜜月の時を過ごそう、メリア」
「いつまでもお供いたします。ルトー様」
なんかハッピーエンドっぽい雰囲気だけど、これでいいの?
「おい、ちょっと待てよ」
突然、晒されていた生首が口をきいた。
「最近さあ、俺たち男子がひどい目にあう場面が多くない? 女子はメレディ以外ハッピーな感じだし、不公平だよ」
すると、今まで倒れていたメレディちゃんも起き上がる。
「そうは言っても、やっぱり婚約破棄した殿方がひどい仕打ちを受けた方がウケがいいんですのよ。それとわたくしが担当している役も、ひどい目にあった方がいいと感じてますの」
「まったく、自分がひどい目にあうシナリオが、よく作れるよな」
いままでのシナリオはメレディちゃんが作ってたの!? なぜ、自分が破滅するシナリオをわざわざ……裕福であるが故の余裕、いや、破滅を体験する愉悦なのかしら。
「こうなったら仕方ありませんわね、アレを使いましょう」
「アレって、なにさ?」
「ムフフなシーンを、適当に組み込んで――」
「そこまでよ!」
我慢できなくなった私は、生徒たちの前に躍り出た。
「あ、フライア先生。見てたの?」
「見てたの? じゃあ、ありません! とにかく、婚約破棄ごっこはもう禁止です!」
「ええー、そんなのつまんないですわ。せっかくムフフなシナリオが書けると思ってましたのに」
「ムフフなのは、なおさらダメ!」
それから私は、日々の授業で生徒たちに、婚約破棄に対する認識を改めさせようと最大限努力した。
「いいですか! 婚約というのは契約の一種です! 顔が好みじゃなかったとか、パーティで他のやつとニコニコしてたとか、ファンネルケーキを作るのがへたくそだとか、そんなしょうもない理由で濫りに破棄するものではありません!」
「いくら婚約破棄されたからといって、破棄したほうを痛めつけるのはよくありません! 炭鉱送りもだめです!」
「どうしても破棄しなければならない時は、相手側とよく話し合ってからにすること! パーティー会場などでみんなが見ている中、突然破棄宣言するのはもってのほかです!」
数年が経過し、私は教育部の卒業生たちが集まるパーティーに出席していた。
「フライア先生、お久しぶりです!」
「あら、カダール君。ずいぶん肥えちゃったわね」
「へへっ、幸せ太りですよ」
照れ笑いをするカダールくんに続いて、絢爛なドレスに身を包んだメレディちゃんも現れた。
「みなさん、元気そうですわね。かつて婚約破棄ごっこをしていた日々が、まざまざと脳裏に浮かびますわ」
「いやー、いま思うと、内容がエスカレートしすぎて歯止めが効かなかったよね」
「フライア先生が止めてくれなかったら、どうなっていたことやら」
メリアちゃんとルトーくんも輪に加わり、思い出を懐かしんでいる。いろいろあったけど、みんなまっとうに成長してくれたようで、ほっとした。
「そういえば、フライア先生、とうとう結婚なさるんですね! おめでとうございます!」
カダール君が丸っこい笑顔をこちらに向ける。
「とうとう、ってのは失礼ですわよカダール君。ところで先生、そのお相手はどんなお方ですの?」
「そうね、銀色の髪をして、片眼鏡をかけた――」
言い切る前に、パーティー会場の扉が勢い良く開かれる音がした。銀色の髪を持ち、片眼鏡をかけた男性が会場に現れると、私に向かってこう宣言した。
「フライア・モーレッド、お前との婚約を破棄する!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。