大迷宮
我が家の地下室には秘密がある。
それは——異世界の人間が転移してくること。
ある日の朝、地下室の石畳に描かれた魔法陣がひとりでに起動し、半年ぶりに異世界人がこの剣と魔法の世界へ召喚された。
「ようこそ異世界へ。俺はアルバ——お前は?」
「えっと、村上蓮です……」
制服姿の少年は魔法陣の上に棒立ちのままそう名乗ると、薄暗い地下室をキョロキョロと見回す。
「レン、とりあえず上でお茶でも飲みながら話そうか」
彼のような転移してきたばかりの人間がこちらの世界で新たな生活を始められるよう軽くサポートをしてあげるのが、あの召喚部屋の管理人である俺の役目のひとつだ。
まずは異世界人と話し合いをする必要があるが、場所はリビングではなく日当たりの良いテラスを選ぶようにしている。
俺の暮らしている小屋の周囲は山で囲まれていて、中央には大きな湖がある。
レンは山小屋を出て外の景色を見た途端に湖へと駆けて行った。
「どうだ? 異世界に来た実感が湧いたか?」
「僕……本当に異世界に……」
これがテラスを選ぶ理由だ——古びた山小屋の中でダラダラと話すよりもこうして直接自然に触れさせた方が、異世界人は自分の状況を理解しやすい。
「そう、ここはスマホの電波が飛んでるような世界じゃない。レン、お前はアニメや漫画によくある剣と魔法の世界に召喚されたんだ」
「魔法……。アルバさんも使えるんですか?」
「一応な。あ、ちなみに地下室のあれは俺じゃなくてクソ親父の魔法で、お前が召喚されたのも魔法陣が勝手に起動したせいだからな?」
「は、はぁ……」
俺の早口に圧倒されたのかレンは困った表情を見せた。
その後、俺とレンはテラスのテーブルで向かい合い、日に当たりながらティータイムを始めた。
レン・ムラカミ——十五歳。都会生まれ都会育ちの高校一年生で、学校から帰る途中に突然足元に魔法陣が現れて、気づいたらあの地下室に居たらしい。
学校のカバンや制服のポケットに入れていたスマホや財布は全て無くしていると……今回も所持品は全て召喚魔法に弾かれてるな。
「その……元の世界に帰る方法は、あるんでしょうか?」
「今のところあの転移魔法は一方通行だ。こっちで生きてもらうしかない」
「そ、そうなんですね」
聞いてきた割にちっとも残念そうじゃないな。それどころかホッとしているみたいだ……クラスに嫌いな奴でもいたのか?
「他に聞きたいことは? 無いなら早速街に行くぞ、お前がこれから暮らす事になる街に」
「んー、魔法って僕にも使えたりしますか——って、ちょっと待ってください……!」
「どうした」
何を思い出したのかレンの表情が途端にこわばる。
「今、これから暮らすことになる街って言いましたか……?」
「あぁ、言ったな」
「もしかして僕、今日からこっちの世界で一人暮らしですか? てっきり、しばらくはここで面倒を見てもらえるものだと……」
「部屋は貸してやってもいいけど、家事は当番制だぞ?」
「も、もちろんです! じゃぁ——」
「この辺りろくに食えるもの無いからな、当番の日は自分の足で山の向こう側に行って食材採ってこいよ? 買い物も同じだ。あとたまに魔物が出るけどそれを倒すのも————」
「ややややっぱりいいです! 街で暮らします……! いきなりそんなハードな生活、僕には出来ません……」
「だろー?」
危なかった……出会ったばかりの異世界人とひとつ屋根の下で暮らすなんて、できればしたくないんだ。
というわけで——レンを制服からこちら側の服装へと着替えさせた後、転移魔法を使って彼を目的の街へと連れてきた。
転移直後、ゆっくりと目を開けたレンは城壁から見えるその大都市の景色に息を吞んだ。
「ここがお前の異世界生活のスタート地点——アルボラリス王国の首都、ラムルスだ」
「すごい……! お城が、浮いてる……!」
「先進国だからな、魔法技術は世界トップクラスだ。人口の半分以上が魔法使いなのもこの街くらいだろうな」
初めのうちは興奮気味のレンだったが、街の案内をしているうちに彼の表情は段々と曇っていった。
「あの、魔法も使えない僕がこの街に居て大丈夫なんでしょうか……」
「安心しろ、異世界人は魔法以外のスキルを買われることが多い。お前らは幼い頃から質の良い教育を受けてるからな、読み書きすら出来ないのが普通な現地人と比べて遥かに頭が良いし、手先も器用で、礼儀正しい」
「ぼ、僕以外にも召喚された人が……?」
「あぁ。彫金師になったサラリーマンに、執事になった高校生、それと宮廷薬剤師になった大学生もいるぞ」
「そ、そうなんですね……」
テンションが上がったり下がったり忙しい奴だな……。
おそらく知人がこっちの世界に来ていないかが心配なんだろう。これまで召喚された異世界人からはこちら側で知り合いと再会したなんて話聞いたこともないが……いやまさかな。
ひとまず考えることをやめ、とある大きな看板を掲げた建物の前で歩みを止める。
「ここが冒険者ギルドだ」
異世界人は冒険者が何でも屋と同じだということをアニメや漫画で知っている。
俺は特にこれと言った説明もせずレンを連れてギルドの中へと入った。
すると、俺に気付いた黒髪の受付嬢がすぐに声をかけてきた。
「あっ、アルバさん。お久しぶりです」
「半年ぶりだな」
「そちらは——東方出身の方ですね? はじめまして、シオンといいます」
微笑んでみせる彼女に困惑したレンが俺の方に顔を向ける。
「はいって答えとけ。東方出身って言えば色々詮索されずに済む」
「は、はい……! 東方出身のむらか——えっと、レンですっ……!」
レンは戸惑いながらもそれらしい自己紹介をしてみせた。
「既に気付いているとは思いますが、私もあなたと同じで東方の出身なんです」
————視界の左端に見える冒険者たちのたまり場、もとい集会エリアの方から視線を感じる。おそらく知人だがここは気付かないフリをしておこう。
「アルバさんが彼をここに連れてきたってことは、つまりそういうことですか?」
「あぁ、こいつにも読み書きを教えてやってくれ。せっかくペンが握れるんだ、自動翻訳だけじゃ勿体ない」
異世界人はこちら側に召喚される際に自動翻訳の魔法を付与されるため最初から現地人と会話をすることができるものの、こちら側での読み書きは一から覚える必要がある。
とはいえ彼らの頭ならさほど苦労することはないはず……一年も勉強すれば仕事探しで困ることはまずないだろう。
「分かりました、任せてください。他でもないアルバさんの頼みですから」
「あぁそういえば……はいこれ」
懐から小さな革袋を取り出し、それをレンへと手渡す。
「えっと……お金?」
「異世界生活に必要な初期費用だ」
「いいんですか……?」
「多めに入れてあるけど無駄遣いはするなよ? その金が尽きないようシオンに簡単な依頼でも貰いながらやりたいことを見つけろ」
「あ、ありがとうございます……! 僕、頑張ります!」
レンが俺の目の前で深々と頭を下げた。
「その調子だ。じゃぁ俺はこの辺で——シオン、後は頼んだ」
「はい。気を付けてお帰りください」
確かにこのまま帰りたいところだが——俺にはまだ用事がある。
ギルドを出た俺は浮遊魔法を使って向かいの建物へと上り、そこでしばらく待機した。
そしてようやくレンがギルドから出てきたかと思うと、もう一人の少年が肩を揺らしながらレンの後を追うようにギルドから出てきた。
「嫌な予感って当たるよなー……」
ほんの少し趣味は悪いが、魔法を使って二人の会話を盗み聞きする。
「よぉ蓮、久しぶりだな」
「……す、鈴木くん……!?」
「やっぱりお前もこっちの世界に来てたんだな。あーでも、アルバの野郎と一緒に居たってことはこっちに来たばっかなのか?」
「あ、うん……今日来たばっかりだよ……」
手入れのされていない革防具を着た金髪頭の少年に声をかけられたレン。
彼は作り笑顔を見せながらじわじわと後退りしている。
「ふーん。俺が転移したのはお前が行方不明になった後なんだよなー……順番が逆だな。つーかそんなことより、金貸してくれよ」
「え……でも」
「さっきアルバの野郎から貰ってただろ?」
リョウヤ・スズキ——半年前に異世界から転移してきた不良少年だ。俺から受け取った金を初日にギャンブルで溶かし、未だ最低ランクの冒険者のまま他所で盗賊紛いのことをやっている。
まさかあの二人が知り合いだったとはな……さてどうするレン。おそらくこっちの世界のリョウヤはお前が思ってるより乱暴だぞ
「ご、ごめん。さすがに無理だよ……いつやりたいことが見つかるか分からないし……」
「冒険者のショボい依頼でもやってりゃいいだろ。ほら、早く金出せって」
リョウヤがニヤニヤしながら黒く汚れた手をレンに差し出してみせる。
「な、何に使うの……?」
「は? テメェには関係ねぇだろ」
レンの質問が気に障ったのかリョウヤの表情が一変した。
「ご、ごめん鈴木くん! これは僕のバイト代じゃない……このお金は、アルバさんが僕のために用意してくれたものなんだ! 使い道が言えないなら、このお金は貸せない……!」
「おーおー、異世界に来て随分生意気になったなぁテメェ!!」
激昂したリョウヤは人が行き交う大通りにも関わらずレンに殴りかかった。
その拳をレンはもろに顔面で受ける————かと思いきや、まるで別人のような素早い動きでリョウヤの攻撃をいなし彼の体を硬い石畳の上に投げつけた。
「うぐっ——痛ってぇ~……!」
レンの技に驚いた通行人たちが次々と足を止める。
「ごめんリョウヤくん……僕は、僕を応援してくれるアルバさんの気持ちを裏切りたくないから……できればもう、関わらないでほしい」
レンは地面にうずくまるリョウヤにそう言い残すと、早足で人混みの中へと消えていった。
「ふっ……リョウヤのやつ、いい勉強になっただろうな」
————あれから三ヶ月が経った。
レンがこちらの世界に来て以降、異世界人の召喚は起きていない。
実は俺が今居るこの地下室には異世界人が召喚されること以外にも秘密がある。
それは——この地下室がとある大迷宮の一部で、上の自宅とは空間魔法で繋がっているということ。
すると壁に設置していた古い掛け時計から勢いよく小鳥が飛び出した。
「シンニュウシャ、シンニュウシャ! シンニュウシャ、シンニュウシャ!」
今にもバラけてしまいそうな体で狂ったように羽ばたきながら鳴き声をあげている。
「ふんっ、命知らずが……」
そう呟いた俺は地下室の壁をすり抜け、隠し通路の先で侵入者が最深部へと到達するのを待った。
そしてようやく大迷宮の最深部である玉座の間へと現れた彼らに、俺は玉座からフラフラと立ち上がりながら言う。
「やっと来たか……子供だましのギミックに何日かけてんだよ。待ちくたびれて死ぬところだったぞ……」
道中で何人死んだのかは分からないが、生きて最深部まで辿り着いたのはこの二十人のようだ。
攻略部隊のリーダーらしき若い男が剣の先をこちらに向ける。
「お前が大迷宮セルセラの主か。ただの魔法使いがボスとは興ざめもいいところだ」
「ただの寄せ集めが何言ってんだ。なぁ、リョウヤ」
俺はそう言って部隊の端で驚いた表情を浮かべている彼に視線を向けた。
「な……なんでテメェがここにいるんだよ……」
「それはこっちの台詞だ。ラムルスのゴミクズで有名なあのリョウヤくんがなんで未攻略の大迷宮に挑んでる?」
「テメェには関係ねぇ……」
「リョウヤ、まさかあいつと知り合いなのか?」
リーダーの問いに彼は答える様子がない。
「公衆の面前でレンに投げ飛ばされたのがそんなに恥ずかしかったか?」
「うるせぇ! くそっ——今すぐその生意気な口を塞いでやる!!」
剣を握るリョウヤが以前レンに殴りかかった時と全く同じ顔でこちらに向かって突進してきた。
どうやらあいつには学習能力というものが備わってないらしい。
「待てリョウヤ! 一人で勝手に突っ込むな!」
「はぁぁぁ!!!」
リーダーの制止を無視して突進してきたリョウヤが思いきり剣を振り下ろす。
しかしそんな攻撃が通用するわけもなく、彼の剣は俺の防御結界に易々と弾かれた。
「はぁ……お前が道中のギミックで死んでないことに驚きだ」
ボーリングの玉に見立てたリョウヤの体を指先から放った衝撃波で飛ばし、ピンのように固まっている彼の仲間に勢いよくぶつける。
リョウヤの進路上にいた者たちが派手に転倒し攻略部隊が慌てふためく。
「全然倒れなかったな……ストライクとやらには程遠い」
「お前ら早く立て!! 総攻撃だ、たった一人の魔法使いに動じるな!!」
リーダーの号令で一斉攻撃を始めた剣士や魔法使いだが、俺の防御結界は数で押せばなんとかなるような代物ではない。
「火力不足もいいところだ。千年前に現れた迷宮が未だ攻略されていない理由を————」
杖を振ろうとしたその瞬間、胸に激痛が走った。
「うっ——ぐぅっ……!!」
魔法の制御も出来なくなり展開していた防御結界が解除されてしまう。
「貰ったー!!」
ここぞとばかりに距離を詰めてきた攻略部隊のリーダー。
しかし俺の意識は、彼の剣が振り下ろされるよりも先に途絶えてしまった————
「ははっ、まかさセルセラのボスが自分から首を差し出してくれるとはな」
男は笑い声をあげ、頭部を失って床に転がる黒いローブを着た肉の塊に剣を突き刺す。
「リョウヤ、大丈夫か?」
吐血して地面に座り込むリョウヤに攻略部隊の一人が駆け寄る。
「うっせぇ……ほっとけ……」
「分かった分かった、ポーションやるからこれでも飲んどけ」
「ねーねーリーダー、セルセラって千年前から誰も攻略できてない大迷宮っすよね? ボスが首ちょんぱされたくらいで死にますかねぇ」
魔法使いの一人が笑い混じりにリーダーと話す。
「じゃぁこの死体はなんだ? 不死身ならとっくに生き返ってるし、仮にこれが分身体なら俺たちがこの先の宝物庫に進まないよう本体がすぐに現れるはず」
「おー、リーダーの言う通りっすね」
「————この迷宮に宝物庫なんてないぞ?」
扉が開きっぱなしになっていた玉座の間の入口から俺がそう言うと、攻略部隊の者たちが一斉にこちらを向き驚いた表情を見せた。
「い、生きていたのか……!?」
「ほーらやっぱ死んでないじゃないっすかー」
「いやでも……死体はまだ残ってる……! どういうことだ……!」
困惑するリーダーに魔法使いがドヤ顔をする中、腰を抜かした様子のリョウヤが震えながら俺を指差す。
「お、お……お前一体何なんだよ……! 俺たち異世界人のサポーターじゃなかったのかよ……!」
リョウヤの台詞にリーダーが首を傾げる。
「異世界人……? 一体何の話だ」
「お前らの疑問に答えてやろう。そいつは大迷宮セルセラの最深部にある隠し部屋の召喚魔法によって、別の世界からやってきた人間だ。俺がリョウヤをラムルスに送り出してやったのは、彼が迷宮に侵入した人間じゃないからだ。俺の本当の役目は、いわゆるダンジョン生物としてこの迷宮を管理し、お前らみたいな侵入者を排除することだ」
「こ……殺せぇぇぇえええ!!」
俺の殺意を感じたリーダーが号令をかけ、攻略部隊が再び一斉攻撃を仕掛けてくる。
「迷宮武装——クレイエルン」
魔法を詠唱し迷宮内部でのみ使える漆黒の杖を召喚し、飛びかかってきた約十人の戦士たちを紫色の炎で薙ぎ払う。
「魔壊属性……!? 防御は捨てろ! やられる前にやれ!」
「リポップしたばっかりで本調子じゃないからな……本気でいかせてもらうぞ」
残っているのは弓や魔法の固定砲台ばかりで、前衛はあのリーダーのみ。
そこで腰を抜かしたまま動けなくなっているリョウヤは……ノーカウントだ。
弓矢と魔法の弾幕を回避し一瞬でリーダーの背後に回り込み、杖を巨大な斧へと変形させる。
「リーダー! 後ろっす!」
「っ!?」
上位の魔物のみが操ることのできる魔壊属性の攻撃は強力な侵蝕能力を持つ。
どれだけ硬い盾だろうが魔法の結界だろうが触れた場所を全て溶かしてしまうため人間には防御不可能。
それを知っていながら、この男は魔法使いの警告で咄嗟に振り返り防御の構えを取った。
言うまでもなく彼の体は剣もろとも俺の振るった斧に真っ二つにされ血しぶきをあげて赤いカーペットに転がった。
「防御は捨てろって自分で言わなかったか?」
その後残りの後衛たちを一掃した俺は死体だらけの玉座の間の中心に立ち、今にも気が狂ってしまいそうな顔をしているリョウヤに言う。
「ただの賭博じゃ飽き足らず未攻略の迷宮に命を賭けるなんてギャンブラーにも程がある」
そう言うとリョウヤは思い切り自分の髪の毛をむしり取り、床を殴りつけながら叫び声をあげ始めた。
「テメェがぁ!! テメェがテメェがテメェが!! テメェが俺にチートスキルをよこしてりゃぁこんなことにはならなかったんだよぉ!!! 蓮にだけスキル与えんのは不公平だろーが!!」
「レンに……? あぁ、あの護身術のことか。あれはレンが元から持ってた技術だぞ?」
「そもそも未攻略のダンジョンに宝がねぇとかおかしいだろ!!」
人の話聞けよ……。
「宝がねぇって分かってたらこんな雑魚どもについてきてねぇんだよぉ!! くそがぁぁああああああ!!」
「残念だったな。ここは異世界であってゲームや漫画の世界じゃない、攻略サイトもなければチートを授ける神様もいない」
泣き崩れるリョウヤに歩み寄り、巨大な斧を振りかざす。
「それにコンティニューとやらもない。人間のお前は一度死んだら————そこで終わりだ」
最後の一人を排除した後、俺は玉座の間を離れ召喚部屋へと戻った。
「ったく、リポップ直後に戦わせるな……無駄に疲れる……」
……部屋の隅から微かな気配がする。
「誰だ。隠れても無駄だぞ?」
木箱の裏に隠れているみたいだが、声をかけても出てくる様子がない。
おそらく玉座の間で戦っている間に召喚された異世界人だろう。
「何もしないから出てこい。ほら、そこはあんまり掃除してないから服が汚れるぞ」
木箱を引きずって僅かに移動させ部屋の隅を覗き込むと、そこには全身痣だらけのやせ細った小さな女の子が膝を抱えて座っていた。
「は……?」
薄汚れたパーカー……信じ難いが異世界人で間違いない。小さな子供が召喚されたのは初めてだ。
「おい、大丈夫か?」
女の子は部屋の隅に座り込んだまま怯えた様子でこちらを見上げている。
「……っ……っ…………」
「そんなに震えたら首が取れるぞ……?」
女の子を抱え上げようと手を伸ばすと、彼女は更に体を震わせ俺に抵抗するように冷たい壁に頬を張りつけた。
段々と涙目になっていくのが暗がりにいても分かる。
「え、そんなに俺が怖いか……?」
「ぅっ……ぅぅ…………」
どうすればいい、俺は……何が正解だ……全く分からない……。
「誰か……助けてくれ……」