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1-5 時代考証でたらめの乙女ゲームに転移するのはラッキー

「未夏さん、お昼は奢りますね。メニューはなんにされますの?」

「え? じゃあ私は……ボンゴレとフォカッチャを選んでいい?」

「ええ。では私も同じものにしますわ」


この世界の食事事情はいわゆる「中世ヨーロッパ」のものではない。

どう考えても現代レベルに品種改良された野菜が、同じく現代レベルに洗練された料理として出される。


衛生管理もきちんとされており、寄生虫や食中毒にかかったこともない。



(食事や料理のレベルもそうだけど、このゲームは時代考証が適当なのよね……。ゲーム画面には出てないけど『水洗トイレ』も普通にあったし。……まあ、私にとってはかえってありがたいけど)



ゲームをやっていて未夏が滑稽に思ったのは、先日食べたレストランのコース料理で「アミューズブーシュ」が出たことだった。


この「突き出し」の文化はヌーベルキュイジーヌ以後、即ち日本でいえば昭和時代に普及した文化であり、いかにも『中世』でございといった、このゲームの時代背景にそぐわない。


だが、それはゲームの仕様だから仕方ないと思い、食事事情については『現代日本の水準』であると割り切ることにした。



「その……先ほどの講義の時にはありがとうございました」

「え? ああ、質疑応答のことかしら? あれは当然のことですわ?」


そう言いながら上品にフォカッチャを口にするラジーナ。

そして少しだけ不機嫌そうな表情をしながら答える。



「それにあの坊やたち、別にあなたに意地悪をしたかったわけでなければ、純粋に質問を聞きたかったわけでもありませんから」

「どういうことですか?」

「※彼らは、自分の論文の成果をあの場で誇示したかっただけ。だから、彼らの顔を立ててあげればああやっておとなしく収まるものですから」

「へえ……」



(※あくまでもこのゲームの中での話です。現実の教授の質問がそうであるというわけではありません)



思わず未夏は納得して答える。

悪役令嬢とはいうが、人心掌握術はさすがに優れているといったところなのだろう。



(そういえば、このゲームでは彼女の心情はあまり語られなかったわね……)



ゲームを何週もやりこんだ未夏だったが、ラジーナとは直接絡むイベントはさほど多くない。また、公式でもさほど彼女については語られていなかったため『こちらに戦争を吹っ掛ける悪者』くらいにしか思っていなかった。


そのため、彼女の人となりを知ることは出来なかったのだ。

そう思っているとラジーナはニコニコと嬉しそうに笑う。



「それにしても、あなたの考えは見事でしたわ。あの『希望の霧』を使えば、兵士の損耗を抑えられそうですもの」

「そういっていただければ何よりです」


未夏は先日の戦争経験もあり『兵士が傷つき、命を落とすこと』に対して強い忌避感を感じていた。そのため、敵兵といえど間接的に命を救えることについては嬉しく感じた。



「ラジーナ様も、やはり兵士のことは大事に思っているのですね?」



未夏はそういって彼女を褒めたつもりだったが、ラジーナは首を振る。


「そういうつもりではありませんわ? ただ、熟練兵の生産コストを考えると、損耗率の低下は必須事項ですもの」

「あ、そうでしたか……」


この世界では個人間の能力差が現実世界よりも大きい。そのため、練兵の重要性が高いということでもある。


優秀な兵士が1人死んだだけで戦況が覆るような世界だからこそ、損耗には敏感になるのだと未夏は気づいた。


更にラジーナは少し不快そうな表情をして答えた。



「私に対して『お優しい』という言葉は、おやめくださいますこと? 私は『冷血の淑女』で通っておりますもの」

「わ、わかりました……」


作中でもそう呼ばれていたことを思い出して、未夏は恐縮するように頭を下げる。



「それより、未夏さんはあまり薬学の基礎的な知識はお持ちではないようですね? それに、今まであなたの名前で研究結果を見たこともありませんし……どこでどうやって、それだけの実践技術を身に着けたのですの?」


まさか自分が転生者であるから、なんてことは言えるはずもない。

そんな風に考えて、未夏は少しお茶を濁すように答える。


「そ、それはちょっと聞かないでいただけますか?」


その回答はおおむね想定済みだったのだろう。まあ向こうからすれば『何か非道な人体実験をしたのでは』と誤解をしたようだが。



「ふうん……。ま、それについては詮索しませんわ? ……次の講義も楽しみにしていますわね?」

「ええ。……あれ?」


そんな風に話していると、隣の食堂で何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「けどさ、オルティーナだっけ? あいつさ、なんか偉そうでムカつかない?」

「ほんとほんと。それに先生に気に入られてるからってさ、私たちに偉そうな態度取ってるよね?」

「だよね~! つーかさ、あいつのこと、無視しない?」


恐らくオルティーナのことを言っているのだろう。

陰口を叩きながら意地悪い笑みを浮かべている生徒たちの姿は、転生者ばかりだった元の世界では一度もお目にかかることはなかった。


(確かにオルティーナのことは気に入らないけど……ああやって、陰口を叩くのは良くないわよね……一言注意しようかな……)



今の自分の身分は講師だから、陰口を叩いている連中もいうことをきくだろう。

そう思って立ち上がると、反対側から一人の男がやってくるのに気が付いた。



……ウノーだ。


その眼には怒りが浮かんでおり、彼女たちにすごい勢いで近づいている。



(まずい、確かこのイベントは……)


ウノーは本編では喧嘩っ早い性格だった。

本編の学校編でも、聖女オルティーナの陰口を聴いて、彼女たちをボコボコにぶん殴ってしまう。


これによってウノーは停学処分を受けるが、これによってオルティーナとの親密度を挙げるというイベントがあったのを思い出す。



(けど……それで殴った相手の恨みを買って、オルティーナが逆恨みされるのよね……)


その一方で、このイベントが完遂されるとバッドエンドのフラグが立つ。


このイベントは『専用スチル』があるために未夏も見るためにわざと起こしたことがあったが、はっきり言って後味はいいものじゃなかった。


それを抜きにしても、暴力という安易で、報復感情を刹那的に満たすくらいしかメリットのない短絡的な方法で問題の解決を試みる方法は、未夏は許したくなかった。



「ごめんなさい、ラジーナ様。ちょっと席を外します」



そのことを思い出し、未夏は彼女たちのいる席に急いだ。

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