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  旧ハイランド その4

 レイラは、ハイランド王の2名の兵士に連行されて城館を出た。向かわされたのは、中庭の中央に建つ円筒形の主塔だった。


 主塔は石造りで、レイラの見上げる5階に三角屋根がふかれていた。一階には開口部がひとつもなく、地上から約6メートルの高さにある二階の入り口に、長いハシゴがかけられている。


 主塔が敵に攻められても、相手が容易に侵入できない構造になっているのだろう。レイラは兵士にそのハシゴを登らせられた。二階からは螺旋階段で五階まで上がった。そこからハシゴを使って屋根裏部屋に入る。板張りの床の落し戸が閉まり、レイラは塔の最上階に閉じこめられた。


 低い円錐形の天井の窓ぎわに、午後の日差しが陽だまりをつくっている。壁ぎわに寝わらが置かれているだけの部屋だった。


 レイラは、自分の胸の高さの小さな窓に寄った。緑豊かに広がる森が、そこから遠く見晴らせた。青くすみわたった空を、千切れ雲が流れていく。歩哨に立つ二名の兵士が中庭に小さく見えていた。


 屋根裏の窓は40センチ四方ほどしかない。レイラなら通り抜けられそうだ。一週間後の国王の誕生日に、レイラの心臓はその饗宴に捧げられる。絶望のあまり、ここから飛びおりたところで、またよみがえってしまうのだ。


 レイラは窓ぎわを離れ、寝わらに腰をおとした。


 人魚の母の血は、レイラに永遠の若さと生命をさずけた。その血を体内に循環させている心臓がなくなれば、二度と生きかえれない。自分の命と引きかえに、ハイランド王に不老不死をあたえるのはごめんだ。なんとしても生きのびてやる。


 レイラの身内に活力が戻り、気持ちがふるいたった。


 翌朝、落し戸が外される音でレイラは目覚めた。床に開いた四角い穴から、金色の巻き毛の端整な顔がのぞいた。屋根裏に上がってきたのは、レイラの首がはねられるのを救った、あの若い貴公子だった。


「寝起きをおそってしまいましたね。大変に失礼いたしました。見張りに袖の下を使うには、いままで待つ必要があったんです」


 レイラの前にひざまずいたその青年はアンダルス子爵と名のった。ハイランド王の妃のまた従弟だという。ハイランドに商用でおとずれたさい、コロヌス2世に拝謁を願ったいきさつを話した。


 レイラは問われて、自分の名前を子爵に教えた。


「謁見の場で、あなたをお見初めしました。あなたの美しい肌を傷つけてしまった咎をお許しください。深くお詫びいたします」


 アンダルス子爵がレイラの手首を取り、深く頭をたれた。


「かまいません。あの程度の傷であれば、たちまちもとどおりになりますから」


「しかし、あなたの心臓が失われれば、そうはいかないのでしょう」


 アンダルス子爵の口調が熱をおび、にわかに激情にかられたようだ。やにわにレイラを抱きよせると、その体を壊さんばかりに力をこめてきた。


「あなたを見た瞬間、わたしの心臓は激しく鼓動し、いまにも破裂しそうになりました。あなたの心臓の代わりに、わたしのこの狂わんばかりに脈打つ心臓を王に捧げられたら、どんなにいいでしょう」


「子爵さま、苦しいです。お願いですから、わたしを離してください」


「これは失礼しました」さっと立ち上がったアンダルス子爵が、その美しい顔を青ざめさせ、悲嘆にくれているのがわかった。


「ハイランド王が望んでいるのは、わたしの不老不死の心臓です」


「わかっています。わたしはあなたを失いたくない。あなたを愛しているのです。ここからなんとしてもあなたを救い出し、わたしの居城に連れ帰ります」


「いけません。そんなことをされたら、わたしだけでなく、子爵さまも殺されてしまいます。わたしが幽閉されているのは、たくさんの兵士に囲まれた、高い塔の最上階なんです。そこからわたしを救いだす、どんな手立てがあるのですか。どうか冷静になってください」


 ああ、とアンダルス子爵が絶望の声をあげ、板の間に膝をついた。


「わたしはあさはかでした。あなたを救出する考えがあるわけではないんです。あふれる想いだけで、この塔に登って来てしまいました。このわたしにいったいなにができるでしょうか。あなたのためなら、なんでもするつもりなのに」


 子爵が頭をかかえこみ、おりまげた体を震わせている。


 アンダルス子爵は20歳くらいだろうとレイラは見積もった。17歳くらいに見えるレイラの実年齢は25歳だ。子爵より、いくらか年上だろう。この初心で感じやすい青年をうまく利用できないだろうか。


 レイラの頭は急速に回転しだした。かつて母のメイから、父イライトの出生土(しゅっしょうど)の不思議な力について聞いていた。その話が真実ならば、ここから脱け出す手段として使えるかもしれない。


「それでは、子爵さまにお願いがございます」


 ハッとアンダルス子爵が顔を上げた。「なんなりと」


「この城から2日かかる港湾都市の近くの岬に、わたしの父親のイライトが住んでおります。その父を、この塔の屋根裏まで連れて来てくれませんか」


 レイラの望みを聞いた子爵の表情がにわかにくもった。


「それはおやすい御用です。あなたのお望みならば、なんなりと叶えるつもりでいます。しかし、父親に会いたいというのは、今生の別れを告げたいという意味でしょうか。あなたはハイランド王に心臓を捧げる覚悟を決めたんですか。生きのびる希望を捨ててしまわれたんですか」


「いいえ。わたしは子爵さまとご一緒に、あなたさまの居城にまいります」


「では、わたしの愛を受けいれてくださるのですね」


 アンダルス子爵がにじり寄り、レイラの両手を力強くとった。


「しかし、しかし」と子爵の声がわなないた。「あなたの父親を呼んだところで、あなたをこの塔から救い出せるのでしょうか」


「父はきっとわたしの身代わりになってくれます。子爵さまは信じられないかもしれませんが、わたしの言葉どおりにしてください。わたしも子爵さまに初めてお目にかかったときより、あなたさまをお慕いもうしておりました」


「おお!」アンダルス子爵が感動に心をふるわせているようだ。われを忘れたようにレイラを抱きすくめると、レイラ、レイラとくりかえし呼ぶ。


 簡単なものだとレイラの心は冷静そのものだった。



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