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  旧ハイランド その3

 レイラは厩舎から脱出をはかろうとして、戸口で厩番と鉢合わせた。厩番の声に駆けつけた山羊髭の貴族と、無法者にレイラは取り押さえられた。


「本当に生きかえりやがった」髭面の無法者が驚いている。


 レイラは両手と両足を縛り上げられ、馬車のなかに放りこまれた。


 馬車に揺られて街道を走り、いくつもの駅宿を過ぎて、ハイランドの王城にたどりついたのは2日後の昼前だった。レイラはその間ずっと車内で過ごしていた。飲食物は与えられたが、自分の心臓がこれから国王の饗宴に興されると思うと、なにものどを通らなかった。


 森をのぞむ街道の反対側に、屹立する岩山を背に城壁が姿をあらわした。三角屋根の主塔が城壁からのぞいている。掘りにかかった跳ね橋を渡り、城門のせまい通路を抜けて中庭に出た。レイラは馬車から引きずり降ろされた。足縄はほどかれたが、手は縛られたままだった。


 厩舎と兵士宿舎の並んだ中庭のまんなかに、高さ20メートル近い主塔がそびえている。その塔ごしに、三階建ての城館が長い側面をこちらに向けていた。


 レイラは、山羊髭の貴族と、無法者に両肘をとられて城館に連れて行かれた。


 井戸のある一階の土間を抜け、階段を上がった二階全体が大広間になっていた。石の床の中央に暗赤色のカーペットがまっすぐ伸び、その両側では、長剣と鎖帷子の何十人もの兵士が思いおもいの格好でくつろいでいる。


 レイラはカーペットを進まされ、肘掛けに毛深い腕をついたハイランド王の玉座の前に突き出された。王は40年配で、蔓草の刺繍の施された、袖口の広いダルマティカをはおり、幅広の飾りを帯をしめている。コロヌス二世という名前だけはレイラも聞いていた。


 コロヌス二世は、肩にかかった髪と、あごをおおう髭にたっぷりカールをつけ、険しい表情のいぶかしげな視線をレイラに向けている。


「予に永遠の若さと命を献上するというのはおまえたちか」


 おそれいった様子の、山羊髭の貴族と、無法者が深く腰をおった。レイラも山羊髭に無理やり頭を下げさせられた。


「この女は不死人であります」と山羊髭が切りだした。「不死人の心臓を食すれば、その者も永遠の若さと命をえるとされています」


 ふん、と鼻を鳴らした国王は疑いぶかそうな表情を変えない。


「そうなのか」と玉座の横に控える灰色のマントにローブの老人にたずねた。


 老人は国王より二倍も年とって見える。はげあがった細面に、赤と青の模様の刺青している。痩せ細った体をおりまげた胸に、白い顎鬚を垂らす。杖をついたその姿から宮廷魔術師らしい。


「まことにございます」と老魔術師が答えた。「不死人の心臓は霊薬にもなり、劇薬にもなると申します。まずは、お毒見をさせたほうがよろしいでしょう」


「毒見は不要だ。下層の女を生かしている心臓が、よもや王を殺すはずがあるまい。不老不死の心臓は予以外の誰にも口にはさせん。永遠の命をえてハイランドを治める領主は、予1人だけで充分だ」


 それより、と疑心に満ちた視線を山羊髭の貴族に向けた。


「予をたばかるつもりではあるまいな。その女がまことに不死であるならば、いまここでその女の首をはねて見せよ」


「いえいえ」と山羊髭が激しく首を振った。「切り離された首はさすがにもとに戻りません。首すじをかき切るだけで充分でございましょう」


「ならば、そうするが良い」国王が興味深そうに玉座にふんぞりかえった。


 山羊髭と無法者が見交わしあった。無法者がレイラのひじをつかんで短剣を抜いた。もう片方の腕は山羊髭におさえられた。レイラは無駄だと知りながらも、激しく身もだえしてあらがった。


「そんな残虐な実験をする必要はありません」


 豊かなテノールの声がした。


 居並ぶ兵士のあいだから進み出たのは、金髪の巻き毛を白いレースの襟足まで伸ばした、20歳くらいの顔立ちの美しい青年だった。細身にぴったりしたダブレットをまとい、ブリーチズに革のブーツのいでたちだ。ひるがえるマントの下には、ショートソードと短剣を装備している。


 青年が老魔術師に向きなおった。「不死人は殺害されても復活するだけでなく、怪我をおってもすぐ元どおりになる言います。違いますか」


「おおせのとおりにございます」と老魔術師がうなずいた。


「それを試してみればいいんです」


 青年が、飾りのついた鞘から湾曲した短剣を抜いた。レイラの背後にまわり、後ろ手に縛られた縄を切った。


「失礼します」と、うやうやしい態度で、レイラの左の手首をささげ持った。


 青年はその物腰や衣装、周囲の反応から王族らしくレイラには思われた。レイラは、自分のみすぼらしい膝丈の白いチュニックがにわかに恥ずかしくなった。


 ちくりと痛みをおぼえた。


 青年がかかげたレイラの左腕から血がしたたっている。青年が皮膚を薄く切ったのだ。痛みはすぐに消え、軽いしびれを感じるだけになった。


 青年がレースの布切れでレイラの腕の血をぬぐった。そこにはなんの傷跡も残っていなかった。レイラにとって、ごくあたりまえの現象だ。


 広間にたむろしている兵士から驚きの声があがった。おもむろに玉座を立ったコロヌス2世が、青年の手からレイラの左腕を強引にとった。その白くなめらかな肌を王がまじまじと凝視している。


「よかろう」コロヌス2世は納得したらしい。悠然たる足どりで戻った玉座に座りなおした。高慢なその顔には満足気な表情がうかんでいた。


「では」山羊髭の貴族が王の面前でおもねる態度を示した。


「その女の心臓に、おまえが望むだけの対価を支払おう。一週間後には、予の生まれた日をむかえる。不死人の心臓のステーキはその祝いの席で食おう」


「それは、おめでたいですな」と山羊髭がおべんちゃらを述べている。


「むろん」王が言葉に力をこめた。「おまえたちも予の誕生の日を祝ってくれるであろうな。その日が過ぎるまで、この城からまかり出てはならん。良いな」


 そう念をおされ、山羊髭と無法者が不承ぶしょう首をたてに振っている。


 コロヌス二世は『よかろう』と聞きいれながらも、不老不死の心臓の効果を実際に確かめるまでは信用するつもりはないらしい。レイラはそう思った。


 そのとき、強く熱い眼差しをおぼえた。


 レイラに寄りそった青年が憐れむような悲しむような表情をうかべていた。



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