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  旧ハイランド その2

 レイラは今日も、父イライトの焼いた陶器を行李に背負い、港湾都市に向かっていた。2週間前に売った壺の代金は運河に流してしまった。レイラの家計は苦しくなるいっぽうだ。何度、絞め殺されてよみがえったところで、レイラの日常に変わりはなかった。


 人魚の心臓を食べると不老不死になれるという。人魚の母メイの血を受けつぎ、レイラにもその体質がそなわったのかもしれない。


 レイラは12歳のときに一度死んでいる。崖からあやまって転落したのだ。その現場にいあわせた父によれば、首の骨が完全に折れていたという。人魚の伝説を知っていた父は、レイラを埋めずに一晩待った。翌朝、レイラの首はもとどおりになり、全身の傷も癒えて蘇生した。事故の目撃者は父だけで、レイラの不死性は周囲に知られずにすんだ。


 レイラは17歳になり、その見た目のまま老いなくなった。8年がたった今でも、レイラの容姿は少女のままだ。海辺の岩場に隠れ住むレイラの年齢をあやしむ人はいなかった。陶器を買ってもらう商人はそのつど変えていた。レイラの若さをいぶかしむ商人も、なかにはいるようだ。


 レイラは自分が不死人だと知られてはいけないと思った。別の土地に移りたいと父にうったえたこともある。イライトは断固として拒んだ。妻のメイが戻ってくると、いまだに信じているのだ。レイラはそんな父親を捨て、1人で生きていこうと考えはじめていた。


 そんなある日の出来事だった。


 レイラは都市の正門から入り、門番の前を通って門前広場に出た。広場を横ぎっていると、背中の行李ごしに視線を感じた。正門のそばに、高価な布ふんだんに使用したドレスの貴婦人と、貴族らしい中年男性が立っていた。その男の下品な山羊髭には見覚えがあった。


 レイラを犯そうとして殺し、運河に捨てたあの男だ。男は目を見開き、とがったあごをがくんと下げている。同伴する貴婦人が、男のぶしつけな視線をたしなめているようだ。2人は夫婦かもしれない。


 レイラは、自分を殺した相手には気づかぬふりで足早に大通りに向かった。


 運河に処分したはずの女が市内を歩く姿に、殺人者は驚きと信じられない気持ちを隠せない様子だった。そんなあり得ない現象を、あの男が言いふらすおそれはないだろう。自分の犯罪を暴露する結果にもなる。同伴の貴婦人には決して知られたくない悪行のはずだ。


 レイラも、自分の被害を市兵にうったえるつもりはない。あの男がレイラを殺害したと、被害者本人が言ったところで、誰も信用しないに決まっている。あの男には、他人のそら似だったと思わせておこう。


 そう楽観していた。だから、1か月後に商品を売った帰りの運河沿いで、無法者に首を搔き切られるとは予想もしていなかった。意識をうしなう間際、通りに止まった馬車の窓から、山羊髭の顔がのぞいていた。


 馬のいななきと臭いを感じながら蘇生した。ぼんやりした視界に、薄暗い天井の梁が映っている。レイラは藁の上に寝かされていた。厩舎にいるらしい。


 記憶が戻ってきた。あの男がレイラの口ふうじをするとは思わなかった。何度、殺したところで、きりがないのだけれど――。


 窓の外から声が聞こえてきた。


「あの女は殺しても死なないって本当ですかい」無法者らしい野卑な男の声だ。


「それを確かめるために、おまえを雇ったんじゃないか。あの女が不死人なら、その心臓を食べた者も不死を得られるという」


 レイラは寝藁にがばりと起きあがった。


「それで旦那は、あの女の血のしたたる心臓をレアで食べようってんですかい」


「バカ言え。不死人の心臓は霊薬であると同時に劇薬だとも聞く。本当に不死をえられるかわからないのに、そんな危険な毒見なんかできるか。おれは面白おかしい一生を平穏に過ごせればいい。それには金が必要だ」


 ハイランド王に、レイラの心臓を売りつけるのだという。


 冗談じゃない。心臓を抜かれたら、不死人だってさすがに生きかえれない。


 レイラは、月明かりの射しこむ床にそっと足を下ろした。


 にわかに四つ足を踏み鳴らしだしたシルエットが居並ぶ前を、レイラは静かに出口に向かう。窓の外の男に気づかれなければいい。レイラは高鳴る心臓を守るように両手をぎゅっとあてがった。


 厩舎の出口から踏みだしたところで、みすぼらしい身なりの男と鉢合わせた。男は麦わら帽子に、ツギをあてたチュニックとブラッカエ(長ズボン)の厩番らしい。


 レイラが逃げようとすると、厩番が大声をあげた。



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