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  旧ハイランド その7

 宮廷魔術師のギムレットは、主塔の見張りが城館の広間に飛びこんできたとき、玉座のそばにひかえていた。


 ハイランド王に不老不死の心臓が捧げられるのを阻止しようと、不死人の娘を、その父親が塔から突き落としたと知らせてきた。


 ハイランド王コロヌス2世が憤然と玉座から立ちあがった。


「それで不死人はどうした? 死んだのか」


「陛下、案ずることはございません」ギムレットは王に寄りそった。「陛下の生誕祭がもよおされる明日には、不死人はよみがえっております」


「こんな事態が出来(しゅったい)すれば、もはや待てん。いますぐ、その女の心臓を抜きとって調理し、予の食卓の膳に饗じるのだ。よいな」


「御意のとおりに」ギムレットは引きさがった。


 王がいったん決めたら、なにを言っても無駄だ。あの女の心臓を取りだすさい、首を折るなり、絞めるなりするだろう。その手間がはぶけたと思えば良い。


 不死人は何度殺してもよみがえってしまう。不老不死のもとになっている心臓を抜きとることで、その貴重な遺体が、今日にも手に入るのだ。最高の実験体になるだろうとギムレットは期待していた。


 長テーブルが広間に運ばれ、玉座の前に置かれた。一日前倒しの生誕祭だが、そのテーブル席には王しかついていなかった。広間に集まった兵士が、思い思いの場所でなりゆきを見守っている。


 兵士のなかには、不死人を提供した山羊髭の貴族と無法者もまざっていた。王が支払う莫大な代金に目のくらんだ顔を、2人は見合わせている。


 ほどなく、湯気を上げる心臓のステーキが木皿で給仕された。仏頂面で玉座にふんぞりかえっていた王だが、食事が饗されると、とたんに相好をくずした。ぶ厚い唇で舌なめずりをしている。


 ギムレットは、人間の心臓は本当にハートの形をしていたのかと驚いた。それとも、不死人の心臓は特別なのだろうか。


 ソースのかかった心臓のステーキに王がナイフを入れた。大人の拳ほどの大きさの肉片を、ほとんど噛まずに3口で平らげてしまった。


 にわかに王の表情が変わった。木皿をはねのけテーブルに突っ伏すと、そこからずり落ち、のどをおさえて床を転げまわりだした。王のまわりに兵士が殺到した。彼らは手をこまねき、主君の苦しむ様を見ているばかりだった。


「ギムレット殿。なんとかなりませんか」


 兵士につめ寄られ、宮廷魔術師として診断にあたってみた。


 王の脂汗を垂らした顔は青黒くなっていた。丸めた体を痙攣させ、苦しそうにあえいでいる。のどを詰まらせているのではないか。


 ギムレットは、王の背中を思いきり叩くよう兵士に命じた。


 兵士の腕力に、カールのかかった王の頭が前後に激しくゆさぶられる。症状は依然として変わらなかった。2分ほどで、兵士の叩く力に屈したように床にうつ伏した。5分経過すると、王の呼吸は止まった。


 ギムレットはハイランド王をあお向けにさせた。


 コロヌス2世は目を見開き、舌全体を口から飛びださせ、肌をどす黒く変色させていた。窒息、毒、中毒のいずれの症状にも見えた。


 ギムレットは、王の心音を確かめた。かすかに動いていた心臓も10分ほどたったころには、完全に止まってしまった。


 ギムレットはおもむろに立ちあがった。


「ハイランド王はお亡くなりになられた」


 これは一体どうしたことか、王になにがあったのか、と質問攻めにあった。


「不老不死の心臓は霊薬にも劇薬になる。陛下は毒死されたのだ」


 ギムレットはそう診断した。


 王宮広間は騒然となった。王の側近たちが、つぎの王になるのは誰かと早くも口論を始めていた。あらがう山羊髭の貴族と、無法者が兵士に取り押さえられ、王を毒殺したかどで連行されていく。


 そんな争いをしりめに、ギムレットは広間をあとにした。


 一階の厨房の土間に、不死人の女が裸のまま横たえられていた。その白く未成熟な胸の左側は赤黒くうつろだった。女の下半身には、彼女のものらしき白いチュニックがかけられていた。


 ギムレットは目をそむけ、料理人の大男を呼んだ。


 女の遺体に衣服を着させると、大男にその遺体の運搬を命じた。ギムレットは城館を出た。そのうしろを、女をかついだ大男がついて来る。


 岩山のなかの縦穴の口まで来ると、大男は明らかにおびえだした。高所恐怖症なのかもしれない。〈昇降石盤(レビテーションボード)〉に恐るおそる乗ってきた。石盤の台座が降下しだすと、大男から悲鳴があがった。


 ギムレットは洞窟の岩戸を開け、岩屋のなかに遺体を運びこませた。大男に戻っていいと言ったが、大男は退出しなかった。


「魔術師の旦那、帰り道が覚えられなかったもので」


 魔法の昇降機を1人で操作するのが怖いのだろう。ギムレットはうんざりしていたが、高所恐怖症の大男を、縦穴の口まで連れて行ってやった。


 岩戸に戻り、その内側にある隠しレバーで、一枚岩の仕かけを閉じた。


 これでようやく不死人の遺体と2人きりになれた。ギムレットは身内に暗い喜びがわきあがってくるのを感じた。


 ギムレットは、宮廷魔術師に奉職するため魔術師を名のっているが、本当は妖術師だった。呪文で魔力を集めて魔法を行使するより、よこしまな妖術で死者をよみがえらせる実験に執心していた。


 いままでも戦死者の死体で実験を続けてきた。いずれも失敗に終わっていた。いま手に入ったのは、不老不死の女の肉体だ。その心臓のあったうつろに生命をやどらせれば、かならずや生きかえらせるはずだ。


 ギムレットは、中空に浮いている丸い水槽を見上げた。その下に立って両腕を広げると、大きくなにかを回転させる仕草をはじめた。


 しだいに下りてきた水槽が、ごとりと岩場に横たわった。そのガラス球の、空中にはまっていた部分には、丸い穴があいていた。ギムレットは、女の死体をその穴から水槽内に押しこんだ。


 逆の手順で水槽を浮揚させ、もとあった場所にはめこんだ。岩屋の奥の浴槽では、岩壁から湧きだした水が、浴槽内でピンクの液体に変わってあふれだしている。


 ギムレットは浴槽に手を入れ、その底にはまった深紅の宝石を操作した。岩屋にうかんだ水槽に、みるみるピンクの液体が満たされていった。


 この球体は、空中の『魔力の場(マナフィールド)』に浮かんでいる限り、物理的ないかなる方法でも破壊できない。実験体を奪われないための、これは用心だった。


 これでよい。ギムレットは満足してうなずいた。あとは自分が開発した〈生命の水(ライフウォーター)〉の効果は待つばかりだ。


 何百人もの軍勢がハイランド城を攻めて来たと知らせをうけたのは、王の後継者選びでもめているさなかだった。統率者のいないハイランドは、城の防衛もままならず、反撃むなしく3日で落とされた。


 その間、ギムレットはずっと岩屋の実験室にこもっていた。


 重く鈍い音をたてて岩戸が開かれた。実験室にふみこんできた戦士は、中空に浮かぶ水槽に、ぎょっと足を止めた。


 20歳くらいの精悍な顔つきのその戦士は、サーコートの下に鎖帷子をまとい、長剣をはいている。サーコートには、『獅子と盾』の紋章が描かれていた。完全武装した何十人もの戦士が背後に従っているようだ。


 〈昇降石盤(レビテーションボード)〉の操作方法や、この岩屋の存在、岩戸を開く方法は、高所恐怖症の料理人が告げ口したのだろうとギムレットは思った。あの縦穴から突き落とすと脅せば、簡単に吐いたに違いない。


「われはレオグランだ。ハイランド城はわが手に落ちた。おまえは宮廷魔術師であろう。この隠れ場所でなにをしておる」


 ギムレットは、死者の蘇生だと正直に答えた。ハイランド城の陥落など、もはやどうでもよかった。実験を続けさせてくれることだけが望みだ。


 レオグランは興味をもってギムレットの話を聞いているようだった。


「よかろう。おまえはこの岩屋にこもって、その妖術を完成させろ。三度の食事は運んで来させよう。実験に成功したら、ただちに報告するのだ」


 レオグランが、岩壁の内側のレバーを兵士に壊させた。これで岩屋側から岩戸を開くことはできなくなった。妖術師ギムレットは、不死人の死体とともに、この場所に閉じこめられたのだ。


                  *


 レオグラン1世はハイランド城を拠点に、近隣の城をつぎつぎに落としていった。レオグラン2世の治世で、このあたり全域を治めた。それを期にハイランドの王城を、現在の場所に新たに建設し、ハイランド王国が成立した。


 捨てられた旧ハイランド城に注目が集まったのは、レオグラン6世の時代だった。城の背後の岩山に金鉱脈が見つかったのだ。そのとき、岩山に居住していたドワーフが、その地下に複雑な迷宮を造りあげていた。ハイランド軍はドワーフを追い出し、莫大な金脈を独り占めにした。


 法務長官のゲオ・トゥルグは、その鉱山を監獄にし、囚人に採掘させればいいと思いついた。岩山と岩山のあいだに巨大な魔法の障壁を建設し、バルゲート監獄はこうして出来上がったのだ。


 バルゲート監獄を整備しているさなか、岩壁の裏側に隠されていた岩屋が発見された。荒廃した岩屋のなかには、何百年も経過しているであろう人骨が、両手を大きく広げた形で見つかった。


 人骨の頭上には、大きな球状の水槽が浮かんでいた。水槽を満たしたピンクの液体のなかには、白髪を垂らした老婆が、しなびた体を丸めていた。老婆の保存状態は良好だったが、生きている兆候はなかった。


 この秘密の岩戸が、旧ハイランド時代のものだったとしたら、300年以上にわたって老婆が保存されていたことになる。いったい誰が、なんのためにそうしたのか。ゲオ・トゥルグは首をひねった。


 その水槽は破壊することも、浮いている場所から動かすこともできなかった。ゲオ・トゥルグは〈破砕(ブラスト)〉の魔法を試みようと考えたが、やめた。水槽を砕いてしまったら、この老婆を保存する方法がわからない。いっそ、このまま維持してこの岩屋を封印しようと決めた。


 妖婆の水槽がランドによって割られるのは、それから20数年後のことだ。



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