表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

6









『…え』


 予想していた痛みは中々バンに訪れない。

 戻ってきた雑音に、きつく閉じた瞼をおそるおそる開いてみる。

 そこには、自分ではない。

『誰…?』


 オーディの鎧、それも金色の鎧を纏った兵士がいた。

 なによりも驚くことに、少年を殺そうとした兵士の剣を、その金色の鎧を纏った兵士が受けていたのだ。

 金色の鎧は、位の高い人間が纏う色である。

 一体何が起きているのだろうか。

 少年は訝しがることしかできない。この不可解な状況は、幾ら少年が思考をあぐねてみたところで解けるようなものではなかったのだ。

 目を瞬かせつつも固唾を呑む。

 腰がぬけてしまったらしく、情けなくも地べたに座り込み顛末を見届けるしかなかった。

 その間にも、金色の鎧を纏った兵士はもう一方の兵士をなぎ倒していく。

 一太刀。

『あ…!』

 金色の兵士に剣が、かする。

 少年は竦みあがる思いをしたが、それは幸運にも兜を飛ばすだけですんだ。



 兜が取れたそこから、茶色い髪が光を零してはら落ちる。

 風を孕み翻る髪は長く、緩やかに波うっていた。

 頭を振りかぶり、金色の兵士は視界にかかっていたらしい、自身の髪を振り払った。



『…女の…子?』



 兜の下からでてきたのは信じがたいことではあるが、まだ年端もいかない少女であったのだ。

 自分と同い年か―あるいは幾つか年上か。少年は信じがたい光景に唖然とするばかりである。

 何度か目をこすってみたが夢ではない。見間違いでもなかった。

 対する少女は兜が取れたというのにも動揺を露にすることはなく、剣を悠然とした動作で構えなおす。

 容赦なく切り込まれる太刀筋を、少女は寸前のところで受け流す。

 柳のように流れる戦い方は優雅であり、幾分余裕があるようにも見受けられる。

 まるで演舞を見ているような気分になる。

 勝敗はもうついているようなものだった。

 加速していく剣の応酬。

 鋭い音とともに剣を弾いたかと思えば、片方の兵士が地べたに這いつくばっていた。

 敗北を喫したのは、案の定だ。

 今しがた少年を殺そうとしていた兵士だった。



『どういう…つもりで…すか?』


 困惑混じりの声音が問いかけた先には、金色の鎧を纏う少女の姿があった。

 投げかけられた質問に、けれど少女は答える様子はない。

『これは反逆と…とってよろしいのですか?』

 反逆。

 その言葉の意味はおろか、重みを少年は知っている。

 つむがれた台詞に少年が吃驚していると、ここに来てようやくだ。

 少女がおもむろに開口した。

『かまわない』

『…そうですか。なんて、馬鹿で、潔い人だ!』

『………』

『俺を、殺さなかったのがあなたの甘いところだ。このことは…報告させてもらいますよ』

 口元の血を拭いながら兵士は言う。

 微笑を浮かべる口唇は鮮血で紅を塗ったように赤く、ひどく歪んだ弧を描く様は見ていて戦慄するものがあった。

 よほど嬉しいのだろうか。腹を抱えて笑いふける彼の笑声は寄声に近い。暫し笑いがおさまることはなかった。一通り笑い終えたところで目尻に浮かぶ涙を指の腹で拭った兵士が、妙に芝居かかった仕草で頭を垂れた。

『ああ、嘆かわしい!我らが姫様!』

『…ふん』

 金色の鎧を纏った少女は、躊躇さえ見せない。いっそ潔いほどである。

 吐き捨てるようにつむぐ台詞の重みを知りながら、少女の瞳には一片の曇りもないのだ。

『きっとラカン様はお喜びになりますよ。ああ、めでたい日だ!』 

『だろうな………。分かったならとっとと、消えちまえ!』

 地面に飛ばされた兜を拾い上げたかと思うと、少女は兵士に向かって投げつけた。

 どこにその体力が残っていたのか。

 兵士は機敏な動きで身をひねると兜を避けた。

 まだ消え惜しむ様子があったが、ついには剣まで投げつけ憤慨する様子の少女に危機感を察したのだろう。

『次は死刑台で会いましょう』

 そう嘯くと煙の中へと足早に消えていった。

 一部始終を見届けた少年は、呆然とするしかなかった。

 それほどに、今起こったことは少年にとって不可解なことが多すぎたのだ。


『………なんだったんだ』




 薄気味悪い兵士が消えた方を釈然としない気持ちで見遣る少年に、声がかかったのは暫時の沈黙の後。

 ぶっきらぼうな、傲慢な響きを帯びた声音だ。

 自分とあまり年の離れていないだろう少女が、少年を見下ろしていた。

 栗色の髪の毛に、明るい太陽の色をした瞳。

 あの兵士に一太刀浴びせたとは到底思えない、華奢な少女の姿がそこにはあった。

 愛嬌のある面輪をしていた。への字になった形の唇は赤くすぼまれており、鼻筋も通っている。睫に縁取られた目は大きく、零れんばかりの瞳であった。

 欠点を挙げるならば、せっかくの整った顔の造作も無愛想な表情で幾分台無しになっているところだろう。

『おい、お前』

『あ…、』

 ありがとう、と言いかけた台詞は他でもない少女によって遮られてしまった。



 後頭部めがけて、少年を襲うのは衝撃というよりは激痛だ。

 殴られたのだと悟ったのは、その直後である。

『情けない!』

『いってえー…』

『死にたくないと思うなら、最後まで諦めるな!死にたくないと叫んだだろう!お前なんてこっちだって助けたくなかったのに!…くそっ』

 怒気はらむ少女が、少年を一喝する。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ