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見渡す限りの死体。死体だ。人間だった者たちの残骸が、累々と列をなして横たわっていた。
今回の戦争が、尋常ではないことを女は知っていた。
だが、まさかここまでのものとは。
甲冑の形とその表面に刻まれた文様から考えて、無残に転がっている死体の半数以上がアースタの兵士達だろう。オーディの死体も伺えたが、やはりアースタ兵士の多さは一目瞭然だった。
だが双方の国で共通しているものが唯一あった。どちらの死体に対しても言えることは一概にして体のどこかしらに火傷を負っているということであった。ひどいものでは身体の半身にまで火傷が達しているものがある。
荒れ地の、焼け跡具合からみても戦争の際に火の手が上げられたのは明らかであった。火の手は一瞬にして辺りを包み、敵味方関係なく全てを呑みこんだのだろう。凄まじいものだったに違いない。
焼け焦げた死体の数々。皮膚はただれ、焼け落ち、どす黒く変色している。苦痛や恐怖のあまり歪んだ表情のまま亡くなってしまった者もいる。死体のどれもが、戦争のすさまじさを物語っていた。
「……」
もう終わったはずの凄惨な光景がありありと女の目に浮かんだ。胸の悪くなる想像を女はかぶりを振って、意識から払拭する。
「…誰か生き残った奴はおらぬのか」
そう願いこそしたものの、この惨状だ。生きている者がいた方が奇跡に近い。
期待はできないと判断し、女は戦場の跡地を華奢な足で歩く。
視界はすこぶる悪い。
鼻につくのは異臭だ。
腐臭にも似た臭いは―――あまりに強い。
腐らせただけでは漂わないであろう、言い表すことができない臭いが辺りにはたちこめており、女の嗅覚を狂わせた。
臭いに誘われてか、集まった鳶が腐乱した死体を貪り食っている。
一般人なら卒倒してもおかしくない場において、女が冷静でいられるのはやはり、彼女が只者ではないからだろう。
彼女の名前は、アナスタシア。
コウガの血縁者にあたる。
彼女の燃えるように赤い緋焔の髪こそが、なによりの証拠だ。
「ティーティ…あやつめ……あとで覚えていろ」
鬼気迫る女が、さながら呪詛を唱えるかのように呟いた。なまじ顔がいいだけに、彼女の怒りを仄めかす面輪には真に迫るものがあった。
だが愚痴を言ったところで事態が変わるわけではない。どうあがいたところで女は今の状況から逃げ出すことはできなかった。
『助けてくれ!…誰か』
『苦しい…苦しいよ…』
『いやだ死にたくない…!』
四方から女を攻め立てる声音は、おさまることを知らない。
それは耳ではない。
女の脳裏に幾重にも重なって直接訴えかけてくるものであった。
そう、女には死者の声を聞ける力があったのだ。
死者の集まるこの場において、女の持つ力は重宝される。
何の因果からか、そのため彼女は諜報員として頻繁に死者が集う場所に駆り出されることが多かった。
情報を収集する際には確かに役に立つ力ではあったが、反面それが仇にもなることを知るものは少ない。
女にはそれがはがゆかった。
「うるさい…」
この一言に尽きた。
女の能力に欠点があるとしたらまさに、これだ。
理性のある霊ならまだしも、戦場の跡地は自我を失った霊の溜り場であった。それは戦争という場において、自分が死んだと認識する前に命を落とした者が多いからかもしれない。
とにかく自我を失った霊との接触は、はっきりいって会話にはならなかった。
自分の欲望や、後悔、苦しみを口にする彼らは、女が口をはさむ隙を一切与えてくれなかった。
聞き役に回ることもしばしばあるほどだ。
それも仕方がないことだと分かっている。分かっているが、もどかしいことこの上ない。
めぼしい情報は得られず、事態は膠着のままだ。時間だけが無為に過ぎ、結局ここまできてしまった。
(…そろそろ引き上げるか)
半ば諦めかけていた矢先のことである。
女を呼び止めるひとつの声音が、あった。
『…待ってくれ…』