聖女の怒り
連れて行かれたのは来賓用の客室の一室。
待ち構えていたのは黒髪に浅黒い肌、ぎょろりとした目のずんぐりと太った50代中頃の中年男性。
鮮やかな布を肩からかける民族衣装を着たその男には見覚えがあった。
やはり先ほどの祝典で長ったらしい祝辞を述べていたうちの他国の外交官の一人だ。
「お待ちしておりましたよ、聖女様。どうぞ、そちらにお掛けください」
男にうながされるままにテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰かける。
聖女をこの部屋に案内してきた背の高い男は、主人と思われるその男の後ろに並び立つ。
入ってきた扉には男が連れてきたと思われる護衛が二人。
無力な女性が一人で対峙するには分が悪い。
「突然のお呼び出しで驚きましたわ。そちらの国では先触れの文化はないのでしょうか?」
サラはこの国では元伯爵家令嬢。現公爵子息夫人という身分。
だが、神殿に所属している聖女でもある。
神殿は国とは別の独立した組織である。
自国ではその出自において身分制度に忖度されるものの、聖女とは元々一国の王や首脳とも立場としては変わらないほどの高位にある。
その聖女に対して脅すような手段で呼び出しをするとは、なんたる不敬。
「それとも、先触れを出す時間もないほどの緊急の御用でしょうか?」
サラはこめかみに青筋を浮かべながらキレイな作り笑顔を浮かべた。
「聖女様もご存じかとは思いますが、我が国は雨量が少なく、作物が非常に育ちにくい。そこで、聖女様にお力添えいただけないかと思いましてね」
サラの嫌味を完全にスルーして、男はニコニコと話をする。
「どちらの国でもそれぞれのお悩みはあることでしょう。わたしは神殿に属する身。ご要請に関しては神殿を通してくださいませ」
どこの国にも神殿はあり、聖女はそこに所属している。
サラも自国の中央神殿の所属で、自国の王家からの依頼でも神殿を通して受けることになる。
国は違えど神殿を通して横の繋がりはあり、他国の神殿からでも要請があれば依頼を受けることもあるのだ。
目の前の男の国にももちろん神殿はあり、聖女も数は多くないが所属しているはずである。
大陸で一番と謳われる聖女サラを自国に招きたいだけ、というのは実はよくあることであった。
「時に聖女様は最近ご結婚されたとか?」
さっきから会話が微妙に合わないんですけどっ!?
サラはなんとか笑顔、といえるギリギリの表情だ。
目は細められ、口元は弧を描いているが、笑っている、とはいえないかもしれない。
「それがどうかしましたか?」
お祝いの言葉くらい言いなさいよ!!
「なんでも見目麗しい子息様を見初めて、元々整っていた婚約を破棄させてまで手に入れたとか?」
ドヤ顔してくるけど、全然違うからっ!!
婚約破棄されたらしいジュリス様と結婚しろって王様から言われたの!!
見目麗しいは合ってるけどね!!ていうか超絶麗しいね!!
婚約者の国に留学していたジュリスはいずれ婚約者を自国に連れて戻り公爵家を継ぐ予定であったが、その婚約者に突然婚約を破棄され、留学も切り上げて帰国したと聞いている。
しかし世間では聖女サラがジュリスの見た目にほれ込んで略奪したと思われているのか。
結婚式の日までジュリス様のことお見掛けしたことすら無かったというのに。
というか他国でまでジュリス様の美しさって知られてるの!?
皆さまお目が高い!!
「お気に入りの旦那様に傷でもついたら大変ですなぁ」
下卑た笑みを浮かべながら、男はチラリと後ろを見やる。
奥に続くドアから男の部下と思われる騎士に連れられてきたのは手を後ろで縛られたサラの夫、ジュリスであった。
こんな時だけど、今日はジュリス様と一緒に王城に来たのに、帰りは神殿の馬車で帰宅しようとしていたわ。
ジュリス様は一緒に帰るつもりだったのかしら?
サラは突然のジュリスの登場に見当違いなことを考えてしまう。
サラは驚いて言葉も出ないと勘違いした外交官の男はニヤニヤして交渉してくる。
「聖女様が自分から我が国へ来たいとおっしゃってくだされば、神殿も頷くほかないでしょう。いかがされますか?」
ジュリスは手を拘束されているだけで、自分の足で歩いて入室してきたのだが、足取りはふらついているし、顔色もおかしい。
真っ赤な顔をし、だらだらと汗を流している。
高熱に侵されている時の様に目は潤んで色気が溢れ出ている。
汗で前髪が額に貼りつき、これまた色気が加算されている。
「すまない、俺のせいで迷惑をかけて……」
目が合ったジュリスは苦しそうな呼吸ながらもサラへと謝罪の言葉を口にする。
聖女欲しさに夫を誘拐。さらに何か薬まで盛っているようだ。
サラの怒りは沸点に達した。
「ジュリス様に、なにしてんのよーーーー!!!!」
ぶわり、サラを中心に辺り一面まばゆい光に包まれ、束の間、なにも見えなくなる。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
評価、ブックマークもとても嬉しいです。