ソファの上で
寧々はふっと息をついて色彩検定の公式テキストをテーブルへほっぽりだし、抱えていた膝をといて一気に脚をのばしながらこっそり後ろを振り返ると、彼はソファへ身を預けたまますやすやしている。
右へと傾いてそのまま落っこちそうな危うい頭をきちっと縦に直してやりたいような気がするものの、こくりこくりとリズムを打つさまが微笑ましくて、ずっとそのさまを独占したいと思う。
それから静かに姿勢をかえてソファに左肘をつき、まるめた拳に左のほっぺを載せてみあげるうち、たまらず湧き出すいたずら心の抑えきれぬままにそっと立って彼のそばに身を寄せると、左の中指をぴんと伸ばしながらその頭をもとへ戻してあげようとしたところで、にわかに思いとどまり、自分もソファへもたれて目をつむってみた。
そう易々と眠気がおとずれるはずもなく、寧々はすぐに飽きると共に目をパチパチさせて足をぶらぶらさせる間もなく先程捨て置いたテキストが目にとまると、表紙にグラデーションされた英語の略称の諧調に見入るや否やたちまち先達てながめていた色相環がぼんやり浮かび、その三時半ごろの方角にみとめた青緑色を拡大させてふわりと脳裏に映すうち次第に心も落ち着いてくる。
そのまま彼へ肩を寄せて目をとじると今度はすぐさまうとうとしかけた折から、みしりとソファが打ち鳴り、寧々はおもむろに瞼をひらきながらそちらを向きかけたところで、ずいとほっぺを突かれた。
えっ、と唱えたつもりが、「ゔっ」と反響した自分の声音に意表をつかれたものの、すぐに気を取り直して、なおそちらを向こうとすると、頑なな指先がそれを許さない。
人さし指を一層押しつけてあちらを向かせようとするのに、寧々はだんだん可笑しくなってくると共に一転そのやりくちに乗ったふりで諦めたのを装いわざと横ざまに倒れながらくるりと身を翻して突っ伏した。
うつ伏しながらさらなるじゃれ合いを期待するままに無言をつらぬく寧々をよそに、依然ひっそりしているので、なお静かに待ちくたびれそうな矢先、かすかに響いた衣擦れを潮に、足をパタパタしてみたそばからぎゅっと足首を取り押さえられるや否や足裏をくすぐられ、寧々は無論耐えきれぬままに足をふりほどきながらくるりと身を表に翻すが早いかぬっと迫り来る愛しの顔にぽっと熱くなり胸はずませながらぷいと横をむいてはみるものの、知らぬうちに生け捕られた両手首を最早ふりほどけるわけもなく、思わず力んだ両こぶしをぐっと握りしめながら静かに瞼を閉じた折から、ふっと手首の締まりがとけて、寧々はもうこの先の予感に高鳴りつつなおも瞼のあかりごしに眼前の模様を夢見るうちそっと開いてみると、じっとこちらを見下ろす彼の手のひらが静かにあらわれて頬へのびてきた。
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