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ウラオモテ

何年か前に書いた話を手直しした。part2

課題でかいたときは5000字という縛りがあったけれど、少し手直しするだけのはずが倍になり、投稿予定日から1週間がかかったという。

もはや新作なのでは。

恋愛ものは苦手なんじゃ。

 1

 

 僕はネガティブな所がある。それは自覚しているのだ。それはそれとして、僕のこの殺意にも似た怒りはどこに放り投げれば良いだろうか。

 この学級はクラスカーストが上から下まではっきりしている。

 クラスの中にはいくつかグループがあるだろう。仲が良くて良いことだが、得てしてグループ内でもグループ間でも上下があるものだ。三角形の頂点に君臨するのは、いわゆる陽キャの内、高学力の数人。

 要するに学校において最も必要とされる能力。コミュニケーション力、学力、最後に運動能力の順番で、分類されている訳である。

 つまるところ、社会で評価されない能力や知識を持ついわゆる、オタクのような人間の立ち位置は低くなるのである。

 別にそれなりのコミュニケーション力があれば、オタクだろうとカースト上位に存在している事もあるので、総合点が高ければ問題無いらしいが。

 当然、真正のはぐれものである僕は、カースト最下位。それが僕の立ち位置だ。

 ある意味、とあるグループに人気者な訳だが、全く忌々しい。

 はぐれ者なのに、人気者とは如何なものかと思ったなら少し待って欲しい。

 グループでの団結を高める最大の要因とは何だと思う。これが分かればぼっちの君も輪の中の一人だ。

 答えは簡単。苦労を共にした()()、苦難を協力して切り抜けた、大いに結構。そして何より、他人の不幸を笑えば良い。共通の敵を見つけた団体ほど、結束を強くする。

 もう分かっただろう。笑われる側に回れば、3秒で輪の中だ。

 それが僕だった。

 カースト()下位とは被虐の象徴である。

 まあ、普段は困るほどでもない。

 その、特段が今だった。

 高等学校、最大のイベント、修学旅行。その班決めからして気分が悪い。

 些細なことをと思っただろう。たかが行事で大げさな、と。何、1から解説しようじゃないか。僕の扱いがいかに残酷か。

 まず、カースト上位がグループを作っていく。そして、その動きがいくらかおとなしくなったところで、カースト中位、下位と続く。本来、僕が収まるべきだったのは、そんな下位の次、個人主義の番外達の寄せ集めグループになるはずだった。散々クラスが盛り上がった後の、空欄埋めのはずだった。

 それがどうだ、「ほかのグループの人とは同じ班になりたくないから、空気のお前が入れ」だぁ。もちろん殺意を覚えつつ、二つ返事で了承したとも。ここでごねるのは最悪手、彼らの気分が良い内に、空気になるに限るからな。

 それの何が問題なのかって。見ろよ。僕の他には女女女女女。

 役得だとか言う馬鹿もいる。その言葉に、どんな感情が込められているのかは、僕の感受性に問題があって、私が自意識過剰だという可能性は捨てきれないとも思うが、確定的に悪意や敵意を満載だ。

「なんてこった、コレじゃあハーレムって奴じゃないか。君もすみに置けないねぇ」ってか。馬鹿を言え。

 仲良し5人組にプラスワンが、敵対グループないし、関係の薄い、女じゃなくて、僕の理由を考えて見ろ。答えはもう出ているだろう。僕は空気であることを求められているんだ。影ですらない。存在しないことを、僕は求められている。

 その視線は気持ち悪いしそんな目で見ている奴ら全て地獄に今すぐ落ちて欲しい。

 僕にとっては今が地獄であるが。

 奴らは一度、僕の位置に立ってみるべきなのだ。役得どころか、雑用という名の班長という役職に就き、その班員は班長の話など聞きもしない。汚物でも見るような目でおまえは一番下だと訴えかけてくる惨状だ。

 この僕ですら、

 

『この他人を下に置かなければ気が収まらないクズどもが』

 

 と声に出したくなるほど苛立っているのだから、君たちではまず耐えられまい。

 会議は踊りすらせず、班長には何を言っているのかわからない雑談6割、班長にもわかる雑談2割、班長にはあまりにグロテスクなガールズトークが2割。ええ、もちろん僕が10分で偽装計画を立てておきましたとも。さす僕。何せ善人であるからにして。クソが。

 休み時間を返上しつつ、完成させたとも。謎の言語を扱う者どもの意見の内、どこを汲むか考えなければならんのだからままならない。彼女らの意見を汲む姿勢を見せつつも、本筋は自分で考えて、なおかつ多分に遊びと言い訳の余地を入れておくのが肝だ。

 どうせ君たち計画なんか守らないのに、口を出す必要がありますか。ありますかあぁ。

 コホン。

 表面上、相槌を打つ機械と化した僕は、裏で地雷処理をしつつ、内心、怒りで暴発寸前である。

 お前が地雷になっているって。やかましいわ。

 後々、目撃者の一人に聞いたところによると、授業が終わったころには、いけ好かない余裕面が一変して、この世の終わりのような顔をしていたとかなんとか。この程度で、怒りが表面に出るとは。僕もまだまだだったか。

 もっと、擬態しなきゃね。

 何故、そのような回想にふけっていたのかといえば、今がその修学旅行の真っ最中であり、この女だらけの班を断らなかった事を少しばかり後悔しているからである。

 今の僕は一人の女の子と二人きり。

 さて、他の5人はどこに行ったのだろう。


「誰でも良い。誰か教えてくれ、頼むから」

 

 僕たちは、各々、買い物をしていたはずなのだけれど。認めよう、僕だって一生に一度の修学旅行。いや人によっては2回だったり、3回だったりあるかもしれないが。少しぐらい楽しみたかったのだ。

 どうせ女性陣は、どこにでもあるような服屋に入ってからしばらく出てきやしない。おしゃれな喫茶雑貨店を少し覗いただけなのだけれど、僅かな隙ではぐれたらしい。

 悪夢だ。

 集合地点もとい回収地点に居たのは一人だけ。

 悪夢だ。


 さて、現実逃避しようにも怒りの燃料を再確認しただけに終わった回想を終えたところ、この世の終わりのような気分なわけだが。

 

「これが一人きりだったら、怒りを怒りのままに吐き出すことも出来たけど、さすがにクラスメイトが居るのではね。迂闊に本性を漏らすわけには」


「何をぼそぼそと話しているの。気持ち悪い」


「何でも無いよ」


 おっと、笑顔笑顔。

 激流のような感情を、どうにかしなければならないけれど。ふー、冷静。テイクイージー。イージー。

 結局のところ修正することが重要だ。そうすれば落ち着ける。

 しかし。

 この子、何て名前だっただろうか。

 うーん。分からない。分からないぞ。分からない。

 僕が名前を覚えている人の方が珍しいけれど、同じクラスの同じ班で二人きり、初めましてお名前は何でした。ない。ない。そんな事を聞いてしまっては、品性を疑われてしまう。

 何、彼女はとても分かりやすいキャラクターをしている。

 カースト区分からすれば中の上。容姿だけならば、カースト最上位に匹敵する。それが何故、上位女子グループのおまけをやっているのか、性格が悪いからに他ならない。おまけのおまけたる僕からすれば、容姿だけで良い身分だと文句の1つも言いたいところだけれど、顔の形を覚えているぐらいには美人だった。

 欲情しているくせに、名前も覚えていないのかって。どんなにお気に入りの鉛筆でも、鉛筆は鉛筆だろう。鉛筆に名前なんかつけないはずだ。同じデザインの鉛筆が2つ揃えば、入れ替えたって分かりゃしないだろう。

 鉛筆も人も僕に取っては変わらない。

 ウソウソ。もちろん順番が逆だとも。僕には人がデザインが違う鉛筆にしか見えない。だから、名前が覚えられなかった。

 彼女は、僕を班にねじ込んだ主犯達と違い、僕に厄介事を押しつけることは少ない。話しかけでもしよう者なら口汚く罵られ、少し笑顔が引きつるかもしれないけれど、他の女と比べるといくらかまともな人に見えていた。

 少し前に彼女と同じ電車に乗り合わせたことがある。多分。彼女は電車で厄介な老人に絡まれていた。その失礼な態度の老人を、分け隔てなく罵っていた。嫌失礼じゃない老人も罵るのが彼女なのかもしれないけれど、ひとしきり罵った後にしっかりと席を譲って、心を折り座らせていたのだった。

 改めて強烈なキャラクターだ。

 名前は覚えられないが。

 何なら、制服を着ていなかったら、町中であっても誰か分からないかもしれない。

 あと少しで名前が降ってきそうなのだが。


「よし。だいぶ頭が冷えてきたよ」

 

 目下、問題は名前じゃない。

 一つははぐれクラスメイトと合流する必要があること。比率からしてはぐれているのはこちらな気もするが、彼女らが僕からはぐれたのだ。高経験値の敵は一杯いる方が嬉しいし。敵ィ……

 二つ目ははぐれた人がまとまって行動しているとは限らないこと。何せ奴らは低確率エンカ。鎖で繋がなかったが為に、5分でいなくなるようなカス共だ。どこまでも拡散するやもしれん。拡散。拡散か。女どものSNS、知らないねえ。痕跡を残してくれそうなツールはあるけど知らないねえ、アカウント。

 爆発四散しねえかな。

 三つ目ははぐれた人の居場所どころか痕跡すら心当たりがないこと。

 この三つといったところだろう。ついでにこれを解消するために連絡を取る手段が僕にはないこと。

 こんなことなら、一人ぐらい仲良く(洗脳)しておくべきだったか。

 洗脳なんて善人のやることじゃないから却下。

 

「君、携帯とか持ってないの。スマホ。君なら彼女らの連絡先とか、一つぐらい知ってるでしょ。連絡して欲しいのだけれど」

 

「スマホ。持ってない。先生がもってきたらだめだっていってたじゃない、馬鹿なの」

 

 何という正論パンチ。

 どうにも真面目な子らしい。普段の彼女らの様子からから、攻撃的な一面から、今です携帯ぐらい持っていると思っていたけれど。

 素直にごめん。君はもっとやさぐれた人だと思っていた。てか、スマホ禁止とか、守る人、居るんだ。けど、今は持っていてほしかった。今僕に向けている攻撃性を、反骨心を欠片でも先生に向けて欲しかった。

 スマホという現代人の魂を手放さないでいて欲しかった。

 はあ。


「うん、そうだよね。もってないよね。変なことを聞いてごめん。悪かったよ」

 

 あらためて周囲を観察する。森で足跡だの、パンのクズだのを探すなんて、都会じゃ不可能。何せ相手に痕跡を残すなんて意思はどうせない。ヘンゼルよりも頭が悪い、女達だ。

 携帯がないなら脚で探すしかない。

 周囲は人しか見えず、その中に制服姿は見当たらなかった。

 さすが東京。町そのものが迷宮のようだ。

 なに、観察するというのは周囲の人混みではなく、周囲にある建物だ。彼女たちが行きそうな所、看板、マスコット。

 彼女たちの計画には具体的目的地はないはず。自分で生きたいと言っていた場所を僕に聞いてくるぐらいだ。場当たりで行き先を決めてしまったのだと思うんだが。


「そんなにキョロキョロしないでよ。職質でもされたらどうするの」


「そうだね。あまり不審者然としていると、良くないね」


 クソが。てめえも探すんだよ。

 ダメだ、関わりがなさ過ぎて全然思考がトレースできない。というか東京人多すぎだろう。


「はぐれる前までは、君も他の子達と。おっと、他の班員とも一緒だったんだろう。行き先に心当たりはないかい」


「さあ。知らないわ。知ってたら初めから言っているもの。察しが悪い」


 ああ思い出した。名前は確か、えっと、ひろ、広瀬さんだったか。

 しかしこう見ると本当に魅力のない。美人ではあるが、常に表情が不細工だ。

 

「そんな目で見たって、何も出ないって。あなたは、スマホ持ってないわけ」

 

 察しが悪いな。

 

「持ってきてるよ。当然持ってきている。けどさ、ここにいない誰か一人にでも友好があって、誰か一人でも連絡先があれば良かったけれど、僕は当然そんな人はいないものだからまるで役に立たないのさ。ごめんね」


「そう。使えないのね」

 

「んん。まあ……。予定から大きく外れるような順路をとるとは思えないし。最悪ホテルの前で待っていればなんとかなると思うけど」

 

 知り合い以下の関係である、僕に悪意むき出しなあたりなんというか。いっそ清々しい。もちろんむかつくけど。

 広瀬さんは、特に別の意見がないようで、何も話さない。

 全く、話していなくても話していても、気分が下がる。

 素が漏れ出そうになる。

 

「それじゃあ、先回りして次の店のとこにいこうか」

 

「そうね、それが良いわ。案内しなさい」

 

 前言撤回だ。清々しいなんてとんでもない。この女は、僕の素と同じぐらいの邪悪だろうよ。一度犯して捨ててやる。そうなれば良い。別に興味ないな。勝手に犯され、捨てられ、ぶん殴られてしまえば良いのに。


「僕たちがはぐれるといけないから、ぴったりついてきてよ。じゃなきゃどっちがはぐれたんだか分からない」


 人数比からして、どう見てもはぐれているのは僕たちの方なのだけれど、それは口に出さないでおきたい。


「何言っているの。私たちの方がはぐれているのに決まっているじゃない」


 うん。そうだね。

 


「しっかし、どこに行ったのだろうか。全然見当たらないね」

 

「先回りしたら合流できると言ったのはあなたでしょう、なんとかしなさいよ」


 君も同意していなかったかね。

 僕たち二人は声や蝉の鳴き声の騒がしい通りを迷いつつも歩き続けていた。というのも店に先回りしたものの、合流することはできずにいる。

 疲労で足を止めて休憩したいがどうにも、そうは行かなかった。そんな熱心なイメージはない広瀬さんだが、休憩もせずに探しっぱなしなものだから、こちらも休憩できずにいた。

 

「こっちは蝉が騒がしいし、本当に熱いね。都会だって言うのに。そろそろ休憩しないかな」

 

「あなた一人でしてなさい。東京と言っても、ほら、アレみたいに公園はそれなりにあるのよ。自然保護だの、憩いの場だの、どれだけ意味があって、どれだけ本当だか知らないけど」


 まあ、コンクリートジャングルに、1本2本、木があるだけで、自然を保護している気持ちになっている人なんて一人も居ないだろうけれど。別に良いのではないかな。丁度冷房の効いた最寄りの喫茶店なんて知らない僕達としては、貧乏学生らしく木陰のベンチがお似合いだ。

 それに灰色一色というのも気が滅入る。


「それにしても、なんで誰の連絡先も知らないのよ。それスマホを持っている意味ある」


「それは。僕は普段君たちと良く遊んでいる訳じゃないからね。グループというか、カーストというか。何でか交流は沢山あるけど」


「ああ、まあそれは亜美ちゃんが悪いというか、何というか。というか、SNSのクラスグループに入っていたら、関係なくない。そういえば、亜美ちゃんも、班のグループチャットに誘ったけど断られたって聞いたけど」


 だっておっかないし。ただでさえ何かとパシリをやらされているのに、これ以上命令されていてはたまったものじゃない。断れば良いだけかもしれないけれど、僕の善人像から少し離れる。

 今に思えば、すんなりと誘いを承諾した方が、善人らしかったか。しまった、本当に彼女たちと関わるのが嫌だったらしい。

 しかし、誰だろう。アミ。

 

「そういえば。班決めのとき誘いにきてくれたのって君だよね」

 

「そうね。亜美ちゃんが自分で誘えないって言うから仕方なく、本当はあなたなんて入れたくなかったわ」

 

「そう。それは申し訳ない。けど、その後も、計画考えるとき。少しだけ手伝ってくれなかったけ」

 

「ええ。感謝しなさい」

 

「ありがとうね。助かったよ」

 

 ……。

 

 さっきからこんな調子で歩きっぱなしで説得しても休憩しない、話も一切弾まない、熱い、そんな地獄の空気の中かれこれ1~2時間こんな調子だった。

 これだけ歩き回って、何故か一切進展無し。疲れだけがたまっていく。もう、たまたますれ違ったという線はないだろう。向こうに意図的に避けられているか、もしくは事前に決めたルートを完全に無視しているか。

 彼女たちがおとなしくルート通りに進んでいるとは端から思っていなかったが、まさか全く守らないとは。

 正直なところ、もう僕は教師に連絡するだけして諦めたかった。広瀬さんの手前できないが。後々恨まれるとしても、彼女たちをトラブルにならないうちに回収して貰った方が善人らしく。そして心から疲れ切っていた。

 そろそろ本格的に説得して、せめて休憩だけでもと思っていたそのとき、視界から広瀬さんの姿が消えて歩みを緩める。

 

「いっつ」

 

 声にならない声が聞こえた。惰性で前に出していた足が反射的に止まる。またトラブルかと引きつった顔になりそうになるが、それ以上に驚きの方が勝った。

 

「大丈夫、どうした」

 

 いそいで広瀬さんに駆け寄る。

 自分でも驚くほどクオリティーが高い、誰かを心から心配したような声が出ていた。返事はないが苦しそうな声が聞こえる。かがみ込み足を触りしきりに気にしているようだ。

 

「脚をつったの」

 

 こくりと頷く。

 

「肩貸すから、あそこの公園まで行こう」

 

 広瀬さんは心底嫌そうだったけれど、さすがに道の真ん中でうずくまっているのは問題だろう。

 半分抱えるように、なんとか木陰のベンチまで行く。一先ず、彼女を座らせるが、足をつっただけとは思えない冷や汗のようなものをかいていた。

 あれだけ炎天下に歩いていたのだ。相当疲れているのだろう。足をつるのも当然だ。


「何か飲み物を買ってくるよ。広瀬さんはなにが良い」


「要らないわ」


「そう。分かった」


 暑かろうに、飲み物ぐらい飲めば良いと思うが、人に飲み物を貰うのは嫌なのだろうか。どこまでもプライドが高いというか何というか。

 水を買って戻ってくると。広瀬さんはひとつ離れた日向のベンチに移っていた。それほどまでに僕と隣り合わせは嫌か。まあ、確かに恋人のような距離感は嫌な人は嫌なものだろう。特に、僕のような人と隣りが嫌だというのはよく分かる。

 ただ地元ならともかく、こんな離れた所で誰が見ているわけでもなく、そこまで気にする必要があるのだろうか。

 有るのだろうな。


「しばらく休もうか。これだけ暑いと僕まで倒れてしまいそうだよ」


「そうね」


 良かった。すぐに移動しようなどと言い始めたら、さすがの僕も口が荒くなってしまう。何よりしばらくは日陰から出たくない。

 この暑さも、エアコンの廃熱みたいな生活廃熱からなるものだっていうからものすごい。ヒートアイランドとか言ったっけ。同じコンクリとアスファルトの地面だっていうのに、全然違う。

 買ってきた500 mlと少しの水を、一息に飲み干して。これからどうしようかと考え始めた。


「もう、ホテルまで行ってしまおうか。刊行出来ないのは残念だけど、明日まで教師達の怒りを買うのは御免被るし」


「そうね」


「それかホテルの前で見張っていようか。彼女たちを最後に捕らえて、何食わぬ顔でホテルに入るとか。もし時間内に彼女たちが帰って来ると困ってしまうけど」


「そうね」


「広瀬さん」


 返事がない。一瞬、僕に返事をするのも嫌になってしまったのかと思ったけれど。どうやらそうではないらしい。

 広瀬さんは息も荒げ、目を瞑って、揺すってもピクリとも反応しない。明らかに足をつっただけではない反応に、何事かと困惑する。

 ただでさえ滅茶苦茶だって言うのに、一体、何なんだ。

 僕だって目眩がするが、そのままとはいかない。

 とりあえず、広瀬さんを僕が座っていた日陰のベンチへと抱き上げて運ぶ。

 気を失った人は、どうしてこんなにも重いんだか。

 彼女がいたがっていたのは、足だったはずだ。靴を脱がして、更にその下。湿った靴下を引っぺがした。

 客観的に見られると変態のようで、見方によっては犯罪現場だが気がつかなかったことにしておこう。

 ていうか、なんでこんなことをしなければならないのだか。僕が好んでやっているとでも。厄日か。厄日って奴か。今日はいったいなんなんだ。

 足と靴下にはべったりと血がついていて、どうやらかなり靴擦れしているらしい。血豆も出来て、歩き慣れていない足で、こう歩き回ったからだろう。全く、性格的に、すぐに諦め座り込んでもおかしくないだろうに。

 余計な手間を増やしてくれる。

 見るからに痛そうで、やせ我慢して休憩せずに歩き続けていたのは、馬鹿かという感想しかわかない。それで倒れてしまったら意味がないだろう。

 ただ、足にそれ以外の外傷は無い。とすると、この症状はあれか。

 

「まっててよ」

 

 近くのコンビニに駆け込んで、買い物籠にものを詰め込む。どこにでもコンビニがあるのはさすが都会だけれど、代わりに財布が軽くなるぞ、クソッタレ。

 急いでベンチに戻ってきた。コンビニに走って行ってきただけだから、たいした時間ではないはずだが、容態だけに焦りが勝る。

 

「ほら、これ飲んで」

 

 買ってきた経口補水液を強引に口に含ませ、ベンチに横にする。

 シャツのリボンをほどき、ボタンを当たり障りないうちで外した。足はさっきので既に裸だし、これ以上は外では不味いだろう。後で同級生に刺されたくないし。

 氷を包み、水に濡らしたタオルをスカートの中。股や、腋、首筋に巻き付ける。拳のひとつでも飛んでくるかと思ったが、少し表情が柔らかくなっていた。

 こうして見るとスタイルも良いよな。正確はゴミだが。なんで性格を完璧に擬態した僕がパシリで、この娘がグループの一員なのだか。嫌、僕が気がついていないだけでこの子も少し彼女たちとはなじめていないのだろうか。現に置き去りにされている訳だし。

 後は、傷口だ。コットンで血や諸々を拭き取り、絆創膏を当てておく。なぜ大きい絆創膏はコンビニではこんなにも高いのか。

 これで熱中症が治れば、また歩けるだろう。最悪、僕が肩を貸せば良い。お姫様抱っこももういいし、おんぶだけは勘弁だ。

 つった足はそのうち治るだろう。

 僕が伸ばせばすぐに治るだろうけれど、痛そうでかわいそうなので放っておく。どうせ、気分が良くなるまで、しばらくかかるだろうし。急ぐことは無い。何せ、初めから観光は引き上げるつもりだったのだ。時間はまだまだある。


「しっかし、暑い中歩きつづけて、靴擦れし、熱中症になり。そして脚もつった訳か」

  

 馬鹿女が。これ下手すりゃ、倒れて病院行きだ。手間をかけさせるなよ。

 

「だいじょうぶかい」

 

 返事はなかった。よく見ると、人の膝を枕にすやすやと寝ているらしい。気絶とかじゃなくて良かったが。

 

「厄日だ。なんなんだ、どいつもこいつもふざけやがって、いっそ死ね。勝手死ね」

 

 しばらく悪態をついていたが、その声に周囲のひとが露骨に避けていくだけで、広瀬さんが目を覚ましたのは1時間後の事である。


 3

 

 僕は今現在、女の子に無言でジトーとにらまれていた。

 なんだぁ、その目は。誰が助けてやったと思っているんだ。ぶん殴るぞ。

 

「良かった、もう集合場所のホテルに戻って休もうよ」

 

「大丈夫、問題ないわ。さむ」

 

「寒いんじゃないか。体感温度がおかしくなっているんだよ。これ以上、僕に介抱させる気か。良いから行くよ」


「うん」


熱中症で倒れたこともあるし、これ以上外を歩いても見つけられない。一足先にホテルに戻ることにしようとしたのだが、何と広瀬さんは、治ったから探すのを再開すると言い始めたのだ。

 説得しつつ。ホテルの方向へ向かい。僕の懸命な説得の甲斐あって、正面のカフェで時間を潰す事になったのだった。

 なお、カフェに入ってからも。私は大丈夫だとか言い張っていたが、倒れられても迷惑というか、どうせ倒れる未来しかやってこない。

 丁寧かつ穏やかに、僕が疲れたと目的をすり替えて説明すると素直に従ってくれた。

 とは言っても、ホテルに先に戻って休むのには納得してもらえず、ホテルに向かうには必ず通ることになる道に、都合良くあったカフェでくつろいでいた。

 良かったのは、なかなか食べ物も珈琲も美味しく、案外腰を据えて話せば、広瀬さんとの話も退屈しない事だった。


「それでね、亜美ちゃん。その好きな人にいつもつらく当たってしまうの。それがおかしくって」


「へえ、そりゃ不器用というか、何というか。絡まれている男の方は溜まったものじゃ無いだろうけれど」


「ええ、そうみたいよ。何せ、その人がどんなに凄い人なのかってずっと話しているんだもの。女の子には好きな人を取られたと思われたくないから、避けられているし。亜美ちゃんと仲が良い男の人には嫌がらせ。一部の人には、いつも頼み事ばかりされているもの」


「僕だったら、逃げ出しちゃうよ」


「ここまで言っても気がつかないのね」

 

 結局、どこに行くかよりも誰と行くか。僕にとって、残りの馬鹿女の心配をしないでいられるというだけで、それなりに楽しかった。

 広瀬さんとなら、今に限って連絡先ぐらい交換しても良いかもしれない。

 きっと、もう話す機会も無いだろうけれど

 

「しかし、そろそろ来てもいいはずなんだけど。チラチラと、うちの学校の生徒もいることだし」

 

「そうね、こっちを見て指を指してる人も居るもの。私と離れた方が良いんじゃない」

 

 今更だ。確かに男女で班を抜け出してデートしているようにも見えなくもないが。

 

「十歩もなれたら、僕は店から出てしまうんだけど。君は一体僕をなんだとおもてるんだ」

 

「さあ、げぼく 班長」

 

「いまなんて」

 

 冷たい視線が周囲から突き刺さる。こちらの苦労も知らずに、順風満帆に一日を終えたのだろう、滅んで欲しい。

 

「あー」

 

 そんな声とともに肩を激しくたたかる。広瀬さんが指を指す窓の外、その先に見えたのは衝撃的な光景だった。見ると僕らの残りの班員が、別の班の男達と仲よさそうに、しかも同じ店の袋を持って歩いているところだった。

 

「あいつら、ゆるさんぞまじで。おっと失礼。ついつい口が。それじゃ、いこうか」

 

「あきれた、行きましょう」


 

 ホテルの部屋のベットに突っ伏して、大変だった一日に終わりを告げようとしているとチャイムが鳴った。

 リンコーンと軽くて、聞き慣れないベルの音。

 無視して寝たかったが、眠る前に部屋に突入されて、居留守がばれても面倒だ。

 ホテルの部屋は基本。外からは鍵が無ければ開けられない。

 大方、鍵を忘れて外に行ったとかだろう。

 そういえばここ、二人部屋だったなと思い出しつつ、重い身体でドアを開けると、今日何度も見た女の子の顔があった。

 

「入れて」

 

「どうしたの、一応女子禁制、ではないのか。女子エリアに男が行くのを禁じられているだけで。男を何だと思っているんだ。獣かよ」

 

「いいから早く入れてよ。マヌケな顔ね」

 

 てっきり同室の男がいるとばかり思っていたから、すっかり意表を突かれた。

 階層ごとに男子と女子で区分けされているはずだから、この状況を誰かに見られると自分もまずいかもしれない。

 

「いいよ。はいって」


 と促す。

 

 正直、これ以上の面倒は勘弁して欲しいのだが。

 

「椅子ないから適当なとこに座って。当然、飲み物もないけど」

 

「はいはい、わかってるって」

 

 相変わらず僕に辛辣だが、少し昼とは雰囲気が違い、少しよう明るいように思う。

 僕も他人に対して、気が緩みすぎだ。

 

「でどうしたのかな。もちろん僕なんかでよかったらいつでも話し相手になるけれど、あまり男の人のところを尋ねるものじゃないよ。先生にみつかったら大変だ」


「その、天野君に」


「なんて」

 

「あなたに用があってきたの、用事もなくあなたに会いに来るわけないじゃない、馬鹿なの」

 

 さっきの考えは勘違いだ、この女は相変わらず忌々しい。

 

「さっきはありがとうね。助かった。それと、それと・・・ごめんなさい。今まで」

 

「え、それは。どういたしまして。何が」

  

 何についての謝罪かわからないが、僕が不快だと思っていた事全てに関する謝罪だと受け取ろう。しかし何だ、急に。悪いものでも食べたのか。僕は全く平気だし、あのカフェの食べ物はどれも素敵だったけど。

 

「それより身体は大丈夫」

 

「うん。誰かが勝手にベタベタさわって看病してくれたから。すっかり元気」

 

「そうですか……」

 

 しかし一人だったから良かったものの、

 

「わざわざ部屋まできて、そんなこと言わなくても良かったのに。部屋に一人じゃなかったらどうするつもりだったんだ。一応皆相部屋だろ」

 

「それなら一人だって知ってたから。私の部屋に、正確には私ともう一人の部屋名分けなんだけど。つまりあれよ、その子の彼氏が来てて。その~」

 

「つまりこの部屋のもう一人だったと」

 

「そういうこと。きまずくて。出て行ってくれってオーラが」


「なるほど。家に帰ってからやれよ」


 最低だな、おい。


「ま、私もあまり人のことは言えないけれど」

 

 男どもと一緒にショッピングしてたし。そんなこともあるか。まあ部屋まで関係があるなんて偶然があるものかと驚きつつ、それはつまり。

 

「だから、その人が帰ってくるまで、話し相手になって。命令」

 

「ですよね~。ちなみに、僕は良い人だから、あまりそういうのは困るのだけれど、それはお断りすることって」


 いくら善人たるもの、人の頼み断るべかからずと考えている僕でも、後々問題になりそうなことを、何でも引き受けるわけにはいかない。

 

「いいわよ、断っても。ただし明日、同級生を横にして服を脱がせたとか。そのあと普段聖人ぶってる人が、汚い言葉で悪態をついてた。なんてうわさが流れてるかもしれないわよ。ふふ、亜美ちゃんに怒られちゃう」

 

 最悪だよ、この女。というか、寝たと思っていたが聞いてたのかよ。というよりその噂は諸刃の剣なのでは。

 

「何のことでしょう。ええ、もちろんあなたが満足するまで、話し相手になりましょう。広瀬さん」

 

 やっぱり今日は厄日だ。


 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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