初心者狩りを狩る者
初心者狩りを現役の冒険者が行えば厳しい制裁が待っている。事実が確認されれば冒険者の資格を剥奪され、容疑がかけられた者は指名手配され捕縛クエストの対象にされる。
しかしながら初心者狩りは狡猾に行われるため下手人の特定は難しく指名手配される方が珍しい。そのため現行犯での捕縛が必須と言われている。
現行犯でないと処分が難しいという規定が犯行を横行させた。頻発すればギルドが告知し捕縛を促すが、大抵はそうなる前に場所を変えられてしまう。当然ながら手間ひまかけて下手人を探す冒険者は必然的に少なくなる。
彼女はそんな初心者狩りの討伐で生計を立てながら旅をしているという。これに首を突っ込みたがる冒険者など物好きとしか思えない。
「ところで黒い髪と目をしているってことは東方の出身だよね。初心者狩りが頻発しているのを聞いてこんな遠くまで…」
「おしゃべりだな。冒険者の掟を知らんのか?」
『掟』というワードで口を止めた。掟とは明確に表記されている規則ではないが冒険者であるなら守るべきマナーのことだ。
その一つに『過去を問いてはならない』というものがある。相手の出自をみだりに聞き出してはいけない。冒険者になる者には触れられたくない過去を持つものも多い。
その掟ためパーティを組む際には人柄を見抜く目利きが重要となる。この能力は冒険者稼業として不可欠なものとなっている。
「ごめん」
謝るラゴエスを尻目に少女は倒した忍び達の手足を拘束していった。
「警備兵に連絡するから証人として一緒に来てくれ。近くに詰所があったな」
「もちろんだよ。ちなみにそこへ助けを求めようとしていたんだ」
初心者狩りのみならず犯罪行為を取り押さえた場合、証言者が存在すれば手続きがスムーズになる。一方で証人がいなければ真偽が明らかになるまで拘束に近い形で事情聴取を受ける。私怨等による偽装殺人を防ぐためだ。
これは下手人の生け捕りを推奨するためでもある。警備隊としては余罪の追求や背後関係の調査も行いたい。仲間がいれば共犯者の一斉逮捕につなげるためだ。
そのため賞金首には基本的に生け捕りの方が報酬を多く支払われるように設定されている。たまに生死を問わず報酬が同額のクエストもあるが、この手のものは危険度が相当高い多い。
二人で警備兵の詰所まで五人もの男を運ぶのは明らかに厳しい。警備兵を呼んで彼らに護送してもらう方が手っ取り早いので、初心者狩りはこのままにして二人で向かうことにした。
獣道をしばらく下ると山道に辿り着き、麓に向かって進むと目的の詰所が見えた。建物は小さな砦くらいの規模。警備兵は交代制で十人程度が在中している。ここには牢もあるため引き取ってもらえるであろう。
「おかしいな。門番がいないぞ」
軍事施設の門には原則として二人以上の見張りをつけることになっているがなぜかその姿がない。ラゴエスが昼頃この詰所の前を通った時には確かに二人の門番がいた。
「ちょっと!」
少女は見張りのいない門を通過して建物に歩みを進めた。
「勝手に入ってもいいのか?」
「いいよ、門番がいないんだから仕方ない」
「怒られない?」
「持ち場を離れた方が悪い」
敷地はさほど広くないので建物はすぐそこにあった。少女は扉を叩いて呼びかけたが返事はない。何度か試したが応答がある気配はない。
「寝ているのかな?」
「いや、それはないだろ」
「昔立ち寄った詰所には警備なんてそっちのけで昼間っから酒飲みながらギャンブルばっかしてる所があったぞ」
「そんな詰所があんの!?」
「酔って絡んで来たからノシてやった。上には報告しないでくれって泣きつかれた。あのザマは今思い出しても笑える」
その武勇伝を聞いてラゴエスの表情はひきつった。この少女は警備兵までも蹴散らせてしまえるのか。
「その詰所の警備兵は近くを通った旅人を不当に拘束しては釈放をちらつかせながら金を巻き上げているって噂が前からあった。旅人や行商人達の間では警備兵の格好した野盗と呼ばれている」
「世直しをしにその詰所に行ったの?」
少女は楽しそうな顔をしながら答えた。
「半分は正解だ。残りの奴らが半分は巻き上げた金を口止めにもらうつもりだったんだけど大して持ってなかった。賭けのレート見たら子供が小遣いでやってんのかと思うくらいしょぼかった」
「……」
「あの詰所は下手にクビにしたら何をするか分からない兵士を押し込めておく場所で兵士たちの間では『行き場を失った兵士の行き着く先』って言われている」
悠然と過去を語る少女にラゴエスは呟いた。
「過去については自分から言う分はいいんだよね」