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第六話 酷烈なるアンデッド

(……オレはなにをしてるんだろうな。こんな凶器を手に、化け物の腸内みたいな道を進んで。不死? なんだそりゃ、オレはまるで映画やゲームのゾンビじゃないか)


 挙句には、すぐそばには魔術なんて超常現象を起こせる姉妹が同行している。命を懸けた迷宮探索。

 しかし永一はどうしてか、日常の瓦解したこの状況そのものに不自然さを抱きながらも、同時に奇妙な納得があった。恐れもない。ただ、すべきことをするという意思だけが胸に灯っている。

 ひょっとすると日常なんてものは、とっくに失っていたのかもしれない。額に傷を負ったあの日から。

 そう思えば、この塔を進むことは自らに課せられた使命のようにも感じられた。


「いた。……数が多いな。幸い気づかれてはないらしい」


 通路の角から窺えるのは、学校の教室ほどの小広間に集う、三匹の扁平なフォルムをした生物。

 ワニ——いや、トカゲに近い。頭の先から尻尾まで黒々とした鱗に覆われたそれらの生き物は、魔物、そして永一の世界に現れるようになった怪獣たちのほとんどに共通する真っ赤な眼をしていた。


小型種インフが三匹……今のところ、動き回ったりはしない……みたい?」

「片月をもらってオレが飛び込もう。あれって二人とも使えるのか?」

「あ、はい……そうです。血が同じですので、ワタシたちの使える魔術は同じです」

「では……ここは、わたしが……『血を巡るもの。循環するもの。留まらぬもの。調和を乱し、偏在せよ』」


 通路の先の魔物に気取られぬよう、常にも増して声を抑えたコハクの淡々とした詠唱が紡がれ、片月の魔術がかけられる。

 永一の目に紫がかった光が灯る。体が魔術の作用によって歪められた証。

 心臓から火が送り出されているように、全身に熱い力が満ちる。それは同時に肉体の概念的な輪郭を緩める、諸刃の剣めいた危険行為でもあったが、永一にはさして関係がなかった。


「行く」


 二人を置き去りに、永一は角から身を躍らせる。そして心臓の火が望むまま、一気に魔物へと斬りかかった。


「はぁっ……!」


 駆け寄ってくる永一に気づき、三匹が首を巡らせる。六つの赤い眼が永一を視界に収めたであろう瞬間、最も近い一匹に刃先を振り下ろし、そのくびをひとつ叩き割った。

 黒い塵が宙を舞う。いくらそれなりに鍛えているとはいえ、魔物の頸部は硬い鱗に覆われており、片手で扱える程度の質量の刃物で断つことは容易でないはずだった。それを可能にしたのが姉妹の魔術、片月による破力の向上だ。不意をついたこともあり、ただの一撃でトカゲの魔物は死に絶え、塵となって消えた。


「ッ————!」


 しかし魔物が無駄な狼狽をするわけもなく、残る二匹が突然の襲撃者に向けて飛び掛かる。咄嗟に避けようとしたものの、片方の顎に左腕を捉えられてしまう。牙が肉に食い込み、鈍い痛みが神経を苛む。

 喰いちぎられる——

 反射的に永一は、腕に喰らい付いた魔物の赤い眼球にクナイを突き刺した。それで死にはしなかったものの、たまらず牙を離して腕から剥がれ落ちる。

 その隙に、残る一匹は永一の後ろに回り込んでいた。のしかかるように背へ前足を食い込ませ、最初に殺された仲間の礼だと言わんばかりに永一の後ろ首に喰らい付く。


「ぁ」


 ごりごりと頸椎を噛み砕かれる音を聞く。

 永一は唐突にではあるが、いつか家の近場の飲食店で食事をした際、飲み物に入っていた大き目の氷を行儀悪く歯で砕いて食べていた時のことを思い出した。ちょうど似た感じの音をしている、と思った。

 まさしく氷のような冷たさが脳髄に染み込んでいく。間を置かず、永一は死んだ。



「——は」


 脳髄に熱が灯ったのはそれからすぐのことだった。片月の効果は死を隔てても消えていない。心臓はまだ熱く、火を全身へ送り出している。


「は、はっ——」


 逆手のクナイを後ろ手に振るい、背に爪を立てる邪魔なトカゲを振り落とす。それからまずは腕を噛んできた一匹を上からめった刺しにして殺し、次いで振り落とした方へ向き直ると、そちらは地面を素早く這って足元まで近づいてきていた。

 今度は足首に噛みつかれ、保力の弱まった傷口から赤い血が飛び散る。

 馬鹿なやつだ。隙だらけじゃないか。

 懸命に足を噛むトカゲの頸に、逆手に握る漆黒を振り下ろす。それで最後の一匹も塵になった。


「——ははっ、は、ははははははは!」


 知らず、哄笑が漏れ出た。

 できている。

 異世界に適応できている。

 魔物を圧倒できている。

 小型とはいえ怪獣を、この手で殺傷できている!

——蘇生の確約された死の、なんと生ぬるいことか!


「ははは、はっ……。おっと」


 この異界において、赤い地獄はあまりに遠い。

 永一は白い骨まで剥き出しになった自分の足に目を落とすと、手にしたクナイを順手に持ち替え、自らの首へ深々と突き刺した。



「エーイチ様っ!?」

「エーイチ様……!」


 遠のいた意識が戻ってくる。

 すると、ぱたぱたと自称下僕の二人が駆け寄ってきた。


「な……なにごとでしょうか、首を自分で刺すなんて! エーイチ様、気はお確かですか……!?」

「当たり前だっての。足の傷を治すためだ」

「足——?」

「死んで生き返れば全身の傷が治る。だから、一回死んでリセットしたんだよ。噛まれた足じゃ迷宮を歩くこともままならないだろ?」


 一度死んで不死アンデッド転生特典ギフトの効果を発動させたことで、足の傷はきれいさっぱりなくなってしまっている。爪を立てられた背中も同様だろう。

 傷を負った場合は自殺すればいい。このうえなく手軽で、便利で、合理的な治療法だ。


「だからって……そんな。自分で自分を殺す、なんて——」


 シンジュはしかし、釈然としない表情で永一を見た。黄金の瞳に浮かぶのは困惑と、わずかの恐れ。理解できないものを前にするような。


「……エーイチ様。今度からは……わたしたちも……いっしょに戦います。…………ひとりで攻め入るのは」

「ん、ああ。そうだなコハク、悪かった」

「はい……わたしたちも……片月以外の魔術で、応戦は可能ですので……」

「そういや平野の時、杭みたいなのを出してたっけか」

「そうです……斜月しゃげつ……です。攻撃魔術に……分類されます」


 妹のコハクはシンジュほど、永一の自殺に思うところはないらしかった。特有のゆっくりとした口調で説明をし終えると、とことことさっき魔物が殺された地点へ向かい、そこへ落ちている黒い石を拾い上げる。

 これもまた思い出すことだったが、平野で同じように獣の魔物を殺した時、同じように魔物が塵になって消える際に落とす石を拾っていた。なんなのだろうと永一がその様をまじまじ見つめていると、少なくとも表面上は調子を取り戻したシンジュが今度は答えてくれた。


「魔物が落とす石は魔石と言って、これには魔物の魔力が込められているそうです。魔道具の作成や魔物の研究に利用されるので、国営の交換所に行くと買い取ってもらえます」

「魔道具。へー、金になるのか」

「はい、なので魔石目当てに迷宮に潜る冒険者ギルドの方もいると聞き及んでいましたが——」


 一度言葉を区切り、シンジュは周りを軽く見回す。魔物も死に、少なくとも周辺には静寂だけが満ちていた。


「——ここには、いないようですね」

「まあ……金と交換してもらえるってのは助かるな。考えてみればオレ、家なしの一文なしだ。おまけに常識も」

「路銀がないのはワタシとコハクも同じです。なので、魔物を倒すことは螺旋迷宮の頂にある核を壊す目的とは別に、必要な習慣になるでしょう」

「え? ふたりもないのか、お金」

「ホシミダイに向かう……道中の……旅で……使い切ってしまいました……」


 魔石を回収し終えたコハクが、少し情けなさそうに口にする。


「恥ずかしながらコハクの言う通りです。ですがその——ワ、ワタシはどこかの町で一度、お金を稼がないとって言ったんです」

「でも……ホシミダイの近くに大きな町なんてないし…………短期間でも簡単に働き口なんて見つからない。……特に旅人の女なんて、どこに行っても軽んじられる」

「う——」

「だったら……早くホシミダイに着いて、迷宮で魔物を狩る方が効率的……」

「そ、それはそうですけどぉ……っ!」


 息ぴったりの姉妹に見えて、その性格はまったく同じというわけでもなかった。

 保守的なシンジュと比べれば、コハクは迷宮攻略により積極的だ。永一が平野で襲われていた時も、真っ先にコハクが駆け寄り、魔物をクナイで刺し殺して助けた。


(……迷宮攻略に積極的ってか、魔物討伐に精力的、か)


 部族を魔物に殺されたのだ、理由は容易に察せられた。

 永一の内にも似た気持ち、衝動は存在する。それが先ほど不死にかまけて、三匹の魔物のただ中へと飛び込む暴挙を行わせたわけではないのだと、どうして否定することができようか。


「つまりオレたちゃとんだ貧困パーティってわけだ」

「申し訳……ありません」

「いや、魔物を殺すのが金策になるならなによりだ。次の階層に続くゲートを探すのはもちろんだが、道中の魔物はなるべく無視せず狩っておくか」


  金銭が底をつくのも構わず、迷宮を目指した姉妹。その強行軍が純粋な魔物への復讐心によるものであれば、まだましだ。

 どうなっても構わないと、後のことを顧みない、一種の自暴自棄でないのなら。


「そろそろ進もう。このくらいの魔物……小型種インフだったか? この程度ならまだまだ進んでも問題なさそうだ」

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