反復横跳び引っ越し
僕が、アパートの部屋でくつろいでいると、不意に、ドアがノックされた。
ドアを開けると、左隣に住んでいる男性が、紙袋を手に立っていた。
隣人「あの、今日、引っ越す事になったんで、あいさつに伺いました」
僕 「ああ、そうなんですか、わざわざどうも」
隣人「これ、今までお世話になったお礼です」
と言って、紙袋を僕に渡した。
僕 「いえいえ、こちらこそ。すいません、ご丁寧に」
数時間後、再び、ドアがノックされた。
ドアを開けると、さっき引っ越して行った、左隣に住んでいた男性が立っていた。
僕 「どうしたんですか ?」
隣人「あの、今度、右隣に引っ越してきた者です。あいさつに伺いました」
僕 「右隣に !?」
隣人「はい」
僕 「左隣から右隣に !?」
隣人「はい・・・いやー、良かったです。お隣さんが、あなたみたいな優しそうな
方で・・・不安だったんですよ、変な人だったらどうしようって」
僕 「いや、さっきまでもずっと、お隣さんでしたけど・・・」
隣人「なんだか、ずっと以前からの知り合いみたいな気がします」
僕 「その通りですけど・・・さっきまで、左隣に住んでらっしゃいましたから」
隣人「ああ、やっぱり !! ・・・いやー、どこかでお見かけした事ある顔だなあとは
思ってたんですけど・・・世の中には、自分と似た人が三人いるって言う
じゃないですか。ひょっとしたら、ただのそっくりさんなのかなあと思っ
て・・・」
僕 「そんなわけないでしょ」
隣人「あのー、申し訳ないんですけど、さっき渡した紙袋、持って来ていただけま
す ?」
僕 「えっ ?」
僕は、言われたとおり、紙袋を持って来て渡した。
それを受け取った男性は、
隣人「あの、これ、隣に引っ越してきたので、お近づきの印に・・・」
と言って、また、紙袋を僕に渡してきた。
僕 「なんなんですか ! 面倒臭いなあ」
隣人「送料無料です」
僕 「そりゃそうでしょ。手渡しただけで、業者を介してないんですから」
隣人「で、一つお願いがあるんですけど・・・」
僕 「なんですか ?」
隣人「あなたに引っ越していただきたいんですけど」
僕 「えっ !? 引っ越す ? ・・・僕が ?」
隣人「はい」
僕 「なんでですか ?」
隣人「引っ越しで反復横跳びしたいんですよ」
僕 「引っ越しで反復横跳び !? ・・・」
隣人「ええ・・・、あなたが引っ越していただければ、左隣も、まだ空いてるん
で、引っ越しで反復横跳びができるじゃないですか」
僕 「できるじゃないですかって言われても・・・」
隣人「実は、僕、高校の体育教師やってまして」
僕 「はあ・・・」
隣人「先生は、引っ越しでも反復横跳びやってるんだぞ ! っていうのを、生徒に見
せ付けたいんですよ」
僕 「・・・」
隣人「先生って凄いな。引っ越しでも反復横跳びするなんて、体育教師の鑑だなっ
てなるじゃないですか」
僕 「なりますかね ?」
隣人「じゃないと、生徒に示しが付かないですし・・・」
僕 「・・・」
隣人「だから、あなたが引っ越していただければ、思う存分、反復横跳びできるん
ですけど・・・引っ越していただけないですかね」
僕 「嫌に決まってるでしょ !!」
バタン !!!
僕は、勢いよくドアを閉めた。