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水彩度  作者: 梦現慧琉
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五頁目

六日前。


 ちょっと考えればわかりそうなことだったけれど、恥ずかしながら気付いたのはこの日の朝になってからだった。様々に模索した結果、やっと見つけた迷惑をかけない絵に描いたような自殺――その発想の中心核が、『自殺に見せない自殺』なのだとしたら、そもそも今までの工作を続ける意味は無いと言うこと。つまり、恥の上塗り工作はもはや続けても仕方ない。むしろ自殺を疑われるだけ、有害とも言えるだろう。

 だから前日学校を休んだことも、無意味だったわけだ。

 上塗りした恥のほとぼりを冷ますためにも、毬雲との約束――返事待たせの一週間は妥当だったかもしれない。

「……やれやれだぜ」

 昨日読んだ漫画の台詞をそのまま引用して、起床。

 今日は普通に学校へ行こう。


*   *   *


 学校では。

 いつも通り。

 授業をこなし。

 時間を消費して。

 昼食は食堂で食べ。

 卯生とは雑談をした。

 毬雲には会わなかった。

 美術部のない金曜日。

 天文部はある曜日。

 この日は卯生も。

 参加したそう。

 久し振りに。


*   *   *


 それだけで、何かあったと言えば、電話があったことくらいだ。

 携帯電話に、ではない。家の電話に、だ。

 珍しく、久し振り。

 けれど大したことではない。


 連絡網。

























 同期の生徒。


 渡砂瀬々斗が死んだ。

 享年十七歳だった。


▼    ▼    ▼


五日前。


 授業はあったが、部活は自粛するところが多かったようだ。

美術部はと言うと、僕は乗り気ではなかったので毬雲に「休む」とだけメールを打って、参加しなかった。毬雲からの返信も、「うん」と言うだけの簡潔なものだった。一昨日の告白だけが、簡潔なやり取りになってしまった原因ではないだろう。毬雲が一人で活動したかどうかはわからない。アイツのことだから、もしかしたら活動したのかもしれない。

 卯生は――登校して来ていた。

 しかし学校に居る間、一言も話そうとはしなかった。悲しんでいるわけでもなく、苦しんでいるわけでもなく、不機嫌なわけでもなく、そしていつも通りなわけでもなく。表情に感情を滲ませない――アイツにしてはそれは非常に珍しい――何も感じさせない顔つきをしていた。それゆえに、外から観測するとどんな風にも見えて……まとっている空気は、非常に近寄りがたい印象だった。誰もが声をかけるのをためらい、また卯生自身から口を開くことも無いまま、彼女は淡々と下校して行った。……彼氏を亡くすと言うのは、どんな気分だったのだろう。

 ただ単に僕の感傷なのかもしれないが――この日は学校の何処に居ても、耳を澄ませばその話題が聞こえるようだった。

 そう。

 渡砂瀬々斗は人気者だったのだ。

 快活で、優秀で、何も問題が無く――死ぬだなんて誰も思わなかったくらいに。


*   *   *


 渡砂の遺体を発見したのは、彼の母親だ。

 その日、息子の瀬々斗は具合が悪かったらしく、学校を休んでいたそうだ。

 当然のように共働き。彼は一人で、自分の部屋で眠っていたらしい。

 ……さて、結果から言えば――空き巣による強盗殺人事件だ。

 屋内は荒らされ、置いてあった少量の金品は奪われ、そして運悪く居合わせてしまった一人息子は、空き巣との格闘の末、台所で空き巣が拝借していた包丁に胸を刺され即死。彼の部屋は本棚がひっくり返っていたり、本が散乱していたりして、大変な有様だったらしい。事件の起きたと思われる時間帯、周辺では不審な男が目撃されていたらしいが、帽子にサングラスにマスク――つまりは少しも頼りにならない人物像だ。手袋もしていたようで、指紋も見つからない。犯人は依然逃走中と言うわけだ。

 不自然なところはいくつかある――が。

 それが、僕が人づてに聞いた話の全て。

 これだけで、僕にとっては充分だった。

「……ここで僕は何か独り言を言うべきなのかな」

 いや。

 わざわざ口に出すような台詞なんて、何も思いつかない。思うところはあっても、言葉にして確認などしなくて良いようなことばかりだ。つまりそれは、そう言うことだったというだけで――それ以上、話も傷口も広げるべきではない。

 それでも敢えて。敢えて何かを言うのなら。

「よくできました……か」

 呟いて、部屋のベッドで寝返りを打つ。

 正直な話、予想していなかったわけではない。

 そこまで僕は視野が狭いわけでも、観察眼が無いわけでも、ましてや楽観的なわけでもない。けれども、まさか、だ。宝くじを買って、その当選を夢見ていたときの気分にすら似ている。それに突然だった。毬雲への応対に思考と意識が割かれたとたんに、だ。渡砂は横合いから斬り込んで来るのが、本当に好きな奴だな。

 僕は当惑しているんだ。

 いい加減にして欲しい。

 どいつもこいつもだよ。

「――とぉ、ん?」

 そこで、メール着信音を今にもかき鳴らしそうだった携帯電話のライトに気付き、手に取る。開く。最初の音だけを高らかに鳴らし、携帯は沈黙する。

 僕も沈黙する。

 そのまま一時停止。

 携帯を閉じて、開いて。

 数秒から数分へ至る無意味な逡巡。

「…………」

 タイトル、「お誘い」。

 内容を見る。

 ……「明日の日曜日、遊ぼうよ。高くて美味しい物でも食べに行こうよ」、とのこと。

 即ちいわゆる一般的に判断を下すのなら、それはデートだ。

「そうかい」

 そうかい、そうかい、そうかい。

 それでいいんだな。……それでいいんだな?

 ならもう、何も言わない。

 何も考えない。

 OKとだけ返信をして、電源を切り、携帯電話を乱暴に閉じて、机に置いた。電気を消して、ベッドへ戻る。倒れこむように布団へ埋もれ、目を瞑る。感情が行方不明だ。嬉しいとか悲しいとか、気持ち良いとか気持ち悪いとか、正常だとか異常だとか、区別がつかなくなる。

 納棺? お通夜? お葬式?

 知るものか。渡砂瀬々斗は他人だ。

 僕に忠告はしても告白はしなかった。同じ部活の部員ではない。同じクラスになったこともない。メルアドもナンバーも知らない。知り合いであっても友達ではないし、ましてや幼馴染であろうはずもない。だから、とても、他人だ。

 長い長い、深呼吸のような溜息を吐ききった。

 さっきのメールの送り主。


 それは、言うまでも無い保呂羽卯生。


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