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時空の歪み  作者: 中野拳太郎
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第一章 地震によって、時空に歪みが・・・           ### 俺は兎  1


 名古屋市の金山かなやま総合駅の近くにアパートを借り、はや二年が経とうかとしていた。実家は一宮いちのみや市だ。

 年に数回帰るだけで、親には、電話もまともにしていない。ちゃんとした職には付いているが、ワンルームに女を連れ込み、一緒に暮らしていることを知られれば、何と思われることだろう。

 実家から会社へは、通えない距離でもない。ましてや相手は学生だ。連れ戻される恐れだってある。


 ま、女が来る前は、鴨川が入り浸り、どうしようもない生活をしていたのだが。荒れた生活は、今に始まったことではない。


 そんなことはどうでもいい。由梨とは結婚するつもりはない。いや、彼女の方が、そのつもりがない。そのことはわかっているんだ。 

 ただ、お互いにとって、都合がいい、そんな感じだ。一人でいるには淋しい。ちょっとした話し相手がいるだけで、心が豊かにもなる。そんな感じだろう。


 彼女だってそうだ。一緒に暮らしていているからわかることで、まったくその感触、というのか実感というものを、得ることがない。まるでお飯事をしているかのようだ。

 きっと由梨は、大学に実家から通うよりも、ここからの方が近いし、なにより、友達に自慢したいだけだろう。

 ひょっとしたら、卒業と同時に、ここから出ていくのかもしれない。そんな気もしないでもない。


 そんなことを考えながら駅に向かっていくと、いつもより人が多いことに気づいた。人が多いために、ほこりぽいな、そんな風に思った。

歩きながら、道行く人の肩にぶつからないよう、半身になってそれらを避けていく。

 総合駅近くまでやってくると、前方は、黒い頭の塊で埋め尽くされていた。今日は、何でこんなにも人がいるんだろう。そんなことを考えながらも、押し合い、圧し合いで中に入っていく。うんざりだった。 

 いつもより確実に二倍は多い。なぜだ? 溜息が漏れた。会社に行くことが嫌になってきた。

 何でこんなにも会社に行くまでに、体力を使わなくてはならないんだ。お前ら、わざわざこの時間帯に来ることなんかないだろ。もっと早く来るか、遅く来るか、とにかくこの時間帯を避けてくれ、と自分勝手なことばかりを、考えていた。






「ちょっと何でこんなに混んでるのよ?」


「何か、イベントでもあるのかな」


「スターでも来るのかもよ」


「まさか、こんな時間に来るわけないよね」


 二人の女子高生の会話。そんな中、また新しい仲間も加わる。


「Kちゃん、お早う~」


「珍しいね、こんなに早くから。いつも遅れて来るのに」


「ああっっ! それけなしてるでしょ」


「してない。してない」


「今日は、ちょっとね」


「何、何、顔がニヤけてるよ」


「うん。先輩と会う約束してるのよね」


「あのサッカー部のA先輩と?」






 スーツ姿の社会人の男たち。


「あれ、お前も、こんな時間・・・・・・」


「ちょっと、今日は、いつもと違うんだ」


「何? どうして?」


「いや、今から三河の方に出張なんだ」


「そうか。俺は、少し目が覚めたのが早くて、この時間になったんだ」


「それで、早い出社ってことか?」


「まあな。でも今日の金山、人多くないか?」


「そういや、そうだな。何でだろう」




 忙しなく髪の毛に手をやり、整えながら歩いてきたOL。


「いつもより、少し遅くなっちゃった~。京子も?」


「いや、私は、何となく。ゆつくりしてきたというより、この時間になっちゃった、というのか。なんかさ、まるで呼ばれてるみたいなのよね、この金山に」


「何それ?」


「この金山駅に、この時間に来いって言われたんだわ、きっと。だからこの時間にいるのよ、私は。フフッ」


「京子の言葉を借りれば、じゃ、私は、やることなすことなくケチがつき、それで遅れて・・・・・・。まるで、この時間になるように、仕向けられたのよ。きっと。アハッハハッ」


 お互い顔を合わせ、それから笑みを浮かべた。


「そんなことより、早くいこ。見て、あの人だかり。階段が落っこちそうよ。大丈夫かな」


「ほんと。何でこんなに人、いんだろ今日の金山?」





 少しくたびれかけた年配のサラリーマン。


「村上君もこの時間か?」


「ええ。今日は少し早目に準備ができたので。斉藤さんは?」


「俺は、いつもどおりだよ。それより、今日の金山、多くないか、人が?」


「そうですね。いつもの二倍はいますね。何だろ。この混みようは」





 老人と孫。


「いや、いや、いや。支度に遅れて、まさかラッシュアワーになっちまったとはな・・・・・・」


「もう、おじいちゃんのせいだよ」


「悪かった。今日、起きたら体がだるくてな、思いの外、支度に時間がかかってしまったんだ」


「そんなことはいいから、早く行こうよ」


 孫が老人の手を掴み、半ば走るように、駅の構内に入っていった。


「危ないから、慌てるんじゃない」


「だって友達が待ってるんでしょ」


「はい、はい」





 総合駅に入って来ると異常な程に混み合っていた。人との距離をこんなにも近くに思ったことはない。

 すぐ横をOLやスーツ姿のサラリーマンが通り過ぎていく。幾度となく人がぶつかってくる。その度に癇癪を起しても仕方がないのだが、俺は何度も舌打ちをした。


 地下鉄の改札口の所で、電話が鳴った。


「お、堤か?」

「お前な、俺に電話かけようと思って、かけてるんだろ? それなのに堤かって、おかしくないか」


「別におかしくないだろ。ひょっとしたら、ベッドの中で、由梨ちゃんが電話に出るかもしれないだろ」


「そんなわけあるか。一体今何時だと思ってるんだよ。いい加減その体内時計の狂いに気づいたらどうなんだ、お前」


「今、何時だ?」


 惚けた声が返ってきた。


「お前、また午前様じゃないのか。今帰ってきたんだろ」




「まあな」


 しばらくしてから暗い声が返ってきた。


「どうした?」


 鴨川のその声の暗さに気づいた。


「昨夜、理恵りえと飲んでたんだけど、」


 理恵というのが、あの時の合コンで知り合った鴨川の彼女だ。


「どうした?」


「今、大丈夫か? ああ、七時を過ぎてんのか、お前仕事行く途中だろ。ごめんな」


「いいよ。少しの間なら」


「大したことじゃないんだ」


「だから、どうしたんだ?」


「―また、言われちまってな、理恵に。少しは、先のことを考えてよ。このままでいいわけないでしょって、きつい一言をいわれてね」


「珍しく、お前、それで、今、反省してるわけか」


「まあな。どうしよう」


「どうしようじゃないぞ。働けばいいじゃないか」


「働いているじゃないか、居酒屋で」


「居酒屋で。居酒屋って、お前いくつだ、ほんとに。大学生のバイトじゃないんだぞ。四捨五入すればアラサ―だろ。理恵ちゃんじゃないけど、何処かの社員になるだとか、ちゃんと考えた方がいいぞ、お前」


「ああ、頭イテ。お前まで、俺に小言をいうんだな。ま、そんなことより、お前にも言っておきたいことがあるんだが・・・・・」


「何だ、就職するつもりか?」


「いや、違うけど、そういうんじゃないんだ」


「そういうんじゃないって、お前もはっきりしない男だな」


「そう焦るなって」


「悪い。ほんと今、先を急ぐんで。地下鉄に乗り遅れちまうだろ。お前のことは、今度、もっと時間がある時にでも、コンコンと説教をしてやるから、待ってろ。急ぎじゃないなら、いい加減切るぞ」


「何だよ、おい。いいって、いってたじゃないか、お前」


「少しなら、って言っておいただろ。もうタイムアップだ」


「待てって。おいー」


 俺は、そんな鴨川の御託に付き合う時間などなく、早々に電話を切り、地下鉄のホームに駆け足で降りていった。

 いつまでも酔っぱらいの話しには、付き合ってられない。いい加減にあしらわないと、本当に仕事に遅刻することになる。

 定期を持っているので、自動改札口を滑るように抜け、階段を降り、一番ホームに向かう。

 途中おばあさんが、よろよろと危ぶなかっしい動きをしていたが、それにも構わず、スマートに避け、階段を降り、ホームに降り立った時に揺れを感じた。



 ズン!  という身体を揺らす振動を感じた。


 地面が揺れている。足元が覚束ない。丁度手摺があったので、それを持ち、何とか転倒を免れた。


「地震だ!」


 しばらくして声が漏れてきた。


「ヤバい!」


「大きいぞ」


 そこかしこで声が飛んでいた。

 泣き出す子供に、じっと揺れが収まるのを待っている老人、あるいは、いち早く外に出ようと、速足で駆けて行った女性。一瞬にして、金山駅がパニックに陥った。



 しばらくすると揺れも収まった。


 かなり強い揺れだった。恐らく震度四、いや五強、そんな所かもしれない。周辺に視線をやると状況の変化に戸惑った。目の前にあるコンビニが酷い状態だった。

 看板が倒れていた。プラスチックの部分が割れていた。店内では、惣菜やパン、スナック菓子が棚から落ちており、ジュースも零れ落ちていて、ビンなんかが割れていて、そこから液体が飛び散っていた。

 人間も転倒している人や、手摺にしがみつき、そこから動けないで、じっとしている人もいた。かなり大きかったようだ。




 それでも、しばらくすると時間が動き出したかのように人間も動き出す。まるで何事もなかったかのように。

 もしかしたら、思い過ごしかもしれない、とさえ思えてくる。そんな中、ようやく俺も気持ちが治まり、同じようにして歩き出した。周りの人も普通に、いつもと変わらず、同じように歩いていく。また来るかもしれない余震には見向きもせずに。


 階段を降り、ホームにきた所で、アナウンスが流れる。さかえ行の地下鉄がやってくるのだ。

 この閉鎖された空間にこれでもかというくらいに詰め込まれる人、人、人の頭にうんざりしたが、それでも人は学校や会社に行かなくてはならず、オフィスに着けば、そこで働かなくてはならない。

 だから、人はこんな風にして、向かうべく所に、向かっているのだ。ホームから風を感じると、大きな急ブレーキの音が鳴り響いた。栄行の地下鉄がやってきた。


 俺は腕時計を確認した。ヤバい。七時十五分。ギリギリだ。いつもだったら十分には着いて、ゆっくりと十五分の電車を待つことができたのに。

 この電車をやり過ごしてしまうと、次は二十分。たかが五分というかもしれないが、朝のその五分は何物にも代えがたい。五分あれば、煙草を喫う人だったら一本吸うことができるし、俺なんかはスマホで検索したり、アプリを操作することもできる。あるいはコーヒーを飲んで一息つくことだって出来る。時間は有意義に使いたい。


 ホームにはかなりの人ごみができていた。長蛇の列が出来ていて、その電車の口に吸いこまれていく。

 俺も急いだ。もう少しだ。お願いだから、待ってくれ。ああ、扉が・・・・・。

 その口が、扉が閉まりかける。俺は一目散にその口の中に向って急いだ。

そして、俺は左手で、扉が閉まるのを阻止した。そして、その口の中へと、自分の身体を器用に滑り込ませていったー。

 






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