表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空の歪み  作者: 中野拳太郎
22/25

最終章  既視感   $$$ 狼  Ⅱ





   ― 一月十九日 ―




 このところすっかりやる気を失くしていた。何もやる気を起こさない。悪いことはわかっている。でも・・・・・・。

 男はこの日も会社を無断で休んでいた。そのことを家族には黙っていた。会社に行くと見せかけ、違う所に出かけていたのだ。

 図書館で新聞を読み漁り、見たくもない本を読み、眺め、時間を潰し、デパートやスーパーに用事もないのにいく。

 そこで何時間も潰して、夜の六時頃に、ようやく家路へと向かう。こんな風に、町を宛てもなく、ただブラブラと歩き、時間を潰すことで少しはストレスも緩和されていった。


 


 今日も無断欠勤をしてしまった。反省というのか、肩を落し、帰宅すると、突然顔を赤くした女房がすごい剣幕で出てきた。


「あんた、一体どういうこと?」


 開口一番、激しい言葉で罵られるように攻撃を受けた。


「さっき、会社から電話があったわ。そしたら、あんた無断欠勤してる、っていうじゃない。

 今日だけじゃなく、このところちょくちょくあるって。どういうことよ。え? 

 携帯も切ってて、何度かけても繋がらないから、って。上司の佐川さんが困ってたわよ。もう、恥ずかしったら、ありゃしない」


 言葉を挟む余地などなかった。


「何でそんな子供騙しみたいなことするの?」


 何も言えなかった。まさかバレるとは・・・・・・。


「これじゃ、奈津美にも何ていっていいのか。うちのパパは会社ズル休みしてるんだよ、とでも言うの? バカじゃないの。もっと家族のことや子供のことを考えてよね。

 そんな仕事のやり方で、いいと思ってるの? それに、二十年近く家のローンだって残っているというのに。子供だってまだ小さいのよ。これからの学費、高校や大学だってあるのに・・・・・・。給料は上がらない。もう! 一体、どうするつもりよ!」


 嫁と口論、というのか一方的に罵られるだけだった。これ程肩身の狭い思いをしたことはなかった。

 バカバカしい、と思った。同じ言葉の繰り返しだ。もうちょっと違う教養のある形容の仕方もあっただろうに。

 これじゃ、ヒステリーに任せて言い放つ、暴言の数々じゃないか。訊くだけ野暮とは、このことを言うんだ。何で、お前らは、俺のことをわかってくれない。

何度も何度も罵声を延々と浴びせられ、精神的にもやられてきた。これ程までに、相手を叩きつけるようなマシンガン女だとは思わなかった。

 昔から自分は、口が立つ方ではなく、言い合いになると、最後には手が出ていたタイプだ。

 でも、嫁には一度たりとて手を上げたことはない。それだけは絶対にしない、と心に誓っていた。でも、この時ばかりは・・・・・・。

 男と女とでは絶対的に腕力が違う。何より、今回の件に関していえば、無断欠勤のことを黙っていた俺に非がある。それはわかる。

 圧倒的に俺が悪い。なので、嫌気の差した堂山の取った態度は、家を飛び出ていくしかなかったのだ。

 そして、お互いの頭を冷やす冷却期間が必要だと思った。ただ、この行いが必ずしもいいとは限らない。今は何も考えたくなかったし、頭の中が真っ白になり、考える余裕など、なかった。後々、事態がもっと悪い方へと、向こおうとしていることにも気づかずに。




 堂山は外で、酒を浴びるように飲むが、自分の心を癒すことはできなかった。


 どうする? どうしよう? 啖呵たんかをきったのはいいが、どうすればいい? そんな単語だけが、延々と頭の中でグルグルと廻る。

 気持ち悪くなってきた。これほどまでに酒の味を、覚えなかったことはない。

ついには悪酔いをしてしまった。逆ギレをして、家を出なかければ良かった。そんなことが頭を過り、なかなか酔えない。

 それが嫌で、どんどんと黄色や透明、時には白や赤色の液体を、グラスに注いでいった。




 嫁のめぐみとの出会いは、三十六歳の時だった。知人の紹介で知り合ったのだが嫁の方は、再婚だ。

 堂山は、長らく独身を続けており、仕事も不規則で、プライベートに使う金も少なかった。だから貯金も沢山あった。

 しかし、お互い年も取っていた分、それに恵は再婚というのもあり、籍だけを入れ、結婚式をすることはなかった。

 だから、金に余力があったのかもしれない。マンションを買ってしまった。

最初は子供を作るつもりもなかった。でも、なんとなく、そういう気になり、自然に奈津美が生まれた。何事も計画性のない性質がいけなかったのかもしれない。やってしまったから、そうなってしまったから、と昔から受け身のまま抵抗を示すことなく生きてきた。

 そんな奈津美も、今では八歳になっていた。顔は俺に似たせいか、客観的に見ても、可愛いとはいえないが、なんせ初めての子だ。自分の中では、目の中に入れても、痛くはない。それほどに可愛かった。

 奈津美は、小さな頃は、自分によく懐いていた。何処に行くにも付いてきたし、自分に纏わりつくように一緒に歩いてくれた。でも、今となっては恵のせいで、懐かなくなってしまった。

 はああっ。溜息ばかりが口に出る。最初のうちは酔えなかった。いくら飲んでも・・・・・・。


 だが、知らず、知らずのうちにキープしていたボトルを空けていた。でも、全然美味しくはない。

 味などわからない。ただ、コップに並々と注ぎ、そのコップを空にし、こんなことばかりを考え、またしてもコップに液体を注ぐ、その繰り返しだった。

 その機械的な動作を続けていれば、悪酔いするに決まっている。堂山彰浩は、その店をどうやって出たのか、全く記憶がなかった。

 そして、今何処にいて、自分は何をしているのかさえわからなかった。ただ一つだけわかったことは、こんなことは今までに一度もなかった、ということだけだろうか。




 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ