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時空の歪み  作者: 中野拳太郎
21/25

△△△ ぼくは亀  7




    一月一日。




 訪れる前までは、少しの正月気分があった。家族なら一人悩み、苦しんでいる息子のことを思えば、優しく、接してくれるものとばかり案じていた。だが状況は違った。


 ぼくは、一宮市の実家に帰っていた。


 最初はこう思っていた。この日本家屋に帰って来ると、ここがぼくの家なんだな。やはり、一人で暮らしている金山は、ぼくにとっての仮住まいというのか、腰を据えて住むところでもないんだな、そう思える、と。


 しかし、家を跨ぐと同時に、親に機関銃のごとく小言を言われた。


 一人息子のため、風当たりが強いのには頷ける。だけど、何とも居た堪れない状況がここにはあった。

 まるで針のむしろに座っているかのようだ。今まで正月気分に浸っていた自分を呪う。

 テレビから聞こえる間の抜けた笑い声を羨ましく思った。ぼくもあんな風に何も考えず、寛いでいたい、と。それが正月を過ごすことの醍醐味だろう。でも・・・・・・。


 しかし、思うところもある。きっと正月気分を味わう人は、進学出来た人、就職が決まった人、あるいは安定した生活を送っている人だけが味わうことのできる特権みたいなものなのではなかろうか。

 ぼくのように無職の人間には、それら余暇が許されない、そんな暗い雰囲気があった。

 これがプレッシャーなのだろう。考えなくてはいけない、ある種強制的なことのように、これからのことを。


 父の正孝まさたか、母の京子きょうこがテーブルを介して、まるで睨むように見てくる。


 しばらくは沈黙が続いた。

  

 正孝(まさたか)京子(きょうこ)は共に五十四歳で、同じ会社で知り合い、結婚をした。現在は、正孝の方は大手自動車メーカーの社員。京子の方は中小企業の工場でパートをしている。

 この一宮市に三十年前にマイホームを建て、三人で暮らしていたが、ぼくが二年前に出ていき、そして、一人暮らしを始めたため、今では二人で暮らしている。


 

「ほれ見ろ。いわんこちゃない。こうなることはわかっていたんだ」


 正孝は、忌々しそうに言った。


「だって、そうだろ。貯金もない、仕事も安定してない。そんな時に一人暮らしをしたい、と言って飛び出ていったかと思えば、この有り様だ。

 これから結婚しなくてはいけない、と言う時期に、お前、どうする気だ?」


「結婚って、俺、まだ二十六だぜ。それに相手もいないじゃないか」


「いばっていうことか。二十六って言えば、そんなに遅くはない。親戚でも光君や友ちゃんが既に結婚して、二人共子供もいるじゃないか。

 それに比べ、お前は・・・・・・。再就職を探そうとすると、難しい年代にもなってくるんだぞ。

 再就職をするには二十五までには、とあれほど口を酸っぱくして言っておいたのに・・・・・・。今の状況は、どうだ? お前、二十六だろ」


「それは昔の話だよ。この人が足りてない時代には、通用しない話だ。それに、俺の場合は自分から辞めたのではなく、解雇だよ。クビなんだから、仕方ないだろ」


「昔からお前は、ああいえば、こういう。減らず口の多い奴だったな。だから、見てみろ、この結果だ」


 何も言えなかった。


「ほれ見ろ。いわんこっちゃないんだ。これからどうするんだ。就職や結婚」


「すぐに結婚。俺の顔を見りゃ、結婚。何をそんなに焦ってるんだよ」


「お前な、何のんびりしてるんだ。あと四年もすりゃ、三十だぞ。その時、彼女もいなけりゃ、職もなかったら、一体どうするつもりなんだ?」


「今の時代、一人でいる人間はいくらでもいる」


「お前もその仲間と一緒でいいというのか? 老後の孤独は耐え難いもんなんだ。それは、そうと、三十を超えたら、女の見る目も変わってくるんだ。な、母さん?」


「そうね。その頃になると女性も失敗したくないと思うようになり、より現実的になるものなのよ。

 だから、女性を探すのも難しくなってくるわ。学生の時とは違ってくる。そうゆうものよ。

 だって、学生の時は、身なりや、容姿、あと、勉強が出来たり、スポーツができることで、モテたかもしれないけど、三十を超えると、そうではなくなるのよね」


「それより母さん。就職だよ」


「そうね。二十六歳、無職だなんて」


「いくらでもいるよ」


「お前、探す気あんのか? 解雇されてからもう二ヶ月経つだろ。今まで一体、何をしていたんだ?

 そうやって、のんべんだらりの生活を続けていると、後で取り返しのつかないことになっても、親は面倒見んぞ。それでもいいのか?」


「今、ちゃんとネットで調べているから」


「ネット。今どきの人間は、すぐにネットか。職安にでもいって探してこい。とにかく、やめてくれよ。その場しのぎのバイトなんか。ちゃんと社員になってくれないと困るぞ」


「当然社員を探してるけど、なかったら、一先ずバイトでもいいかな、って」


「やめて、バイトなんか。親戚にも示しがつかないから」


「昔の考えだよ。そうゆうの。この先終身雇用なんてものは、崩壊するかもしれないって云われているんだ。

 だから、そんな、しゃかりきになって社員で働いていても、クビ切られたり、AIに職を奪われる、なんていうこともあるんだぜ」


「相変わらず減らず口の多い男だ、な。ちったぁ、人のいうことをきけってんだ。

 でないとちゃんとしたところに就けないぞ。もう、いうこともきかずにそんなことばっかやってるから、今の状況だ。わかったか。親はいつまでも健在じゃないんだぞ。そこんとこお前は、分かっているのか、ほんとに・・・・・・」


「そうよ。この先、お前が年とって、食い扶持(ぶち)が見つからなければ、その時、どうするのよ。

 親の脛を齧りたくても、その親がいないのかもしれないのよ。もうちょっと、先のことを考えてくれないと、こっちも困るわ」







 その日は、夕飯を食べ、実家を後にすることにした。家族団らんなんてものは、何処にもなかった。

 あるのは暗く沈んだ、雰囲気がいつまでもこの家に充満しているだけだった。まるで、上から布団を押し付けられたかのように、数々の言葉を浴び、肩が凝り、首までもが痛くなってきた。


 肩を落し、名鉄の一宮駅まで、とぼとぼと一人淋しく、歩いていく。

 顔を俯かせ、暗い表情で歩いていたに違いない。そんなことはどうでもいい。今のぼくには他人の顔色を見る気力もない。

 どっと疲れが出てきた。ああなったら、何を言っても駄目だろう。ぼくの意見なんか通るはずもないんだ。もどかしい子供に、雨あられと叩きつけるように小言をいう親。


 良い所に就職して、そして、結婚して、家庭を築き、安定した暮らしを送ること。

 それを頑なに守るように、ぼくに言い聞かせようとする。いや、盲信しているだけだ。


 親は聞き耳を持たない。いつだって自分が正しいと思い込んでいる。ひょっとするとぼくの住むところは、ここでもないのかもしれない。

 本当は、ぼくにだって、考えがないわけではない。ちゃんと自分の人生設計というものを、持ってはいるんだ。

 なぜ、夢や希望。自分のやりたいことを望んではいけないのか。なぜ、親は、それを潰そうとするんだ。

 結局は、自分の思い描いた通りの人生の道を、子供に歩ませたいだけなのだ。

言われた子供は、肩が凝ることも知らずに。腹が立ってきた。今に見ていろよ。絶対、自分の思った道で、それなりに大成してやるんだ。




 それでは、その夢や希望って一体何なんだろう? 自分のやりたいことは? 




 何も思いつかないじゃないか。それだったら親の望む人生だっていいのではないか・・・・・・。


 今は、ただ、訳あって職を辞しているが、いずれ、そうだ。本当は、ぼくだって社員がいいに決まっている。


 でも、悔しいが、今のところ、それを見つけられずにいる。くそ、本当は、ぼくだって親を安心させたいんだ。そして、一緒に平和な正月を送りたかったんだ。

 なのに・・・・・・。何で、この現実というものは、ぼくの目の前に大きな壁を造り、そうやって、ことごとくぼくの夢や意思を潰していくのだろう。


 この年になって、親に心配をかけさせたくない。誰だって思うことだ。でも、それが出来ないから、ぼくは苦しんでいるんだ。親の気持ちに応えたい、でもそれが出来ない、ただこんな単純なことが出来ないくらいに、今の世の中は複雑になり過ぎてしまったー。


 テレビからは、芸人たちのダルそうな声、笑い声がいつまでも耳に響いていた。今だって、それがこびり付いている。

 正月番組って、何でこんなにも無意味で、バカげたものでしかないのだろう。内容は覚えていない。

 でも、あの空気だけは、一宮駅に着き、名鉄電車がやってきて、それに乗り込んでも、身に沁みついたように、いつまでも不快感として、この身体から出ていくことはなかった。


 いや、待てよ。ぼくは椅子に深々と座ると、考えてみた。世の中というものは、もしかしたらぼくが思うよりも単純なのかもしれない。

人間はなぜ生きる? 食べて、寝て、基本的にはそうじゃないのか? 昔からいうじゃないか。

 人間が生きていく上で、必要なものは衣、食、住の三つだと。それさえあれば生きていけるんだ。それをするために金を稼がなければならないのであって、今現在、どうだ。

 ぼくには、そのどれをも得ている。しばらくはお金だって、失業手当が入ってくる。だから取り急いで、変なものを得るよりは、じっくり進んだ方がいい。

そして、この先、どう進むのかを複雑に考えることなく、むしろ単純に考えるのも、いいのかもしれない。

 だから、正月のテレビは、あんな風に意味のない番組を放送しているのか。いや、意味がないのではなく、窮地に陥ったからこそ、人間らしい生き方を取り戻せ、楽しければ、笑えばいいのだ、と言っているのかもしれない。

 それに、ぼくには味方が沢山いる。親だって、本当はぼくのことを応援してくれている。

 だから、あんな風に機関銃のように捲し立ててきたんだ。友達だっている。鴨川だって、ぼくのことを心配してくれている。ぼくはやる。ここから立ち直ってみせる。そして、また社会復帰をしてやるんだ。


 今が人生の中で、最悪な時なんだ。


 安心しろ、もうこれ以下はない。あとは上がっていくのみだ。人間、心さえ折れなければ、やれるんだ。道は続いていく。





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