第四章 新年 ### 俺は兎 8
― 十二月三十一日 ―
大晦日
連休に入ってからは、毎日のように千晶と会っていた。彼女の体調も良くて、比較的穏やかな生活を送ることが出来ている。
比較的という言葉がミソだ。大事には至らなかったが、先週の水曜日に千晶は、一度発作を起こしたらしい。
その日は平日で、会う約束もなく、また電話も前の日に二回話していたため、水曜日にはメールもしていなかった。だから俺は、彼女の声を聞いてはいなかった。
その日の午後、彼女は病院でまた頭痛から手足が痺れ、その後意識を失くしたそうだ。
その話も千晶の方から訊いたのではない。彼女はこのことを黙っていたのだ。では、誰から訊いたのか、といえば、妹の真美からだ。
木曜日の夜に電話をかけた。千晶の携帯にかけたのに、妹が出た。そして、最初は世間話しをしていたのだが・・・・・・。
「それで、千晶さんは?」
「お姉ちゃん、もう寝たんだ。さっきまで、起きて、テレビを見てたんだけどね・・・・・・」
「そうなんだ。電話なんかして、悪かったね」
「ううん。たまたま私が通りかかっただけだから。もし、私が電話とらなかったら、ちゃんとお姉ちゃんが出たと思うよ。今から起こしてこようか」
「いや、いいんだ。大した用事じゃないから」
「そう」
「それより、千晶さん、元気?」
「うん。今日は・・・・・・」
「今日は?」
「実は、昨日、また、病院で倒れたんだー」
倒れたのが病院の中だったからよく、もし、地下鉄のホームやあるいは高層ビルの上階の方だったら、と思うと、後から訊いた話しではあったが、背中の方が冷える程の恐ろしさを感じた。だから比較的という言葉を使ったのだ。
それ以外は順調だった。毎回、会えば、彼女は笑顔を浮かべ、俺に接してくれた。
俺と彼女の付き合いは自然に思える。普通にメールをし、声が訊きたくなれば、電話をし、会いたくなったら夜遅くにでも会いに行った。
それを何の負担にも思わないことで、愛しているんだな、と実感できた。
「私ね、ほんとういうと、嬉しかったんだ」
「何が?」
「初めて会った日。覚えてる?」
「勿論」
「あの時、地下鉄で私の体調、本当に悪かったの。でも、病院に、休むっていう勇気もなくて、とにかく苦しかったんだよ」
「うん。今でも覚えている。顔色も悪かったしね」
「本当は、休みたかったんだ。でも、いつも迷惑かけているし、皆に何て思われるか、不安で・・・・・。でもさ、眞人君の言った言葉、胸に染みたな」
「え、どんなことを言ったのかな、覚えてないや」
「会社なんて所は、自分のことなんか、なんとも、これっぽっちも気にはしてくれないんだから、とか。
ただ単に歯車の一つ。その歯車の一つが無くなれば、また違う歯車を探して、付けるだけなんだ、って。
そう言われて、なんか、気が楽になったな。私一人、いなくてもそんなに重要じゃないんだ。歯車は他にもいるってね。
とにかく、自分のことが一番大事なのよね。そりゃ、一人休めば、周りは困るかもしれない。でも、無理して、このまま働き続け、倒れたら、どうするの。その時、他人は、君の身代わりは出来ないよ、って」
「ハハッ。そんなこと言ったかな。あの時は、千晶さんが病院に勤めていること知らなかったから、会社って言ってたもんね」
「そうね。とにかく、言ったわよ。でも、あれで気が楽になって、病院に電話をかけることができた。私ね、強い人に憧れてたのかもしれない」
「俺が強い人? まさか」
「そうよ。だって、普通の人ならば、あんなこと言えないし、周りの人のことばかり気にして、大体は、我慢を余儀なくされ、それで自分の体を駄目にしてしまうことだって、あるかもしれない」
「強かないよ。俺なんか。ただ人のことを考えない、気にしない、単に自分勝手で、どうしょうもない男だよ」
「ううん、違う。眞人君は優しいよ。私にはわかる。そして、強い人」
「なんか照れるな」
「私、眞人君のそういう強い所が好きなんだ」
「強くなんか、ないって」
私が弱いから、強い人に憧れてるんだよ。私なんか、すぐにくよくよ考え込むだけで、自分の意見を言えない。だから眞人君みたいに、ポン、ポン、ポンって自分の言いたいことを、すぐに口に出して言える人が羨ましいの。
小さい時からそうだった。学校の保健室でよく横になっていることが多かった私は、いつも運動場を見ていた。見ていることしか出来なかったの。丁度南向きの窓からは、それが見えた。
運動場では、サッカーやらドッチボール、陸上が行われていた。私は、それらを見ているのが好きだったな。だって、私はいつも参加できなくて、見学だけだったもの。
だから、運動場で走り廻ったり、元気よく、ボールを蹴ったりする子に、憧れた。いいな、私もやりたい、って。私が病弱だから、元気な人を見ていることが好きだったんだと思う・・・・・・。
その日は冬にしては暖かい日だった。名鉄の駅を出ると、多くの人だかりが出来ていて、ぞろぞろと、皆が同じ方向へと進んでいく。
「もうすぐ、正月だね」
「だね」
「時間がゆっくり進んでいる。こういうの好きだな」
「俺も」
厳かな雰囲気があった。俺たちは熱田神宮にやってきた。名鉄の金山駅から五分もしない内に、神宮駅を下車し、駅の西口から出ると、目の前に熱田の森があり、その中にあるのだ。
「熱田神宮には東門、西門、正面の南門があるんだよ」
「そうなんだ」
すでに人は沢山いて、参道には沢山のブースが並んでいた。どて煮、おでん、お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、クレープ,リンゴ飴などの出店があり、的屋の人が声を嗄らしながら売っていて、とても活気があった。
「ここは?」
「東門。いい、鳥居をくぐる時は、一礼するのよ」
本当は、この初詣、楽しみにしてたんだよ。私は、小さな時からよくここ、熱田神宮に、おじいちゃん、両親と妹で毎年来てたもんな。
でも、私が高校に入学してからかな、来なくなっちゃたのは。色々と皆が忙しくなったり、あとは大きくなるにつれ、恥ずかしくなったのもあるかもしれない。
で、最近になって、また昔みたいに来たくなったんだ。一年の計は元旦にあり、っていうじゃない。だから、好きな人ができたら、来たいな、って思っていた。
「そうなんだ。随分詳しいね」
「まあね。おじいちゃんが煩いからね。ああ、いい匂いするわね」
「そうだね」
「お腹空いてきたな。何か食べようか」
「さっき夕食、食べたじゃん」
「うん。でも、何か、こういう所にくると食べたいのよね。何にする?」
それから、もう一つのお楽しみは、屋台かな、だってなんか、食べたいじゃない、こういうロケーションの中では。
「え?」
俺は、少し驚きの顔を浮かべたが、千晶が微笑みながら、出店に小走りで寄っていくのを見て、一緒に、後ろからついていった。そして、千晶はたこ焼き屋の前で止まった。
良い匂いに連れ、千晶は並んでしまったのだろう。まったく子供みたいだ。俺も、のそのそとその列に合流した。そして、タオルを、頭に巻いた二十代の男性の的屋と目が合った。
「いらっしゃい。美味しいよ」
俺は、目の前のアツアツの一パックを手に取り、購入することにした。
「少し、脇に寄ってから食べよう。俺の驕り」
「有難う」
俺は、パックの端にあった二つのつま楊枝を取り、一つを千晶に渡し、それから上蓋を外してから差し出した。
千晶がアツアツに焼けたたこ焼きの一つを、つま楊枝を突き刺して、それを口の中に入れた。
「あ、あっ、あっ、熱い」
「ちょっと冷ましてからの方がよかったね」
「もう、最初からいってよ。そうゆうことは。私、猫舌なんだからね」
「ハハハハッ」
俺たちは楽しそうに笑い、二人でたこ焼きをつっつき合った。
「こういう所で食べると、何でも美味しく思えちゃうから不思議ね」
「そう、そう、それだよ。だから少し高くても、売れてるんだ、きっと」
小さな頃のことを思い出した。
毎年ではなかったが、こうやって父親と母親の家族三人でここに来たことを。
あんま変わってないな。あの時からこんな風に少し昔の香りが漂う所だった。
小さな体で、境内を歩くと、物凄く広くて、大きな森だった記憶があるが、こうして大人になってからやって来ると、そうでもないことに気づく。
いつも出店を見つけると、母親にせがんで何かを買って貰い、食べたものだった。買って貰うまで、その屋台から動こうとしなかった。
なぜなら、そうすればいつだって買ってくれると思ったからだ。そして、母親の財布の紐が緩むと、弾けんばかりの笑顔が溢れた。
時刻が十一時三十分になっていた。
「もうすぐ十九年も終わるわね」
「そうだね」
「色々なことがあったよね、今年」
「だね。今年、千晶と出会って、ほんとよかった」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだよ」
「来年も宜しくお願いします」
「こちらこそ。来年はどんな所にいく?」
「いいところ」
「どこよ? そして、どんな年にしてくれるの」
「後で教えてあげるよ」
「何で? 今教えてよ」
「もう少し。来年になったら」
俺は、千晶の手を握った。
千晶も俺の手を握り絞めてきた。
冷たい手だった。いつも冷たい手をしているな、そう思った。彼女は手足が冷えるタイプで、寒がりだ。だから俺が手を温めてやるんだ。
俺たちは、敷地内を通り、駐車場を抜けると、すぐに現れた大きな鳥居に二人で、一礼をした。それを見ていた他の人も倣って一礼をする。
「ね、神様の通り道ということから、参道の中央は避けて通るのがいいわよ」
千晶が言ったので、俺たちは端を歩いた。言われてみるとこれほど多くの参拝者がいるにも関わらず中央が空いているような気がした。
東門から真っ直ぐ突き当り、右に行くと、手水舎で心身を清めることにした。
「冷たいね」
「冷てぇ」
その後、二人して笑った。二人で、尺に水を汲み、お互い手を洗い合った。それでシャンとした気持ちになってきた。
「ハンカチ持ってる?」
「持ってるよ」
何かいいな、こういうの。特別なことをしているわけじゃない。遊園地で、ジェットコースターに乗っているわけでも、動物園で可愛い動物を見ているわけでもないし、新作の映画を見ているわけでもない。ましてや高級レストランで舌鼓しているわけでもない。
ただ、神社に来て、お参りに来ているだけだ。でも、それが楽しいんだ。好きな人と一緒に居られること、それが私にとって楽しいし、幸せだなって思えた。
それに、今日は、体調がいい。だから、何の心配もいらない。思う存分、眞人君と楽しむことができる。これが一番だった。
いつまで続くのか、わからないけど、もし、何処かで、倒れて、そのまま寝たきりになったら・・・・・・。
そんなことを考えると、怖くなってきた。今が一番幸せなんじゃないか、と思え、この先、不幸が続くのではないか、と。
― 一月一日 ―
俺たちは神宮駅から近い東門から入ってきたが、物凄い参拝客でびっくりした。
皆、どこかウキウキとしているようで、新しい年が来るのを心待ちしているようだった。どんな年がやってくるのか。期待に胸を膨らませ。
古い年が終わり、やがて新しい年がやってくる。失敗して、後悔している人も、成功を収め、良い年で、充実した年を送れた人も、今年は終わる。待ってはくれない。だったら、新しい年に希望を持とうじゃないか。
やがて来る新しい年は、皆、どんな年になるのか分からないのだ。だから人間は進む。前に進まなければ、どんな年なのかも分からない。それを知りたくて前へ進む。
もう少しで年越しだ。いよいよ、あと十分もすれば今年も終わる。
一年が過ぎ去るのは早いものだ。今年は色々なことがあった。同棲していた彼女とは別れたが、地下鉄で出会った、今俺の隣にいる女性、千晶と知り合った。
そして、彼女とこの先の人生を共に生きていくことを心に決めている。
この人だと思った。そして、こんな人と俺は、結婚をすんだな、と思えたから、今、俺は、そう心に誓おうとしている。
俺が自然でいられる人。そんな人と結婚をするんだな、と。
電話が鳴っていた。さっきから鳴っていたようだが、取ろうとした瞬間に切れてしまった。
鴨川からの着信だった。俺はどうにも気になった。千晶から少し離れて、鴨川に電話をかけてみることにした。
「どうしたんだ?」
「いや、別に、ただ、」
「ただ、何だよ?」
「暇だったから、スマホをいじっていたら、間違ってお前にかかってしまった、というわけだよ。悪かったかな」
いつもと違い、随分と落ち込んだ声音だった。あの明るくて、軽い、無神経な、鴨川の様子は、何処にもなかった。一体、どうしたんだろ?
「いや、いいけど、」
とは、行ってみたが、言葉尻にイラついた声音が含まれているのを否めなかった。
「いいけど? あ、もしかして、彼女といるとか?」
こういう時の鴨川は、意外と繊細なのかもしれない。
「まあね。用がないのなら・・・・・・」
「もう切りたいようだな。悪かったな」
何処となく沈んだ声。
「いや、いいさ。どうした?」
ここで電話を切っちゃいけないような気がした。何か喋らないと、電話が切れてしまいそうな気がして、少し焦った。
「どうだ。最近は?」
「どうって、何が?」
「ああ、仕事とか。その・・・・・」
「仕事は相変わらずさ。居酒屋で、酔っぱらいどもを相手に、日夜頑張っているだけさ。代わり映えがなくて、悪かったな。
彼女の方は・・・・・・。あれ以来全く会っていない。フラれたからな。しょうがないんだが」
「そうか」
言葉が続かなかった。何と言ってやればいいのか、どんな言葉をかけてやればいいのかさえ、思いつかなかった。
「お前の方は、幸せのようだな」
「・・・・・・」
「図星だな。わかるよ。わかるんだよ。お前のその声音からして。いいよな。仕事も充実、それに彼女ともアツアツで。
それに比べ、俺ときたら、二十六歳フリーター。彼女なしの孤独な男だよ。
こんな人々が笑顔を浮かべるような時期に、一人でいるんだ。そりゃ、面白くないに決まってんだろ!」
ガシャーン!
何かが、陶器のようなものが割れる音がした。
「酔ってんのか?」
「ああ、酔ってますよ。おおいに」
俺は何も言えなかった。
「新年明けましておめでとうございます」
? 何なんだ、いきなり。
「明けましておめでとう・・・・・・」
俺は反射的に言っていた。
「ハッハハッッ! 彼女よりも先に言ってやった。これだけでいい気分だよ。
何せ新年一発目に、こんなろくでもない男と挨拶を交わし合ったんだからな、お前は。
今年は、ろくでもないぞ。縁起でもないよな、お前。アッハッハッハハ! それだけで充分だよ、俺は。
本当は、俺なんかより、彼女と挨拶したかっただろ? 言えよ。正直に言えってんだ・・・・・・」
そう言って、あいつは一方的に電話を切ってしまった。
一体、鴨川は何がしたかったのだろう。こんな子供騙しみたいなことをして、喜ぶような男じゃなかったはずだ。奴の身に、一体何があったのか。
こないだも俺に電話をかけてきたが、俺は忙しいのもあり、邪険にしてしまった。
もっとあいつの話しを訊いてやればよかったのかもしれない。俺が困った時、いつもあいつが助けてくれたじゃないか。
淋しい時だって、あいつの笑顔に救われたこともあった。なのに、俺は、自分のことしか見ていなかった。
恐らく、あいつは彼女と別れ、一人でこの時期を孤独に過ごしていたに違いない。
そして、その孤独に耐えられず、俺の声でもいいから聞きにきたのだろう。それなのに、俺は邪険にしてしまった ー。
「誰から?」
千晶は訊いた。何か、雰囲気壊すな。盛り上がってきたこの感情が、ここでピタリと止んでしまったように。
「友達だよ」
「何だって?」
「どうしようもないことだよ。大学からの付き合いの奴だけど、そいつが暇してたから、かけてきたんだって。ただそれだけ」
「いいの?」
友達だから、しょうがないけど。千晶は、そう思うことにした。
「いいのって?」
「だって友達でしょ。何か用事があったのかもしれないじゃない」
お蔭で、カウントダウンを逃しちゃったじゃない。もう・・・・・・。千晶は少し冷たい声で言った。
「大丈夫。だって、あいつから電話を切っちまったんだから」
「そう」
俺たちは歩いた。
「ね、凄い人ね」
千晶は言った。
「うん。ちきしょう。あいつ・・・・・・」
腕時計を見ると、あいつの言うとおり、十二時を過ぎていた。
本宮の前には行列がある。周りにいた参拝者もそこを目指し、進んでいく。順番に前にいる人から参拝をしていく。俺たちは遅れをとったみたいだ。
「え、どうしたの?」
やっと気づいたの、もう、バカ。
「もう年が変わっちまってるよ。年が明けると同時に挨拶を交わし合いたかったのに・・・・・・。もう十二時十二分」
「ああ、そうね」
千晶はお辞儀をした。
「明けまして、おめでとうございます」
しょうがない。やり直せばいいことだから。来年も、あることだし。
「明けまして、おめでとうございます」
俺もちゃんとお辞儀をした。
「今年も宜しくお願いします」
「こちらこそ。宜しくね」
「うん。じゃ、俺たちもお参りしよう」
「うん。何をお参りするかは、訊かないことよ。だって、願いが叶わなくなっちゃうから」
「ああ」
やがて、俺たちは本宮の真正面にやってくると、そこでお参りをした。
色々な人がいた。堂々とお参りをする人、小さく、さっとして、すぐに立ち去る人、子供が泣き出し、後ろを気にして、お参りもろくにできずに、仕方なく立ち去る人。
千晶は何をお参りしたのだろう。俺が終わって、周辺を見ていても、ずっと目を瞑り、真剣な趣でお参りをしていた。
「行こうか」
「気が済んだ?」
「うん。ね、おみくじ、引いてかない?」
「いいね」
俺たちは、隣のお守りやおみくじ売り場に並び、ここでも長いこと待たされたが、それぞれおみくじを引いた。
「何が出た?」
「末吉」
「ああ、一番悪いやつね」
「何だよ。それ?」
「だって凶や大凶なんて、普通聞かないから、末吉が一番悪いのよ」
「ふん。じゃ、千晶は?」
「私は吉」
「吉っていいの?」
「ま、神社によって種類や、順位が違うといわれてるけど、普通じゃない」
「良かったね、かな?」
「まあね。良かったのよ。普通が一番」
「ね、千晶さ」
「何?」
「俺、実は、今日、新年を迎えるにあたって、千晶に言いたいことがあったんだ。途中、邪魔が入ったけど」
「え? 何、何?」
「実は、その、俺、昨年か、千晶と地下鉄で出会って、すぐにこの人だって思ったんだ。
まだ二ヶ月くらいしか経ってないけど、俺、千晶と一緒になりたい、と思ってるんだ」
時間が止まった。俺の足も止まったが、千晶の足も止まった。
そして、俺たちの間だけが時間が止まり、お互いが顔を見合わせていた。突然真剣な顔つきになった千晶。その顔につられて、俺の顔も真剣な顔になっていった。
参拝客の人々がそんな俺たちを煩わしそうに追い抜いていく。ジャリ、ジャリという人が砂利道を歩いて行く音が、耳に入ってくるだけだった。
「え? もう一回言って」
うわ、やだ。ドキドキしてる。どうしよう。顔も真っ赤になってきた。
「聞いてなかったの?」
「いや、違うけど・・・・・・。でも、もう一回訊きたい。だって、こっちにも心の準備っていうものがあったんだから。
だって、ね、こんな所で、こんなシュッエーションで言うこと?もっと、さ、違う、所、落ち着いた所で訊きたかったな」
俺は、千晶に近づき、一緒に裏口まで歩いて行き、人通りがなくなったのを見計らい、そして、顔を近づけた。
千晶は真っ赤な顔で、しばらくは俺を見ていたが、やがて目を閉じた。
そして、二人は口づけをした。
「ごめん」
「ううん」
ああ、本当にびっくりした。手に汗かいてきたじゃない。熱が出そうよ。
「俺さ、二十年の初めに会いたいのが千晶だったし、そして、実際こうして会うことができた。だから言いたかったんだ。結婚して下さい」
やだ、眞人君の顔が見れないよ。だって私の顔がこんなにも火照っているんだから。
どうしよう。まさかね、こんな所で、こんなシチュエーションで、言うなんて。バカ ー。
それに、何より、今日プロポーズされるなんて、私、きいてないから。
「はい」
「本当?」
俺は嬉しさのあまり、ここから駆け出したいくらいだった。
「うん。こんな私でも、良かったら」
「有難う」
「こちらこそ」




