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時空の歪み  作者: 中野拳太郎
19/25

△△△  ぼくは亀  6



 やっとのことでチャンスを得たような気がする。これがいい方向に向えばぼくは、ようやくスタートラインに立てそうな気がする。 

 長かった。今日は、面接の決まった株式会社ガリレオという会社まで出向くことになっている。本当に、今まで長かった。


 職種はスイーツ・輸入雑貨等の企画営業とある。ぼくにとって趣味と実益を兼ねたいい会社に思える。

 

 時間がきたので、十階建のビルに入っていき、受付で、入館案内を受け取り、会場である二階の応接室に通されると、五十代半ばの小柄の男が真正面に座っており、入室してきたぼくの顔をじろりと見てきた。それでぼくは、委縮した。

 昔から本番で弱いタイプだった。何でもそうだ。クラスの演劇会や運動会の、例えば組立体操でも、練習ではなかなかいい風にできた。でも、本番では極度の緊張で、必ず失敗するタイプだった。

 胃がキリキリする。朝起きて胃薬を飲んだが、治ってはいない。胃酸が込み上げてきて、今にも吐きそうだった。


「今日は面接試験にご来場有難うございます。最初は、筆記の方からやってもらいます」


 すぐにプリントが配られ、テストが始まる。先ずは国語からだ。十問の比較的楽な問題のショートテスト。

 大学を出て、四年。勉強らしい勉強などしてないため、大丈夫かと不安に思ったが、左程難しい問題でもなく、スラスラと解けた。

 次に数学。そして、最後に歴史。一般常識的な問題で、各教科九十点以上で合格となっている。


 その後十分の休憩を挟み、いよいよ面接が行われる。


 しばらくすると腹の突き出た男と、若い男が続いて入って来た。

年配の方はスーツを着ていたが、若い方はスラックスに紺色のセーターとカジュアルな服装をしていた。



「御社の仕事内容に大変興味を持ちましたので、入社を希望しました。海外や全国各地から買い付けてきたこだわりのある食品、ご当地グルメ、スイーツ、ラーメン、惣菜等、それからインテリア・輸入雑貨等のギフト用商材をお客様に提案する。

 なにより、ブームが起こる前に、「こんな商品がキマス! 貴社でお中元として使いませんか?」など、そういうフレーズが気に入ったというのか、御社に将来性を感じ、それが面接に挑む理由です」


 どういったところに興味を示したのか、という質問に、ぼくはホームページ上にあった受け入れを、頭の中に叩き込んできたため、それを自分なりにアレンジして答えてみた。


「そうですか、弊社は、今後は食糧品や雑貨に止まらず、幅広い分野において事業を展開していこうと思っております。

 ですので、チャレンジ精神旺盛の方に来てもらいたい、と思っており、そうゆう方に社員として来てもらえるのであれば、年功序列なく新商品の企画、開発新規事業立ち上げや、新規事業の運営等お任せしたいと考えております」


「大変興味深い、と思っております。また、ブースイベントもあるそうで、「ふるさと祭り」「ご当地フェア」「企業イベント」「福祉施設」等での、ディスプレイの企画、POP制作・接客・販売どれも、私の眼には、魅力的に映りました。

 まさに夢のある、これからの会社だと存じます。是非そうゆうところで働きたい、と思っております」


「興味を持ってもらえて良かった。とにかく弊社は売り上げも上がり、人手が足りなくて困っています」


 若い方が言った。


「弊社の教育方針は、スキルアップに向けて、商品を仕入れる、売る、という、ビジネスのイロハや、企画力、提案力、人脈などを一から培うことができると思っています」


「はい。そのような貴社で働きたいです」


 この会社は、福利厚生もしっかりしている。何とか内定がもらえないだろうか。


 この会社の事業内容は、総合商社として、世界各国、全国各地の素晴らしいものを発掘し、多くの方々に紹介して、クライアントとお客との架け橋となる活動を志している。

 そして、今後は食糧品や日用品・輸入雑貨にとどまらず、幅広い分野・商材において事業を展開していく会社だ。


 社が求める人物像は?


 成長意欲のある人。


 面接でよくする質問は?


 夢や目標。


 面接時にもっとも重視されるポイントは?


 働くことに対する意欲。


 社の魅力は?


 研修が充実しているので、未経験の方でも仕事を短期間で覚えていただける。仕事を通じて成長を実感できる。


 従業員十五人の、とても若い会社。それらを頭の中に叩き込んできた。


「私は、人とは違う何かをやりたい、と常々思っており、仕事で海外にいきたい。実力をつけて将来は独立したい。若いうちに実力をつけて視野を広げたい。

そう思っております。ですから、貴社の事業内容が私には、大変魅力的に思えたのです」


 やっとここまで漕ぎつけた。ここまで来るのに長かった。もう駄目なのかもしれない。そう思ったが、自棄にならず、コツコツと今までやってきて、本当に良かった、と思う。


 職種が変わって、今度はスイーツや雑貨を主とする営業だ。でも、今まで培ってきた能力を最大限に生かしていこう。広告代理店で四年間揉まれてきたんだ。できないはずはない。ぼくはそう強い気持ちで臨んだ。顔も強張っていたに違いない。




「実はね。最近、一人若いのが辞めてね。その子は、夢のために東京に行きたい、っていってきたんだよ」


 緊張を和らげるような物腰で、年配の男が語り始めた。


「後先考えずにそんなことやって、ね、とは思うんだが。本人が言うんだからしょうがない。

 でもね、こっちは一から仕事を教えて、これからだっていう時に・・・・・・。分かるだろ、君も?」


 ぼくは、キョトンとしたが、慌てて何とか、頷くことができた。


「元々従業員が、十五人の少ない会社だ。一人抜けた分、今、残った人数で仕事を廻さなければならない。それはわかるだろ。

 本当いうとね、猫の手でも借りたいぐらいなんだよ。そんな時に、君が来た。

だから、明日からにでも来てほしいと思っているんだよ。ま、筆記が九十点を超えてればの話し、なんだけど。常識問題だからよっぽど受かるようにできている。だから、縁があれば、宜しく頼むよ」


 そういって笑いながら人事担当の男と握手を交わした。手応えを感じていた。今までにないほどに。






 家に帰り、再放送のドラマを一人でぼけぇっと見ていると、携帯に着信があった。


 身構えていなかったこともあり、突然の電話で緊張が走った。今日面接にいった会社からの電話だ。

 声が裏返ってしまった。それ程緊張をしたが、相手の電話のトーンは低かった。


「今回は、縁がなかったということでー」


 という連絡を受けた。


 不採用だー。くっそう! いいと思っていたことを、成功したと思っていたことを、覆されることほど、ショックは大きい。




 がっくりだった。どういうことだ? あれほどまでに手応えを感じていたのに・・・・・・。不採用なはずはない。そこまで自信に満ち溢れていたというのに。

 一体、何が悪かったのか、それだけでも知りたい。それさえ知ることができたのなら、この心の中にあるモヤモヤが解消するというのに。

なぜだ? 一体、どんなところが悪かったんだ? 頼むから、それだけでもいい、教えてくれないか。

 別に、不合格を合格にしてくれ、と言っているわけじゃない。ぼくはよっぽど電話をかけて、訊いてやろうかと思ったが、寸でのところで辞めておいた。


 面接に行く前と同じく、ぼくは、無職だー。

 あの時と何ら変わらぬこの状況に、またしても灯りのない、先の見えないトンネルの中に、閉じ込められてしまったわけだ。


 外出しても何処か後ろ指を指されているような、自由であるはずが、何かに拘束されているかのようなこの閉塞感。

 苦しかった。苦しさしかない。それがまだ続くと思うと、ぼくはこの先耐えられるのだろうかー。


 もういい。今度こそ、本当に、自棄になりそうだった。






 ぼくは、鴨川に連絡をしていた。そうでもしなければ自分が崩壊していくようだったから。それだけは避けなくてはならない。


 一人暮らしの辛さだ。自分がここで終わりだと思えば、それで終わってしまう。

 だって誰もいないのだ。自分がいくら苦しんでも、悲しんでいたとしても、誰も気づかない。それに、一人、部屋で倒れていても、誰も気づかないー。




「よう。いやにテンションが低いじゃないか。どうした?」


「わかるか? 実は、今日な、面接にいったんだ」


「ほぉ~」


 ぼくが何を言わんとしているのか、考えているようだった。


「不採用だってさ。今、連絡があったよ」




「気にすんなよ。まだ若いんだから、いくつもあるさ、就職先なんて。俺なんか、まだバイトだぜ。

 もしかして、そんな男から励ましの言葉でも訊きたかったのか? やめとけ。余計に虚しくなるだけだぞ」


「そんな、つもりじゃないんだ。ただ・・・・・・」




「今からお前んち行くか? 相変わらず、俺は今日も暇でね、」


 しばらくしてから鴨川が言った。恐らくいろいろ考えた挙句、この言葉しか浮かばなかったのだろう。

 でも、ぼくはそれだけでも助かった。それだけぼくは、落ち込んでいた。

そう言ってもらうことを待っていたんじゃないかと思える。ぼくは、まるで藁にもすがる想いだったに違いない。だから鴨川に電話をかけたのだ。


「相変わらずノリがいいというのか。行動が早いな」


「それが俺のいい所だよ。忘れたのか。で、理恵も連れていくか?」


「いや。いいよ。今日は、あんま、大勢では・・・・・・」


 そこは、拒否した。理恵ちゃんが来れば、そりゃ明るくもなる。でも、ぼくが気を遣うし、相手だって、鴨川だって気を遣うことになる。

 それだったら、淋しいが男同志の方が、気が晴れるに違いない。言いたいことを我慢せず、バカ話で夜を明かす。そんな夜があってもいいではないか。


「大勢ったって、お前入れて三人だけだけど。そっか。分かったよ。じゃ、今からお前ん家にいくよ。俺一人だけで」


「ああ。そうしてくれると有り難い」


 自分でも小さな声だということが分かり、何だが妙にしみったれていて情けないな、と思った。


 鴨川は、物分かりのいい男だ。


 しかし、僕は、何とみみっちい男なのだろう。人と関わりたくなければ、一人でいればいいものを、こうして数少ない友人に頼るこの浅ましさ。自分でも嫌になってくる。

 でも、どうしようもないんだ。この孤独感や、無力感。それらを少しの間だけでも棚に上げて、心を楽にしたいと思った。

 人間は、弱いんだ。素直にそう思う。自分の、自信のあったことが、このように粉々に打ち砕かれた時。

 人間は、こうも精神的にも弱るのだな、と、そう実感させられた。こういう時には、素直になろう。

 それが挫けた時の、人間としての危機的回避術だ。何もカッコ悪いことじゃない。生物が大海原で生きていく上では、必要不可欠なことなのだ。誰だってやっていることだ。そう思えばいい。








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