$$$ 狼 1
「やだね、パパは、ほんと汚いんだから。だって、服を脱ぎっ放しだもんね。 奈津美、パパのことを見習っちゃいけないわよ」
「パパは汚いの?」
「そうだよ。とにかく、だらしないんだから、パパは。だって、汗をかいたTシャツや、パンツに靴下、それらを廊下に放り出しているんだから。
何でちゃんと洗濯機に入れておかないんだろうね。奈津美、それだけは、真似しちゃいけないわよ」
「うん。ちゃんと脱いだお洋服は、洗濯機の中にいれること、でしょ?」
「そうよ。えらいわね、奈津美は」
「うん。私、」
「何?」
「えっとね。パパとお風呂入りたくない。だって汚いんだもん」
「じゃ、ママと入る?」
「うん」
「ちょっと、あんたいつまで寝てるの?」
「休みくらい、家事を手伝うだとか、何かやることないの?」
「うるさいな。俺は疲れてるんだ」
「パパ、いっつも疲れてるね。だから、私、面白くない」
「面白くないわね。わかった。じゃ、二人で買い物に行きましょうか」
「うん。私、ママとお出かけするの楽しいから、何処でも付いていくよ」
「ママもよ。奈津美さえいれば、嬉しい」
女はキッと睨んだ。
「あんたは、来ないわよね」
「無視? もう、いいわ。鍵かして。私たちで、買い物に行ってくるから。奈津美、行くわよ。支度しなさい。
もう、この人ちっとも役に立たないんだから。家事は手伝わないし、おまけに、稼ぎも少ない。ほんと最低。こんな人と結婚なんかするんじゃなかった」
バターン! 玄関の閉まる強烈な音がして、背筋が伸びた。だが男は舌打ちをして、テレビを見つづける。
家庭に帰って来ても、自分には、居場所なんてなかった。まったく汚いものを扱うかのようなその態度に、日々苛立ちを募らせていた。このままでは、本当に離婚してしまうんではないかとさえ思えてくる。
その男は、くわえ煙草で作業を始めていた。黒の樹脂パレットに、一パレット二十四箱の段ボールに入った製品を置き、それが倒れないよう紐で縛りつける。そして、足蹴にし、フォークリフトの運転席に乗る。
仕事をしていても家庭のイライラが頭から離れない。モノに八つ当たりをして、その憂さ晴らしをする。
レバーを操作し、フォークで樹脂パレットを持ち上げて、運搬し、八トントラックまで運び、荷台に詰め込んでいく。
いつもの手慣れた作業。頭の中で、昔流行った洋楽を刻み、身体を動かしていく。
きっちりと紐で縛られた製品。バランスを考えて、フォークリフトで運んでいく。前輪は動かいなが、後輪が自由自在に動くので、小回りがきく。慣れれば運転しやすく、何処までも、どんなに狭い場所でさえ入っていくことが出来る。
「ふぅ」
煙草を吸い終え、それを道路に落し、靴で火を消した。最近煙草の量も増えている。それ程までにストレスが増しているということだろう。
荷造り、という作業は簡単に見えるが、実際やってみると、なかなか悪戦苦闘する。
紐が緩いと、解けて、箱が崩れ、中の製品が飛び出してしまう。そうなったら保障問題に発展するが、男は、慣れからか作業が雑だ。
頭の中で、リズムを刻み、片手でハンドルをぐるぐると廻し、操作する。次々にフォークリフトでパレットをトラックの荷台に詰め込んでいく。慣れた作業。素早い動きで、あっという間に詰め込んでしまった。整列したパレット。見た目は気にしない。少々の乱れは関係ない。トラックの荷台に、押し込んでおけば問題ない。
ハンドルをグルグル廻しながら運転し、勢いよく、フォークをパレットに突き刺し、持ち上げ、そして、走行し、所定の場まで運んでいく。煙草の煙りが目に入り、目をしかめた。そんな時だった。
「また煙草を吸いながら作業をしているの。あれほど注意しても、堂山さんはきかないんだよな。その内係長に言いますよ」
ずんぐりむっくりの後頭部の禿げあがった男がやってきた。上司の佐川だ。腹立たしいことに年下だ。何かにつけてネチネチと文句を言う男で、周りの評判も悪い。とにかく嫌な男だ。
「済んませんね」
小柄で素早い動きの男。堂山彰浩は、取り敢えず謝っておいた。今年四十六歳になる入社して二十年のベテランだ。
「すんませんねって、本当に反省しているの?」
「お前、いい加減にしとけよ」
堂山が凄むと、佐川が少し後ずさった。
「いい加減んて?」
「お前、俺より年下だろ。何だその口の訊き方は?」
「一応、これでも堂山さんの上司なんだけどな。だったらどんな言葉使いで接したらいいのか、教えてよ」
「お、お前・・・・・・」
堂山は、歯軋りをしながらも、ここは堪えた。
「まいいや、そんなことは」
「そんなことは?」
佐川の言葉尻が気になった。
「ああ。ちょっと、話しがあるんだけど、いいかな?」
嫌な予感がした。堂山は、リフトを止め、エンジンを切ってから降りた。そして、ヘルメットを脱いだ。
話しが長くなりそうだったし、何より、むさ苦しいのが嫌だった。相変わらずタメ口を辞めない佐川には、ムカついたが、ここは我慢だ。
「運転手の人員は増やさないけど、規模が少し大きくなったんだよね。そこで・・・・・・」
班長の佐川がいきなり切り出してきた。
「今いる人員で、そう、それぞれ、いく所が増えるわけなんだけど。詳しく言うと、堂山さんは、今からいく東洋鹿実が終わったら、次にミタカ工業に行ってほしんだよ。これは、社長からの提案でもあるんだけど」
「何だって。ミタカに行けって?」
堂山の声が大きくなった。
佐川は頷いた。
「お前、ミタカが何処にあるのか知ってるのか?」
「四日市・・・・・・」
「お前、ここが名古屋で、東洋は岡崎、ミタカは四日市だぞ。四日市といえば三重県だ。反対方向だし、越境だ。わかるか? 一体何時間かかると思ってんだ。馬鹿らしい。本当に、馬鹿らしい話しだな」
「越境って、たいそうな言葉だね。たかだか隣の県じゃない」
「俺にとっては、越境だ。それに、名四が混むことくらいわかるだろ」
物事が徐々にではあったが、理解してくると腹が立ってきた。きっと俺のことが煙たくて、虐めを目論見、それで相手が辞めてくれれば、儲けものとでも思っているんだろう。そんなところだ。
堂山は足元に唾を吐いた。
それに視線をやった佐川が、眉根を釣り上げた。
「気分悪いわ。帰っていいか」
堂山はそう言うと、踵を返し、突然歩き出した。
「お、おい、ど、堂山さん。ちょっと真面目にいってんの。午後の東洋鹿実の運搬はどうなるの?」
馬鹿野郎。人をコケにしゃがって・・・・・・。ああ、気分が悪い。あいつの顔を、これ以上見ていると殴り倒してしまいそうだった。
家に帰っても、俺の胃場所はない。くそ。俺は何処にいけばいいんだ。こんなにコケにされても働いているというのに、家族はちっともわかってくれない。
「困るよ、急に、休まれても ー。君に帰られたら、誰が東洋鹿実に行くんだ? おい、待てって、お~い」
堂山は、振り返ることなく、歩いて行く。
「堂山さん、事務処理だってあるんだよ。そんな勝手なことをして、済むと思ってるのか」
もううんざりだった。入社して二十年。有給だってまともに取らず、犠牲を払ってまで、この会社に尽くし、頑張ってきたのに・・・・・・。
堂山は足早に、後ろから追いかけても来ない年下の佐川を、振り返ることもなく、遠ざかっていった。
こんなことをしていいわけはない。それはわかっている。でも・・・・・・。




