懐の深さはきっと自分でも分からない
「あ、あー。あえいうえおあお、東京特許許可局、坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた。」
「しかし、赤子の様相で舌が良く回るのを見ていると、まるで妾の頭がトチ狂ったかと錯覚しそうだな。」
「いや、母乳の為に胸を大きくする魔法を創り上げる辺り、もう手遅れだろう。」
「もう、それを言うな……」
あれから三カ月。つまり生後六ヶ月。最近は段々気温も上がってきた。
食事は一ヶ月前離乳食へと変わり、お陰で顎の筋肉がより鍛えられ話せるようになった。
しかも、少しではあるが思うように身体を動かせるようになったという成長振り。
我ながら驚きの連続だ。
「リーラ、いつになったら世界の事を話してくれるんだ?」
「そっ、それは、そ、その襁褓が取れたらだと言っただろう?」
「全く、何を嫌がっているんだか。」
リーラ──件の少女──はいつもそう言って、俺にこの世界について教える事を極端に嫌がる。
一番始めは身体を動かせるようになってからと言われた。
成長の時期が時期故にすぐにその条件はクリアした。
次に【精霊語】等のマイナー言語のスキルを獲得するまでと言われた。
これは特に簡単で、神が言った『生き易く』とは、適応能力を常人以上にする事だと推測される。
その効果の一つが、スキルの早期取得だ。
リーラ曰わく、流石にこんなに早くスキルは手に入らないとのことだ。
言語系スキルを獲得するのには最低でも一ヶ月くらい掛かるらしい。
「だって、その、えと……」
「襁褓が取れたら次は何だ?魔法を使えるようになってからか?」
「うぅ……」
「あまり子供の成長を舐めない方がいい、あと数ヶ月もすれば立って歩く事が出来るようになる。」
そう言って寝台から起き上がる。手すりに掴まり立ち上がると、足の力が抜け膝から崩れ落ちる。
「惜しい。が、後少しだ。後少しでそこらを駆け回る事が出来るだろうな。まあ、もう襁褓はとれるにはとれるが、万が一を考えてとっていないだけだしな。」
そう言って軽く脅してみると、リーラはぼそぼそと呟き始めた。
「……からよ。」
「はい?」
「寂しいからよ!……人里離れて数百年、久々にまともに他人と接したのだもの。別れるのが寂しくなって然るべきだわ!」
……何とも思いも寄らぬ理由であった。ただ寂しいだけ、とは……
「俺がもし出て行くと言うならついて来ればいいじゃないか。」
「……え、いいの?」
「そんなにもこの場所以外は誘惑だらけなのか?」
「いや、単純に出るのは簡単だけど戻るのは難しいから、ってだけなんだけど……?」
「なら大丈夫だ。自慢じゃないが、対人関係が苦手だ。」
「本当に自慢じゃないわね。」
「……気紛れに見てみたいなどとは思うだろうが、リーラを、親も同然の人間を連れて行かない程狭量ではない。」
「レイ……」
リーラは思わず俺を抱き締める。
また平らになった胸が鼻骨を抑えつけ痛みを伴うが、それをわざわざ止めはしない。
……俺はそれほど狭量ではないのだ。