準備完了
私は今、帝国軍に入隊して以来初めての難局に達している。
初めての出陣も、上司に楯突いた時も、ここまでの難局ではなかった。
大抵の事は他人より出来てしまうからついつい世話役になってしまう。
左遷された理由は八割方それが理由だった。残り二割は前述の通りだ。
教官生活早五年目にして最悪の難局。帝国とは異教の幹部による悪魔の使役。これはまだ分からなくもない。異教徒の事なんて名前と首領以外は知らないからな。
だが、その悪魔と時間稼ぎとはいえ殺し合うとは。父であっても……いや、想定していそうだな。寧ろ滾るとか何とか言って嬉々として立ち向かって行きそうだな。
そんな戦闘狂の父とは違う臆病な私は彼らの補助をする形でしか時間稼ぎが出来ない。
「……ッシィッ!」
「トリス、予備の剣は借りてくぞ。」
「御武運を……フッ!」
まともな手入れをされず刃引きされたような剣だが私の使い方にはあまり関係がない。
『ン?何ダネエチャン、アンタモヤルノカイ?』
「フン、殺してしまっても構わないのだろう?ならば、全力でいかせてもらう!」
『ア~ア、余計なフラグ立テチャッタヨ……』
私はレイに言った通り魔法系統を用いて戦うのが主だ。だが、全く近接戦闘が出来ないのならば軍人になんてなれやしない。
レイから耳打ちで教わった身体能力の強化を使い、悪魔の背後へ回り込み背骨の繋ぎ目に剣を突き刺す。
が、特に気にした素振りもなく背後に回した右手で軽く受け止め、剣を握っている私ごとトリスの方へ投げ飛ばす。
前衛陣も継続的に関節や急所を狙って攻撃し、反撃を最低限防ぐためにトリスが矢束ごと射るように放つも、視界を塞ぐものだけ振り払うのみ。
『弱ェナア。ンナ鉄屑グレェジャアコノ俺様ニハ効キャアシネェヨ。ソロソロ飽キテキタシ、遊ビマスカネ?』
幾つかの攻撃を全て凌がれた後、そんなことを悪魔は言い放った。
この戦闘において初めて攻勢を示し、彼我の戦力差は歴然。それはつまり私達の敗北、ひいては死を意味する。
悪魔に文字通り瞬く間に距離を詰められ、必死に応戦するも抵抗虚しくその大きな掌に頭を掴まれる。
口も塞がれてトリスに私ごと射らせる指示も出来ない、覆しようのない絶体絶命。
『聖職者ッテノハ悪魔ミテェナガ多インダゼ?……人間ノメスッテノハイクラデ売レルト思ウ?』
掌越しでもよくわかる悪感情だ、きっと顔は相当に歪んでいるのだろう。
唐突な下腹部の熱さ。恐らく腹を爪で刺されたのだろう。強烈な悪寒がその傷から入り込む。何かが起こっているが、下を向けないから何も分からない。
ただ、指と指の隙間から僅かに準備が完了したレイの姿だけが見え、私は意識を手放した。