潜在的恐怖
初めてのダンジョン探索故に平均値は分からないものの、教官が上機嫌なので順調に進んでいると思われる。
寧ろ、機嫌が良すぎると言っても過言ではないかもしれない。
野営を終えてからはマッピングをすることなく、取り敢えず前に進み出口に近いと思った方へ動く、行き当たりばったりな方針。
入り口が数ヵ所もあるダンジョンは少なくない為、此処もその例に洩れなければ前でも後ろでも出口に到達できる、という事らしい。
彼女が上機嫌なのはそんな希望が見えたから、という事以外にも野営での俺との会話にも原因があるのだろう。
確かに俺はリーラのネックレスを手に取って誓ったが、いくら教官が贈ったとはいえチェーンを手に取って誓ったなどという勘違いでこうなっている訳ではないと信じたい。
「んふふ」
「……何ですか、教官?」
「なーんでーもないっ!」
こっちをチラチラ見て、その度に微笑むのを止めていただきたい。
パロミデスさえ教官の様子を怪しんで俺に事情を尋ねにくる始末だ。
「……またか。」
「何、まだ視線を感じんの?」
「ああ……けど、昨日と違い殺気?も感じる。」
チンピラが回転式拳銃を掲げて口にするようなモノとは比べ物にならない程に、鋭利で、濃密で、強烈だ。
しかし、分からないこともある。殺気と言うには少し、気持ち悪い。
背筋が凍るようなおぞましさと言った方が正しいかもしれない。殺気と言うよりもどちらかと言うと。
「狂気、と言った方が正しいな、これは。」
「教官も感じますか。」
「ここまで強い狂気なら尚更な。実戦でもなかなかない気持ち悪さだ。」
「ま、俺には教官の切り替えが速すぎて気持ち悪いですがね。」
「なるほど、今日の野営はパロミデスが通しでやりたいそうだ!」
一見して教官は何もないように笑って振る舞えているが、目は全く笑ってない。その瞳には若干だが恐怖の色が混じっている。
もし俺も、恐ろしくないのかと問われればそれは恐ろしいに決まっている。ただ隠すことばかりが器用なだけで。
『狂気を孕む人間は何をするか分かったものじゃない。理解してはならない。そちら側に引きずり込まれるからだ。』
前世で、精神を患った同僚に声を掛けようとした俺が先輩に言われた言葉だ。結局、その同僚は自ら上顎を撃ち抜いて死んだ。
彼から感じたものと若干の違いはあれど、『狂気』は『狂気』だ。
何をするのか、何が起きるのか、俺は恐ろしくて堪らない。