大事な事を忘れられる程の現実逃避はするべきじゃない
「あらまぁ、こんなに連れてきて。ヴィヴィはそれなりに人気なのねぇ。」
「ど、どうも。私の名前はトリストラムと申します、以後おみしりを。この度はヴィヴィを通してご招待頂きありがとうござ」
「うん!私はパーシヴァル。で、私達はヴィヴィのパーティメンバーなの!」
「こんちは!俺はパロミデスって言います!」
「……こんにちは、レイと申します。ヴィヴィアンのお姉さんでいらっしゃいますか?」
ヴィヴィアンが勢い良く扉を開くと、その音に驚いた使用人達と他とは服の異なる女性が居た。
俺が姉かと訊ねるも、彼女は笑いながら否定して母親だと言った。
やはりスタンピード特給のお陰で少なくとも数日の間は景気がいつもより良く、現に上級探索者達が今この宿に集中しているらしい。
ヴィヴィアンは宿の作業を手伝う気満々だったのだが、どうせならと近くの山川で遊ぶことを勧めてきた。
「でもお母様は忙しいんじゃないの?」
「まぁた貴族様みたいな言葉遣いしちゃって……大丈夫よ、お友達と遊んでらっしゃい。」
「本当に良いのお母様?」
「まぁた、その呼び方……行ってらっしゃい、遊んではしゃげるのは今のうちなんだから。」
「ありがとう、お母様!」
装備や荷物をヴィヴィアンの自室に置いて宿の裏山に行く。態々装備を解いて行くのは憚られたが、錆や腐蝕を考えて一応置いて行く。
元々街の煉瓦に使われていた鉱物を発掘するために掘った坑道もあるらしい。
実際には全く同言って良い程出なかった、とヴィヴィアンは言う。
「うわっ、冷たーい!」
「今はまだ時期的に少しだけ早いからですわ。でも、本格的に暑くなってしまうと入るだけではあまり意味がないですわ!」
「うは、やっぱヴィヴィはでかいな……トリスはどっち派だ?」
「……優劣をつける程の差はないな。私は寧ろヴィヴィの母ぎ」
「なんだよつまんねぇなー。あ、レイは?」
「……どちらとも好みではない。」
男から見てもイヤらしい目付きをしているパロミデスを知ってか知らずか、キャッキャウフフと遊ぶヴィヴィアンとパーシヴァル。
激しく揺れる山脈と発展途上の緩やかな丘、それらと連動しているパロミデスの瞳。トリストラムはチラリと見ては背けを繰り返す。
俺はそんな四人を大きな岩の上で眺める。こんなに弛緩した雰囲気は一体いつ振りからだろうか。
心の底で楽しいと囁く声がある。最近はこの囁きが増えてきた。きっと、【レイ】の人格の基盤がしっかりしてきたのだろう。
「ねーレイ、一緒に遊ぼ?」
「……俺は泳げないから大丈夫だ。」
「いーじゃん、そんなの。私達が手ー握ってあげるからさ!ねー、ヴィヴィー!」
「ええ、一人だけ除け者は良くないですわ!」
「……それじゃあ、御言葉に甘えようか。」
「うっそ、レイずるー!」
……偶にはこんな平和な日々も悪くないかもしれない。
手痛いしっぺ返しを忘れられる程に彼等との日々は濃密で、甘美な、非現実だった。