人生で一度は酒が人を容易に狂わせられる事を実感する
「只今帰宅した。」
「お帰りなさいませ……おや、そちらの少女は如何様で?」
「少女ではなく少年だぞクリス。彼は今日から家に泊めることにした。父上と母上には今から話をつけに行く。」
下宿先は貴族街に屋敷を構えた教官の家。
到着するやいなや、門の奥では十数名の使用人が列をなして頭を下げてお出迎えしてくれている。勿論、教官に。
クリスと呼ばれた若い執事が前に出て俺を見た。そして案の定勘違いを起こし教官が説明する。
「それはそれは……すみません、以後気を付けます。」
「……いや、慣れている。気にしなくて良い。」
「それはありがたい。それでは先に部屋に案内させて頂きます。」
そして教官も気付かない程一瞬だけ俺を見るその目は、かつて俺が向けられていたあの視線に酷似していた。
案内された部屋は流石貴族だと思わざるをえない。備え付けられた家具は最高品質の一言。調度品はそれを遥かに越える高級感。
これが貴族のゲストルームか等と浮かれている場合ではない。目下気を付けるのは身の安全の確保、万全な警備体制、そして。
「何も触らないこと、この一点に尽きるな。」
クリスという執事に通されたものの、床を始めこの家のありとあらゆる物に触れていない。
彼があの目をしている限り俺に安全が訪れる訳もない。
少し浮かせた【無盾】を足の裏に展開し、座りたい時も座面と背凭れを同じく【無盾】を展開している。
そうして出来てもいないリラックスをしていると、扉をノックする音が聞こえた。どうぞ、と促すと教官が満面の笑みで立っていた。
「父上も母上も了解をしてくれたぞ!」
「……ありがとうございます。ではそらそろ向かいましょうか。」
「背嚢も持って行くのか?」
「……無いと落ち着かないので。」
「……?そうか。それじゃあ行こうか!」
結論から言うと、親睦会は混沌としていた。
成人しているのは教官のみ。故に親睦会は酒の席にはならず教官以外は素面のまま終えたのだが、その教官が地雷だった。
コップ一二杯で潰れる下戸で、その上婚期がどうのと言っては泣き、未成年に酒を勧めてくる始末。
そんな状態だからパーティメンバーは基本的に我関せずを貫いている。
パロミデスが途中まで付き合っていたが酒を勧め始めてからは彼も離脱して、居候にならなければ俺も匙を投げていた。
メンバー全員を宿まで酔い潰れた教官を背負って送り届け、俺は【魔力操作】で脚力を強化して屋敷まで跳んで行った。
翌朝恥態全て思い出した教官は顔を茹で蛸のようにして赤らめたとかいないとか。真偽は教官のみぞ知る。