例え神でも嘘吐きの神を邪神と言って怒られる筋合いは無い
次に目が覚めたのは真っ暗闇だった。
いや、正確には目は覚めちゃいない。何せ視力が無いのだから。
俺は今人肌くらいの暖かい空間にいる。
揺り籠の中にいるように、暖かい水の中にいるように揺蕩っている。
きっと俺が居るのは胎内の羊水の真ん中だろう。
如何せん動けないので成長の程は分からないが、外から聞こえる鈍い音は祝福するようにさする音ばかりだ。
初めて目を覚ましてから、約一週間程が経った。
変わった事と言えば。最近、胎内が狭く感じる事がある。所謂、陣痛だろう。
母体の割と高い声が聞こえてくる。
痛みに苦しんでいるようだが、全ての母が経験する事だ。頑張って耐えて欲しい。
陣痛による胎内の収縮を感じて一週間が経った。
今日の陣痛はペースが速い。つまり、俺の誕生も刻一刻と近付いている。
そして、異変は突如として訪れる。
全身を包んでいた羊水が流れる。恐らく破水だ。
重力に従って流れていく羊水は足元に向かって流れ出る。──いけない、逆子だ。
この世界は生まれ辛く死に易いらしいが、原因の一つは多分医学の未発達だ。
殆ど流れ出た羊水に対して、行われる処置が殆どないのがその証拠だ。
今はまだ体が上手く動かせないのだ、出産するならばもっと手際よくやって欲しい。
『俺』が死ぬ分には構わないが、それで母体にとっての『子供』が死ぬのは宜しくない。
何か出来ないか考えていると、ふと少し外気に触れていた足を掴まれる。
それはいけない、首が引っ掛かってしまう。
押し戻して帝王切開が妥当だというのに、それすら選択肢に無いようだ。
次第に息も苦しくなってくる。へその緒から上手く酸素が来れてない。
もうだめだと諦めたその時、密着していた壁と体との間に無理やり隙間が空けられる。
すると、こじ開けられた僅かな隙間から多量のお湯が入り込み全身が押し戻される。
何が起こったのか分からない。押し戻された体は水流に流されて胎内で正常になる。
するとまた水流が巻き起こり今度は頭から押し出された。
そこからは通常の分娩の手順で進んでいく。
初めて肺呼吸をする瞬間は耐え難い苦しみと、何とも言えない感覚に包まれて泣き声がでる。
自分でも出そうと考えた訳じゃない。自然に出た。
声を上げて泣くのはいつ以来だろうか。いや、前世を考えれば一年も経ってないからそうでもないか。
何はともあれ、産声を上げた瞬間は何となく心地良かった。
出産の奇跡はどうやらただの奇跡というわけではないらしい。
この世界には魔法のようなものがあるようだ。俺にも使えるのだろうか。
産着を着せられた俺はずっと誰かと顔を合わせている……と、思う。
目が開いてからというもの、光が目に入るのは良いのだが視覚のピントが合わない。
西洋風の目鼻立ちの整った顔が沢山俺の顔を覗く。
結局、声は聞き分けられるようにはなったもののまだ母親の顔はよく分からない。
残念ながら新世界の言葉は未だに何を言っているのか分からない。
神はそこまで優しくないようだ。生き易い世界というならそれぐらい親切設計であって欲しいものだ。
今日はもう眠い。まともに話しちゃいないが人と会って疲れた。
見慣れない天井だ。
いや、まだ視力が弱いからまともに見えていたわけじゃあ無いが、天井が突然黒から白に一晩で変わったとなれば流石に分かるというもの。
一体どうしたというのだろう。
様々な想像、妄想、憶測が頭の中で飛び交っては駆け巡ってお祭り騒ぎだ。
単に寝台の場所を変えただけ?一体誰が何の為に?
天井をわざわざ白く塗り上げたのか?それこそ何の目的があってのことだか。
扉が開く音が聞こえると、何者かが近づいてくる。
「■■、■■■■、■■■■?■■■■■、■。■■!」
顔を近付けて来た少女が何事か大声で叫んだ。
《【レイ】は、スキル【人語】、を獲得した》
《【レイ】は、スキル【精霊語】、を獲得した》
《【レイ】は、特殊スキル【ステータス表示】、を獲得した》
神の声のように、直接頭の中でその言葉が響くように聞こえた。
すると、意味不明な少女の音声はそれを境に意味を持つ言語へと変わった。
そして同時に俺の憶測を嘲笑うかのように、運命は急転直下を迎える。
「あー、よしよし。泣き喚かないいい子だ。一体なぜこんな可愛い赤子を捨てたのか!全く想像がつかないな。」
神よ、お前は大嘘吐きだな。何が幸福な人生だ。
とかく、俺は生後7日足らずで両親を無くした。