脱出準備
早朝の薄明かりの中、洞穴から出て思い切り伸びをする。
昨日の全身の倦怠感は嘘のように消え……てはいないが、それでも気持ちと共に少しは楽になった。
「【清掃】、世話になったな。お礼に今度肉を持ってくる。」
「KSYAAAA!」
「うぅ……【清掃】、【消臭】。嬉しいのは分かったが舐めないでくれ。」
やっぱり言葉が分かっているのか、喜んで俺を舐め回してくる。
一瞬犬のようだと思ったが、12歳とはいえ俺より体長が何倍もあるから、流石に思い直した。
ぶよぶよに別れを告げ、まだ若干疲れの残る身体を操って小屋まで戻る。
道中の腐りかけの死骸を魔力で包み、腐敗臭と血腥さを撒き散らしていく。
帝国へ行くにはきっと、隊長さんが乗ってきた船をリサイクルすれば良いだろう。
そのままとはいかなくとも、魔物の鱗や骨で改造すれば使えるに違いない。
桜擬で結界を張り直し、西の海岸線まで見に行くと外装の損傷の少ない国旗の描かれた帆船があった。
赤い生地に自らの尾を咬む、小さい翼の生えた長い蜥蜴が円を描く。
そしてその中で鷲獅子と四つ脚の竜の二頭は中心の剣に向かって棹立ちしている。
想像上の生物がふんだんに国旗に描かれる辺りがなんとも中世らしい国旗だ。
魔力で階段を掛け甲板に降りると、甲羅から細い棘が沢山生えた小さい蟹をちらほらと見かけた。
見かける度に銃弾から作り替えたトングで海へ投げる。
あれは蟹のくせに不味い上に、棘に毒を持つ。百害あって一利無しだ。
「目立った損傷は無し。帆を取り替えて多少修理すれば特に改造する必要も無いか……ん?」
船内を見回していると、何かが扉の向こうを横切る影が見えた。
残弾数を確認して扉を背に廊下を警戒する。
帝国軍残党だろうか。否、それならさっさと出航して応援を要請する筈だ。
もし彼等が貴族出身だった場合、使用人を連れて来るのは無きにしも非ず、か。
「誰か居るのか。」
反応は無い。しかし勘違いとは思えない。
丁字を曲がり各部屋を回っていく。個室が等間隔に幾つもあり、奴らの持ち物が散らばっている。
厨房には調理器具や食料が散乱し、その奥の貯蔵庫の扉も空いている。着岸の衝撃の影響だろう。
人の気配が背後を駆け抜ける。厨房から飛び出して銃を構えるがしかし誰も居ない。
船内を見回り全ての個室や部屋を訪れたが、隠れられる場所も誰一人として居ない。
しかし、何かがおかしい。その何かが分からないものの、明らかな違和感がそこかしこにある。