喧騒に慣れると静謐は辛い
社会人一年生。当分はこれくらいのペースになるやもしれぬ。
「……なるほど、唐突に意味のない仮定を話し始めた訳だ。」
ラプラスの存在を伝えると、下唇を噛み表情は険しくなるばかり。
「一先ず、ラプラスはあなたに任せます。いいな?」
「召喚者ハ、レイノママデ所有権ハソコノ、イスカンダルト言ウコトカ?」
「何と?」
「所有権だけをあなたに移すのかと。ラプラス、その通りだ。」
ラプラスが了承すると視界からフッと消え失せ、代わりにイスカンダルが目を見張る。
ラプラスの所有権とやらが委譲したのが分かりやすく表れた。
「見えました?」
「……まさか【悪魔】が実在していたとは。その上全知だと?馬鹿げているな。」
「全くです。」
ともあれ、ラプラスは収まるべきところへ収まり、荷車内の魔術式構造も把握できた。
しかしそれでも万事解決、無問題とまではいかないのが嫌なところだ。
ラプラスを隠し通すだけじゃない。助けられた少女側にも少々の問題がある。
「魔力が欠乏しただけなのでおおよそ回復はしましたが、一切口をきかないんですよね、彼女達。」
一人は樹人の少女。黒髪に緑のインナーカラーが樹人の分かりやすい特徴の一つらしい。
彼女はおかっぱでさほど長くもない前髪を握り、体育座りをしながら鬱ぎ込んでいた。回復してからずっとその調子のようだ。
「彼女の皮膚は何かの病か?」
「違うかな。一時的に強い緊張状態が心労とともに生み出したものです。謂わば他の人間で言うところの汗が固まってできた結晶って感じです。よくあることじゃないですか?」
思いっきり病気だと思うのだが。口に出そうにも深い隈を作り目の死んでいる彼を見れば、似たようなものかと納得してしまいそうになる。
「まあ、なんだ。ゆっくり休んでくれ。」
「連れてきたアンタらが言うこっちゃないでしょ。……まあ、小鬼王の件でも貴族のお偉方と知り合えたし、甘い汁を吸わせてもらってる事は感謝しますよ。生きて帰って来られただけでもまだマシだったし。」
彼の言葉から察せるように、あの時要救護者用の天幕にいたその人、グラッドだ。
討伐後は、何だったか忘れてしまったが訳あって教官が眠っていた治療院に就職した。
「もう一方の断首鬼の子も顔を隠して黙んまりです。」
「首の縫い目は?」
「解きませんよ!血液が出ないとはいえ壊死している上に断面はそのままなんですから。」
医者がそんなんでどうする。そう毒づくと、医者じゃないと言い残して部屋を出ていった。
病室には俺と顔を隠して黙った二人の少女。
「確かに、面倒だな。」
自分が昔、そう言われた理由が何となく分かった気がした。