最弱の悪魔
「……ぅ」
靄が感覚を覆う。
頭の近くで響く鈍い音。
よく聞けばそれは人の声だ。
同じ人の名を繰り返し呼んでいる。
「レイ!」
「ッかふ、はぁはぁ、はぁ。」
覆っていた靄が晴れて、忘れていた呼吸を取り戻した。
顔に違和感を感じ手を伸ばす。
炙られたように痛む顔に、乾いた砂糖水のような質感の緑色の液体がかかっている。
「気付け薬だ。魔力回復効果もある。何が起こったか、説明できるか?」
『生ケ贄トイウ世ニモ珍シイ体験ヲシテ、ナオカツ生キ残ッタ。』
「ああ、そうだな。」
「そう、だな?……説明はまだ難しいか。」
虚ろでぐるぐると回る視界に変わらず映る天井に焦点を合わせる。
荷車の天井のままということは俺はその場で倒れたと言う事を指す。
イスカンダルの部下も居ないことからさほど時間は経っていないと予測。
『正解。倒レテカラ五十七、八、九、一分経ッタナ。』
イスカンダルの覗き込んだ顔が退き、その後ろから異形の生物が姿を現した。
「色々と聞きたいことはあるがまずは……お前は何者だ?」
『悪魔ダ。』
空中に浮かぶ唇が開く。開いた口内は暗く何も見えないが、飛び出した舌には周囲を見回す単眼がついている。
確かにまともな生物とは思えない。
「何か言ったか?」
「能力は何だ?」
『全知。全テヲ知ル、マタハ知ッテイル。人ニヨッテハ叡智トモ呼バレル。ラプラス、ソウ呼ンデクレ。』
それが事実ならば、なんと壮大な能力だろうか。
「それを証明することはできるか?」
『私ノ知リウル全テヲ伝エタトテ、ソレヲ事実ト確カメル術ハナイト思ウガ。』
確かにラプラスの言う通りだ。だがそれが事実ならば、こんなに労して召喚してしまったラプラスを殺す必要が出てくる。
『全知デアルナラバ、全テヲ滅ボスコトモ可能ダト考エテイルノカ?』
「【レイ】は他人より尋常でないほどに魔力は多い筈だ。それが一気に失われるほどに召喚するコストがかかるなら、あり得なくはないだろう?」
悪魔は唇を舐めると舌をしまった。口角が持ち上がり笑みを浮かべている。
『全テヲ滅ボス。ソノ方法ヤ過程ハ全テ知リエテイル。』
「ッ!」
『タダ、ソレヲ行使スル能力ハ持チ合ワセテイナイ。』
「何故?」
『全知ノ能力ヲ持ツ悪魔ダカラダ。全テヲ知ル為ダケニ多大ナル魔力ヲ要シ現界サレタノダカラ。全テヲ知ッテイルガ、ソレ故ニ私ハ最弱デアル。』