最速は必ずしも最強とは限らない
リヒトとホムンクルスが睨み合う。
左足を軸に何とか立っていられる彼女と、元に戻した両足でしっかりと立っている彼。
「……よし。」
一触即発の二人を視界の端に捉えつつ、荷車の中への仕込みを終わらせる。
荷車には防音の結界と、物理と魔法の両方に作用する防護結界がかけられている。
結界自体の強度はそれほどでもない。それこそリヒトがぶん殴れば砕け散るくらいに。
厄介なのは破壊されることがトリガーとなって中の魔術式が、【召喚術】が発動すること。
つまり彼女にとって現状を打破する一発逆転の一手となりうる、何かが召喚されることだ。
「あくまでも、そちらが本命のようだったがな。」
「洒落臭ェ!」
先に動いたのはリヒトだ。首筋から藤壺のような生物をボコボコと生やすと、そこから大量の蒸気を周囲に発生させる。
次第に蒸気は彼女をも包み込み、ここから戦況を確認することが難しくなった。
リヒトと呼ばれていた男は、首回りに藤壺の魔物を生み出して大量の蒸気を発生させた。
それは段々とあたしのところまで届き周囲一帯を包み込んだ。
対象が見えなければあたしの像をずらす魔法も通用しない。
ただでさえ片眼が零れ落ちて、頭から垂れた血で視界が不明瞭だというのにこれでは勝ち筋も見えない。
「迷惑な事をしてくれるね、【瞬閃】!」
蒸気の中を動いた人影の頭を一条の光線で撃ち抜く。
ボロボロと崩れ落ちたところを見て、やはり囮であったことを察する。
「どォこ見て撃ってやがんだァ?」
「【瞬閃】!」
背後からの声に、振り向き様にもう一発撃つがこちらも囮。ボロボロと崩れて足下に藤壺が転がる。
主が編み出して教えてくれたこの魔法は詠唱から発動、着弾までが知る限りでは最も速い。
「小賢しいッ!そんなナリでよくもまあこんなこと思い付くもんだ!」
「ハッ、てめェが阿呆なだけだァ!」
故に避けようにもその隙を与えない。その筈だ。
しかし現実はどうだ?動き回る影全てに撃ち込むがそれら全てが崩れ落ちる。
「【瞬閃】!」
「当たらねェなァ?」
背後から襲ってくる人影を撃つ。
「【瞬閃】!」
「おうおう、どうしたどうしたァ?限界かァ?!」
上からかかってくる奴らをを二枚抜きする。
「【瞬閃】、【瞬閃】、【瞬閃】、【瞬閃】ぃいい!!」
「ハッ、無駄撃ちばっかだなァ?!」
四方から群がってくる奴らを同時に撃ち抜いた。
見えないのに聞こえるあの男の声が忌まわしい。