死な不が故の
余裕をかましている婆さんを見ている。
「【召喚】」
「あらまぁ、呼び出せてないじゃない。」
「いや、大丈夫だ。しっかりと見えている。」
正確には呼び出した透梟のクーの視界を借りて、空から見下ろしている。
身代わりが光の屈折を利用したものなら、俺からの目線だけしか誤魔化せないはず。
この場にいる全ての人間を誤魔化せる程の使い手なら、ドッペルゲンガーの後ろから見ていた俺が誤魔化されているはずだ。
もっと言えばより早い段階で俺たちを殺せていたはずだ。
「愚痴ばっかでもしょうがないな。リヒト!」
「あァ?問答は終わったかよォ。」
「婆さんを捕まえられるか?」
「……使い魔殺られてェ、何かまだ打つ手があんのかァ?」
自分の何倍もあるガタイを見上げる。
正直なところ、彼に全力を出してもらった意味はない。強いて言えばこの存在感に威圧されてほしいという希望的観測だけだ。
彼をうまく活かしきる事ができず、挙げ句に手駒が減るのはいたたまれない。
「ない。ただ、捕まえられるか否かじゃ大きく違う。」
「そォかよォ。」
「ククク、さっき全然追っ付けやしなかったのにかのふぶッ」
婆さんが弾ける。下手人はリヒト。いつの間にか消え失せた藍羊巨猿が、元の姿へと戻り婆さんの頬へ裏拳を叩き込んだのだ。
「だァれがノロマだってェ?クソビッチがァ!」
元に戻ったというには下半身が少々歪で、姑息そうな顔立ちも相まって悪役っぽさが際立つ。
「ハッ、ありゃァ少し力み過ぎちまッただけだァ。舐めてんじゃァねェぞ、クソがァ!」
打ち据えた裏拳が婆さんの血を滴らせる。
「てめェに指図されるほど俺ァ弱かねェ。そんなんだからてめェの使い魔も死ぬんだ。」
「それはすまなかった。だが」
左手をだらりと脱力して掌に影を作る。影はうっすらと蠢いて袖の内側へ消えた。
「死んじゃあいないぞ?」
「あァ?」
「完全体には程遠いしこれじゃ赤ん坊にすらなれないが、まだここに生きてる。アンデッドだがな。」
ドッペルゲンガーは霧状の魔物だ。影から人間を写しとりその存在を模倣する。
霧状であるが故にどんな大きさでも構わないし、霧状であるが故に切り分けたそれも本体である。
「自己増殖もしないから元には戻らないし、意思の疎通も難しい。ただ、契約しているだけだがな。」
「……面白ェ種族だな。」
「面白い、か。それは確かだが、婆さんもだな。」
飛ばされた先では、右頬が陥没して右目が零れ落ちそうな血だらけの若い女性が満身創痍で立っていた。