陰で生きる者
課された命令は『老婆の抑止』。
兵士の放つ矢やリヒト殿と思われる魔物の妨害を受けながら、ものともせずに荷車へ向かう老婆。
強い存在であることを、契約して薄れた僅かに残る野生が察知して自然と手足に力が入る。
主人は別に私の実力を過小評価している訳ではなく、ただ兵士へ引き渡すためにそう命令したのだろう。
「とはいえ、殺すなとも言われてない。」
「ククク、あんたあいつの使い魔かい?馬鹿な主を持って気の毒なこったねぇ。」
問答はいらない。剣を握るままに両の手を地に着けて老婆を見据え、半歩下げた右足に全力を込める。
一瞬で最高速に到達、距離は瞬く間に消え失せた。
速度に二振りの重量を乗じ、その体躯を両断せんと逆袈裟に斬り上げる。
「疾いねぇ。ただ」
切り裂いた筈の像はしかし、ある筈の場所にはなく。
「──血ぃが上り易いねぇ。言えた事ではないけんど。」
私の横で彼女は自嘲気味な笑みを浮かべて魔力を練っていた。
認識した直後、温かく大地を照らすものと同質の光の束がこの身を焼き焦がす。
ドッペルゲンガーは不死種だが他の種族とは違う。
陽光程度で弱体化などはしないし、生者の負の感情を啜り格が上がることもない。
だが、人間の陰に潜み陰を借りてありもしないその生を、闇の中で謳歌する。
そこに人がいる限り、存在する彼らのお陰で我々は生きていけるのだ。
「おぉおおああAAAAA!!!」
だからこそ。
「無念……」
一瞬で影を失う程の光を全身に受ければ生き永らえることは難しい。
一瞬で決めようとしたのか分かりやすく直進したドッペルゲンガー。
婆さんはあいつの背から全身を【光属性魔法】で包み込んで反撃していた。
あいつが少しも反れることなく真っ直ぐに婆さんの脇に走り込んだのも、光を屈折させるなりして像をずらして見せたのだろう。
手痛い犠牲であるが、この短い時間でも存分に助かったと言える。
「中身は膨大で複雑な魔術式。そして中には瀕死の何かがいる。そしてその正体はおそらく【召喚】だ。」
「ククク、ご名答。」
すぐ後ろから婆さんの声がして振り返る。
見た目は本当にただの婆さんだが侮ってもいられない。
「まさか同じように【召喚術】を使えるやつがいるとはねぇ。」
「無駄も省けないような奴と同列に語られたくはないな。」
「あらまぁ、手厳しいねぇ。」
こめかみを掻きながら苦笑する婆さんは本当にそこに居るように見える。
「位置をずらして見せる事が出来るなら、その姿も真実かどうか怪しいものだな。」
「さぁねぇ。」
「そこにいるかどうかも怪しいのなら、ここで待ち構えている必要もないわけだ。」
「どうだかねぇ。」