トラウマを乗り越える必要は特にない
今回はちと短めです。
リーラ。その名前をまさかここで聞くとは思わなかった。
リーラは島からずっと出ていないと言っていた筈だ。それならば島に来る前の人脈だろう。
しかし、彼女は自らの事を大精霊と言っていた。話に偽りがなければそれは人が一生を終えるよりも長い間あの島にいたことになる。
そうなれば目の前の少女は何故リーラを知っているのか。
「一つ心当たりがある。」
「おめーには話してねーぞ!」
「エルフなら、その耳はあり得ない。その他長命主でも、耳や体格といった身体的特徴の合致はない。」
「リーラはどこだ!」
「だが、精霊種なら別だ。」
「……」
ぽつりぽつりと呟いた言葉に反応してか、彼女はそのままの眼光で俺を見据える。
「体を構成する成分は主に魔力。ならどうにでも、とまではいかなくともある程度は。髪色や耳、尻尾やその身長、自由が利くだろう。」
「おめー、ほンとーにリーラのなンなンだ?」
「リーラは大精霊。なら、その知り合いに精霊種がいても不思議じゃない。」
「だったら、なンだってンだよ!」
あの光景が眼前に浮かぶ。昏い輝きへ反転した魔術式、その身を失っていくリーラの虚ろな眼差し、反目するように満ちる生命力。
「……リーラは乳母、いや育ての親だった…………けどっ、だけど俺が、俺がッ──」
顔を覆いながら膝から崩れ落ちる。紡ぐ一言ごとにフラッシュバックして言葉がなかなか喉を通らない。
伝えなければならない。彼女には伝えられ、裁く権利がある。
ひゅうひゅうと隙間風が出るだけの喉を叩き起こし、一言。一言だけ言葉を、最期の言葉を呟く。
「手に、掛けた。」
そう呟くと断頭台に差し出すように項垂れるのと同時に視界から彼女が消える。
迫る死に抗うことすら出来ず、ただこの首が落ちるのを待つ。
「へっ、やっと追い付いたぜこんちくしょう!」
「ぁ?」
「なぁに気の抜けた返事してんだよ。まさか、名前忘れちまったか?」
待てども訪れない最期に痺れを切らし目を開くと、目の前で男が少女の大きく尖った爪と鍔競り合っていた。
今章はこれにて終了。