心地好い温かみ
視点が変わります。てか暫くポンポン変わります。
「大きな胸って走るのに邪魔なのね……癪だけど。」
普段よりきつくなった胸元を外套のボタンで押さえつけながら、二人とは反対側に全力で走る。
折角分かりやすく大きくしたというのに、満ち足りた思いをするどころか寧ろ邪魔なようにも思える。
「二人とは離れ離れになって私はほとぼりが冷めるまで潜伏しつづける。こうも単純な作戦が上手くいくとは思わなかったわ。」
今は近くに誰も居ないことを確認するとそう独りごつ。
雲行きが怪しくなり始めた今、この外套は状況に即した格好にカムフラージュする。
ついでに言えば顔が黒く見えなくなり私を覆い隠してくれもする。
これから隠れる国を考えるが、この国の向こう側には国がないとされている。
「最終手段として狩猟生活をおくるなら、あり得なくは無いかな?」
そもそも魔物どもが跳梁跋扈し国を治められる程安全な場所がないからこそ国がない。
それでもエルフやドワーフなどの少数民族が住んでいられているので安息の地がない訳じゃない。
「だからって、あの大自然を突っ切って言葉が通じるか分からない人達に助けを求めるのも違うわね。」
今は考えている余裕はない。
絶えず思考を振り切ってあてもなく走り続ける。
遠くで空が光り轟音と共に雨が降り始めた。
ここまできたのだ、二人の苦労を無駄には出来ない。
とりあえず、少し遠くに見えていた洞窟のような穴に向かう。
雨脚が強くなり視界が不明瞭になっていく。
ぬかるんだ地面に足を取られながらもようやく辿り着いた。
以前誰かが住んでいたのかベッドや机など、生活用品が揃っている。
「日が暮れるまではこの洞窟で隠れようかしら。」
外套を脱いで椅子に掛け、机の上のまだ油の残るランタンに火をつけた。
火は決して大きくは無いが、見ているだけでも温かみを感じられる。
一度心を落ち着かせて雨に濡れ冷えた体で、小さくとも暖かい火にあたれば自然と瞼が重くなる。
思えばここまで殆ど気を張り詰めていた。
安全だとか仕掛けてこないとか、そういったものを考える必要もないのは久し振りな気がする。
「『勝って兜の緒を締めよ』、か。まだ勝ったとは言い切れないのに。」
霞がかかるような思考で自嘲気味に笑うと、黴臭いベッドで眠りに落ちた。