キャロットアンドスティック
「ぼ、僕です。買っていただけるのですか?」
そういう店主は目深にフードをかぶりつつ、自作したであろう眼鏡越しにこちらを見る。
顔の下半分はこの地域で住む人がよく着けている防砂布で覆われていて見えないが、段ボールの中で震える捨て犬のような目をしていた。
「ああ、いや、商品ではなく。君が欲しい。」
「婚約の申し出ならば場所と時間と関係を選ばないと、ってあら?貴女顔が赤いですが、大丈夫ですか?」
「は、はひっ、末長くよっ、よろっしくおね、お願いしますっ!」
気がついた彼女は俺を少し茶化してやったのが致命的だった。なんと店主は状況を正常に飲み込めず目を回して壊れた。
「すまないが、俺達の泊まっている宿に来てはくれないだろうか。」
「え、ああ、いえ、あの、はい、ええと、あああ」
そして俺の言葉足らずがトドメとなり、店主はバタリと倒れてしまった。
「落ち着きましたか?」
「は、はい。申し訳ございません、介抱までしていただいて。」
「いえ、悪いのは彼ですから。」
「ああ、俺の言葉が足りなすぎたのが悪い。すまなかった、反省している。」
頭を下げると半ば自分に言い聞かせるようにして話し始めた。
「いえ、大丈夫ですよ。あんな役に立たない商品が売れる筈がないことも、僕なんかをお嫁に貰ってくれる筈もないこともわかっていますから。ええ、分かっていますとも。」
初めは自嘲気味に話していたものの、自分で言っていて悲しくなってきたのか遂には半泣きしている。
「いや、それは違うぞ?」
「え?」
「はい?」
店主の言葉を否定すると俯いていた店主がこちらを見る。彼女のまた同じ轍を踏むつもりかと責めるような視線は無視だ。
「俺は君のその技術力はとても素晴らしいものだと思う。たとえ今は玩具程度でしか使えなそうでも、俺が欲しているのは君以外誰も持ち得ないその力だ。積み重ねた研鑽の上に成り立つそれは誇るべきだと、俺は思う。まあ、お嫁に行く云々は知らないがな。」
ネガティブな店主はありがとうと呟いて恥ずかしいそうではあったがにこやかに笑った。
「見事なまでの飴と鞭ですね。貴方、結構人を滴し込む才能があるようですが?」
「何を馬鹿げたことを仰るんですか。ただ、卑屈な店主に事実を申しただけです。店主の技術力は俺にとっても【レイ】にとっても」
「レイ?」
「……いえ、何でも。とりあえず、力になるということです。」
もはや店主の協力が得られたも同然だ、と思わず頬が緩くなる。